第5話

 ソールド・ザ・ムーンの看板娘こと、ロビンとの付き合いはかれこれ十年以上になる。彼女とは学校で出逢った。同じ年齢で同じクラスで、自然と仲良くなった。

 

 ハインラインにある学校は七歳から十五歳の子供が通う総合教育機関であり、そこで学ぶのは町での生活に直結する事柄が多い。十二歳になるといくつかのコースに分かれる。たとえばペーパーテストの点数がよく、コミュニケーション能力も充分だと判断された生徒は役所での勤め人になるのを前提としたコースに配属される傾向がある。次点で配電所や水道局といったインフラ整備の技術管理者、その次に商業関係といった具合だ。無論、家業を継ぐ子供たちも多い。

 

 農場と工場を除くと、学校は町の中でかなりの土地面積を占める施設だが、生徒数は減少し続けている。そしてその教育が今の世界的にみてどれだけの水準にあるのかは、教える側も教わる側も知らない。歴史と照らし合わせて「古臭いが今の世界で生きていくにはしかたない」という感想を抱いていた私は少数派に属し、その他大勢からすると「学校とはこういうもの」だった。

 

 何が言いたいのかいうと、私は当時からしてハインラインを離れるつもりであったのだ。その気があったからこそ九歳の頃から、マキネで修行を積んだ一端いっぱしの機械技師である叔父のもとに足繁く通った。

 けれど――――最終的に旅立ちを決心させたのが、両親の死になるとは思っていなかった。




 ロビンは持ってきた衣料品を次々に私たちに見せびらかしたが、それらはリビングテーブルの上に乗りきらず、一部はソファにかけたり、床に畳んで置いた。ちょっとした市場を思わせた。


「あのさ、ロビン」

「うん?」

「たしかにあんたの部屋のクローゼットにぱんぱんに服が入っているのは知っている。それにしたって、これ全部をそこから持ってきたんじゃないでしょ?」

「もっとよく見なさいよ! あたしやそこのお嬢様じゃ身につけられないサイズの服があるのがわかるはずよ!」


 ロビンとリリアーナの体型は似通っている。差異を明確にするなら、ロビンはリリアーナより胸囲も腹囲、腰つきもふくよかだ。

 十二歳までは私より背が低かったロビンは、十四歳になる頃には周りから私の姉のようにみなされることが多くなった。周囲曰く、髪色も顔立ちも違うのに雰囲気は似ているのだとか。ロビンのレッドブラウンをした癖のある髪や大きな瞳を羨んだこともあるにはある。

 彼女の祖母が今も現役の仕立て屋で、この町ではドレスメーカー・フライデイの店名は有名だった。


「もしかして?」

「もしかせずとも、ソフィーのためにも何着か持ってきたのよ! おばあちゃんに頼んでね!」


 声が大きい。その音量をリリアーナに少し分けてやったらどうだろう。代わりにリリアーナは淑やかさをほんの少し譲ってあげてもいいのでは。


「ソフィー、貴女には素敵な友人がいるのね。これなんてどうかしら。作業着よりもよっぽど貴女に似合うわ」

「ああ、うん。……えっと、気持ちは嬉しいよ、ロビン。でもそんな多くの持ち合わせはないって話したよね? リリアーナの服を数着買い取るだけでも、遺産の残りが尽きるんじゃないかって不安なんだ」

「何を水臭いことを言っているのよ!」

「わっ!?」


 ロビンがその目をいっそう大きく開いて、私の肩を両手でがっしりと掴んで揺らしてくる。なんだ、なんだ。


「遠く彼方の機械都市から帰ってきた親友から、少なくなった親の遺産を根こそぎ奪うなんて所業、このあたしがすると本気で思っているの!? ああっ、ソフィー! あっちでは冷たい機械しか触れていなかったのね!」

「いや、そんなことは……」


 ないとも言えないが。あと、本にも触れていたよ。

 掴んだとき同じく急に手を離す。あ、頭を揺らされて気分が悪い。


「ソフィーにはね、いずれあたしとダンの結婚の立会人になってもらおうと思っているんだからね! それに時々、ピートを預かってもらったり探してもらったりも頼もうかって!」

「ちょっと待って。ダンって、あのダン? 学校にいた頃からあんたに何度も愛の告白をしてはフラれていた?」

「そうよ! ソフィーのいなかった三年でそれはもう、いい男になったわ! 『愛しのロビンのために努力したのさ』だって! きゃーっ!」

「そ、そうなんだ」

「ねぇ、ピートというのは?」


 リリアーナが落ち着いた調子で私に訊ねる。私はそれが彼女たちの酒場で飼っている猫の名前だと教える。ロビンの家系は代々、猫を飼っているのだ。ロビンの溺愛ぶりは知っている。ピートの母にあたる猫は私たちが十一歳の頃に死んだのだが、そのときのロビンの憔悴ぶりは正直、私が両親を亡くしたときよりもひどかった。


「お嬢様はそうね、ロシアンブルー、いいえ、ベンガル……ちがうちがうっ、そうよ、さながらノルウェージャンフォレストキャット! 美しい毛並みの猫よ!」

「今の時代では誰かを猫に喩えるのが一般的なの?」

「気にしないで。この子の趣味」


 どれだけの純血種の猫がこの黄昏の大地に生存しているかは敢えて伝えない。感情の起伏が激しいロビンだから、下手に話題にすれば落ち込むだろう。彼女にとっても知識としてしか知らない猫たちばかりなのだ。


「さて、それじゃあ、うだうだ言っていないでとっとと試着をはじめるわよ。いい? いくら親友とその友達のためでも、あたしにはこの後、予定が……」

「わかった、わかったから。ありがとう、ロビン。助かるよ、本当に。あんたがいてくれてよかった」

「ふしゃーっ!」


 突如、ロビンが狂った声をあげた。攻撃的だ。


「な、なに!?」

「今度、うちに来て飲んでいきなさい。あと、おばあちゃんの店にも顔を出しなさい。いいわね?」

「あ、うん」

「今のは照れ隠しね。可愛い人だわ」


 リリアーナが囁く。私には威嚇にしか思えなかったぞ。

 そして実はさっきから三人の立ち位置の関係で、リリアーナの声はロビンには届いていなかった。


 かくして私たちはロビンから何着かの衣服を無償で受け取った。リリアーナがもらった中には、元々着ていたドレスと遜色がないぐらいに貴族令嬢めいたドレスがあって驚く。ロビン曰く、チャイナ風ゴシックドレス・ダークカラーモデルとのことだったが、何が何やらだ。ロビンからすれば、私がいじっている機械について、いつもこんな感じだったのかな。趣味や趣向が違えと、維持できる友情には感謝しかない。


「ねぇ、どうかしら」

「似合っているよ」


 軽くなった荷車を引いて嵐のように去っていくロビンの姿を見送ってから、私たちは散らかったリビングを片づけていた。

 リリアーナが着ているのは、透明感のあるオレンジカラーをベースにした白い襟付きのサマードレス。これにしたってハインラインの通りで若い女性が着ているのは見たことがない。


「もっと心を込めて言ってくれないと。悲しいわ」

「そう言われても……」

「わたしが人間じゃないから? ロビンは気にしていなかったわね」

「思ったより、ね」


 着替える際にリリアーナの「肌」を目にしたロビンは「百聞は一見に如かずね」と言ったきり、特にその人工肌に関して詮索しなかった。


「考え方によっては猫と同じ扱いを受けたのかしらね」

「リリアーナ、それは偏屈だよ。私はその、ちゃんとあなたを綺麗だと感じている。もしも私が惚れっぽい男の子だったらって思っちゃう程度に」


 口にしてみてそう自覚する。嘘ではなかった。彼女は魅力的だ。これまで出会ったどんな機械よりも。


「そう? ソフィーが感じている美は工芸品にみるそれと同種ではなくて?」

「あなたは何を欲しているの?」


 

 私たちは作業を中断する。お互いに立った状態で、彼女の声が聞こえるぎりぎりの位置に私はいた。もしも私が彼女の言うことに取り合わずにどこかに行けば、また何か物を使って音を鳴らすだろうか。ふしゃーっとは言うまい。


 リリアーナの表情に怒りはなかった。

 今のやりとりの最初から、ない。わかっていた。彼女は不安がっている。少なくともそうした表情がそこに作られている。

 でも何を不安がっているというんだろう。彼女にとって人間である私から、彼女の美しさを心から褒め称えられないと、多大な負荷として処理される? そんな仕様はマニュアルになかった。


「――――ごめんなさい、ソフィー」

「えっ?」

「わたしが悪かったわ。あなたを困らせた。けれど、勘違いしないで。貴女が想像している以上にわたしのは複雑なの。それともかしら」


 リリアーナは頭を、そしてそれから左胸を指差した。それは一般に人間が心の在りかとして示すのに選ぶ部位だった。そうだと彼女は理解しているのだ。


「成り行きとはいえ、これからわたしたちは共に暮らしていく。そうでしょう? わたしは貴女にわたしを好きになってもらいたいの。わたしは既に貴女を好ましく感じているもの。これっておかしい?」

「ううん、そんなことない」


 でも、と考える。その欲求はあなたが家庭用オートマトン、家族になるために造られた存在だからこそプログラムされている「感情」じゃないかって。私はこの考えを胸にしまったままにする。

 その代わりに別の本音を、嘘ではない気持ちを彼女に伝える。


「あのさ、最初に着ていたドレスの印象が強すぎたんだ。その服も似合っているには違いないけれど、わずかな期間で固定された私のイメージとは合わなかったから、おざなりな回答になってしまった。私なりに分析したらそういうこと」


 リリアーナはぽかんとした。それから失笑する。上品に。笑い声はあまりに小さくて聞きとれないが、実に人間らしい動きだった。


「ソフィーは真面目ね。嫌いじゃないわ、そういうところ」


 そう言って彼女がその青い瞳で私を見つめてきて、私の顔は馬鹿みたいに火照るものだから、慌てて距離をとって「さっさと片付けてしまおうよ」と背中を向けて言うのだった。




 リリアーナと屋敷で共同生活を始めて一カ月が経った。

 まず私は叔父と話し合ってネイキッド・サンを手伝うのを週四日、決まった時間にしてもらった。その打ち合わせの際に「飯代ぐらいは出してやる。それ以上は期待しないでくれ」と言われた。もとより週に二日は客が一人も来ない日がある店で、修理費用もそんなにとっておらず、「直せないものは直せない」がモットーだ。

 お金の問題が切羽詰まってきたら、ロビンの店でウェイトレスをやるか家庭教師の募集でもないかと探そうと思ってはいる。


 リリアーナが探索してくれた部屋を含めて、私もようやくこの一カ月ですべての部屋を入念に調査し終えた。結果、他に地下室はなく隠し金庫もなかった。蜘蛛の巣が張り巡らされた屋根裏部屋にも何も隠されていなかった。

 修理できそうな機械がいくつかあったが、電力供給の観点から継続しての使用は困難かつ、生活に必須でないと判断して多くはそのままにしてある。

 庭の花も野菜も今のところ元気に育っている。管理はリリアーナに任せた。ロビンがくれた服にはなかった作業着を用意しないといけなかったけれど。彼女が手袋をはめて土いじりをするのを目にしたが、私よりもずっと器用にこなしていた。


「ラディッシュがそろそろ収穫の時期なのよ」


 店の手伝いがないその日の朝、リビングで彼女がソファに座る私に背後から囁いてきた。足音を殺しての接近、そしてこの不意打ちには首をすくめてしまう。


「あのさ、マイク使ってよ。せっかく作ったんだから」


 店の倉庫にあった壊れたマイクロフォンを基にリリアーナのために小型拡声器を作ったのが二週間前。ハンズフリーのそれは使用するのに手間がいらず、数メートルの距離を置いても声をかけられる。それなのにリリアーナはあまり使ってくれず、私に囁き続ける。まるで私がその囁き声に魅惑されっぱなしであるのを知っているかのようだ。というより、知っているのだろう。


「必要なときに必要なだけ、それでいいでしょう?」


 ほら、この表情。私の心を見透かすような。今では慣れた。慣れると、恐怖が一切なくなった代わりに、時折、こっちの顔が熱を帯びる。


「収穫、手伝ってくれるわよね」

「それをあなたが望むなら」


 リリアーナがソファの前へと移り、そして自然と私の隣に腰掛ける。休みの日は二人してこうやって並んで腰掛け、読書に耽るのが習慣化されてきている。彼女の読書スピードは高速とまではいかず、せいぜいが私の二倍だ。それでも羨ましさと悔しさがちょっとある。


「スライスしてサラダにしたり、バターで炒めたり、ピクルスにするのもいいわよ。あとサンドイッチの具材としても好ましいと本にあったわ」

「それはありがたいな。私も食べていいの?」

「当たり前よ。わたしは別に食べなくてもいいのだから。疑似消化器官を定期的に動かしておいたほうがいいってのはあるかもだけれど。味覚は誤飲を防ぐため最低限の機能があるだけ。これ、言わなくてもとっくに知っていることよね?」


 説明させないでよ、とどこか拗ねた表情のリリアーナに私は弁解する。


「まあね。でも、それとこれとは違うのかなって」

「というと?」

「リリアーナがあの庭を今日まで毎日、世話をしてきたのは知っている。その成果物を、見ていただけの私がいただくのは道理に合わないかなって。適した対価がいる。そうだな、たとえば……」


 私は窓の外を見やる。今日は曇りだ。この分だと雨も降りそう。リリアーナはそれを見越して水遣りを調整したかな。


「ねぇ、ソフィー」


 囁き声が硬くなる。私は窓から視線を彼女に戻す。声と同じく、いやそれ以上の険しさがそこにあった。


「貴女はまだ全然、わたしを家族として認めていないの?」

「へっ?」

「ただの研究対象としてみているのかしら。ただの機械」

「そ、そんなことない。たぶん。その、えっと」


 リリアーナの顔がさらに近づく。それは微笑みに変わった。


「ソフィー、前にも一度訊ねたけれど、そろそろ聞かせてくれる? 貴女がここを離れて機械都市と呼ばれる地へと赴き、そして戻ってきた物語の中身を」


 ラディッシュの芽が出始めたときに、リリアーナはその件を訊ねてきた。しかし私は「あなたの記録復元に有効ではないと思う」と拒絶したのだった。たしかにあの頃と比べれば、リリアーナとの関係は幾分か友好的となり、そこには人間味が出てきて、彼女が「家族」という表現を使いたくなるのもわかる。


「貴女のその機械的思考メカニカル・シンキングが培われたのがそのマキネという都市であり、ユービックという機関なのでしょう?」

「機械的? それはちがう。もともと私はいわゆる損得勘定であったり、合理性であったりを重視してきた。それが人からは真面目すぎるだとかドライだとか……」


 リリアーナがその右手を私の手にそっと乗せる。相変わらず冷たい。それが今この状況ではちぐはぐだと感じる。温かければいいのに、と心はねだってしまう。


「先週、ロビンと話したわ」


 リリアーナが町を出歩くときは必ず私が同行する取り決めだ。だからロビンと会ったというのはこの屋敷でだろう。彼女はあれからも不定期に訪れるから。それがちょうど、私が出張修理中の場合だってある。

 理屈はそうだ。二人で会って話していてもおかしくないって。

 それなのに「ロビンと話したわ」と言われて、なぜだか心がチクリとした。自分について話そうとしない私が、彼女が秘密を持つのを嫌がるのは不合理だ。それとも、そこには彼女がアンドロイドで私が人間という構図が無意識に働いているのだろうか。


「えっと、何を聞いたの?」

「彼女が知るところをすべて話してしまったのではないわよ? 貴女がどんな子供時代を送っていたかを聞いたの。子供の頃の貴女は決して渇いた人間でなかった。いいえ、今だって本質はちがう」


 本質。それって私(人間)の本質? それを彼女はどう定義し、どう認識しているのだろう。よぎる疑問をよそに彼女は話を続ける。 


「貴女がわたしの栽培したラディッシュでもトマトでも何でも、食べるか否かは些末なことよ。でも貴女がここへとたどり着いた事情をわたしが知るか、知らないままでいるかは違う。貴女を理解するうえで重要なファクターだって思うわ」


 リリアーナはそう言うと、空いていたもう片方の手で私の髪を撫でてきた。その手櫛に温度はなくとも気持ちがよかった。

 この一か月間、ブラシやオイルで私の髪をケアするのを補助してくれている彼女だ。私から頼んだ覚えはない。不慣れであるゆえに、洗面所でもたついていた私。それを見かねた彼女が、あたかも出来の悪い妹を可愛がるように「わたしがしてあげる。こちらにいらっしゃいな」と椅子に座るよう促したのが始まりだ。そして私も、ある意味で人間より繊細な彼女の髪を梳かすことがある。彼女に頼まれて。

 

 理解。それは今や私たちの間で双方向性を有するべきものとなっていた。さっきのは本心だ。この生活は彼女を研究対象や観察対象で留められる環境ではない。


「手を離して」


 私のその言葉にリリアーナの表情に緊張が浮かんだ。髪を撫でる動作がピタリと止まる。


「両手とも」

「お断りだわ」


 ツンとした彼女に、私は小さな溜息をひとつ贈る。


「ハーブティーを淹れてくるから」

「え?」

「あなたも飲んで。何かを飲みながらでもないと舌が回りそうにない。頭も。とくに明るくない話をするのなら」

「それって……」

「話すよ、私のこと。でも、先に言っておくと、この屋敷にあるどの小説よりもきっと面白くない。それでもいい?」


 手をゆっくりと私から離したリリアーナがにこりとした。


「貴女は誰かと話すとき、フィクションと比べて、いつもその価値を相対化しているのかしら。それはとんだ悪趣味だわ。そうでしょう?」

「たしかに」


 彼女に口では敵わない気がする。私は肩を竦めると、立ち上がった。

 

 綺麗になったキッチンは、電気が通っている数少ない部屋の一つだ。

 私は電気ケトルに水を入れ始めた。両親が生きている頃から使っているもので、マキネにも持っていったお気に入りの一品だ。本体がステンレス製のありふれたデザイン。加熱中に高温になった表面に手を触れて火傷しかけた覚えもある。お母さんに怒られたっけ。

 定期的な洗浄を心掛けているが、メーカー想定の耐用年数をとうに過ぎている。これでお湯を沸かしてよくハーブティーを三人で飲んだものだ。ティーセットのほうに愛着が湧かなかったあたりが私らしい。


「――――父は私に二つのことを教えてくれた」


 ハーブティーが注がれたカップを二つ、ソーサーなしでリビングに運び、一つをリリアーナのもとへと置いて私はそう切り出した。どこからどう話せばいいかはまだ頭の中で整理がついていなくて、なんとなく以前に読んだ小説の冒頭部分に倣った。彼女はカップに手をつけずに私をじっと見て、続きを待ってくれる。


「『むやみに直感を信じるな』、それに『最後に信じられるのは直感だ』って。矛盾はしていない。ようするに普段は感情に流されないように、その場の衝動に身を委ねないようにするのが肝心」

「そして土壇場では直感が、理性やロジックをも凌駕する」


 彼女が継いだ言葉に私は肯く。彼女の表情から笑みが消え、その瞳には好奇心が宿っている。


「貴女のお父様は何をしていた人だったの?」

「旅人」

「それは時間旅行者タイムトラベラーという意味ではないのよね?」

「もちろん。けれど冗談ってわけじゃない。父はこの町の人でないんだ。ある時はカメラマン、またある時は突然変異獣ミュータントハンター、それから行商人の用心棒や、トラックドライバー。他にはバーテンダーだったり、彫刻家だったり」


 私は父が話してくれた冒険談の多くをまだはっきりと覚えている。幼い私は毎日のように彼に話してくれるようせがんだものだ。


「長らく旅をしていたのは事実で肩書きのほとんどは自称」


 さすがに錬金術師ってのは小さい頃の私も信じなかった。


「器用な人だった。この町には三十の時にやってきて、なんでもやっていたみたい。便利屋っていうのかな。お母さんが言うには合法の範囲で」

 

 父本人はというと、グレーゾーンに腰を据えて、たまに向こう側へと行ったり来たりを繰り返していたと話していた。その向こう側が指すのがどちらなのかは考えないでおこう。


「お母様は?」

「建築関係の会社に勤めていた。この町だと二社しかなくて、小さいほう。お父さんたちの恋の始まりがどんなふうだったのか、詳しくは聞かずじまい。最初は叔父さんが反対していたってのを知っている。お姉ちゃんっ子だったみたい。でも私が知っているのはまるで実の兄弟みたいに意気投合している父と叔父の姿」


 私は淹れたてのハーブティーを息で冷まして一口飲む。記憶にある母が淹れてくれた味とは異なる。別のブレンドなのだろう。


「……二人とも、私が十五歳のときに火災で亡くなった。私が学校を卒業する数日前のことだった」

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