第4話

 リリアーナは、見るに堪えない庭をまずはどうにかするのを提案した。私としては、屋敷内でまだ調査が済んでいない部屋を彼女と共に回りたかったのだが「しばらくは日の光を浴びておきたいの」と遠回しに念押しされたものだから、その提案に従うことにした。

 玄関まで行かずに客間の掃き出し窓から外に出て、少し進んだ先に待ち受けていた植物たちの自由奔放ぶりに頭が痛くなる。

 一緒に窓から出たはずのリリアーナがなかなかついてこない。客間の絨毯の上を歩くのと地面を歩くのでは勝手が違うのだろうか。そう思って振り返ると、靴とドレスをなるべく汚さないように、一歩ずつ進んでいる彼女がいた。


「転んでほしくはないけれど、お嬢様気分でいられるとなぁ」


 私は六、七メートルほど距離が空いた彼女に向かって、いつでも室内に戻れるそのあたりで待っていて構わない旨を伝えた。彼女は首を縦にも横にも振ってくれない。彼女の唇が動くのが見える。しかしその声は聞こえはしない。私は溜息をつくと、彼女の傍へと駆け寄り、さっきと同じことを今度はいっそうへりくだった態度で口にした。すると、思いがけない反応が返ってくる。


「ソフィー、貴女の手を貸してほしいわ」

「はい?」

「エスコートしてほしいの。一人で待っているのは嫌よ」

「ああ、うん……」


 彼女の重さを考慮すると、もしも彼女が転んで私に倒れ掛かりでもしてきたら、私は怪我を負うだろうな。そんなことを思いながらも、言うとおりにした。そうして私たちは時間をかけて庭を見て回り、再生計画を練った。

 ふと、風で流れてきた雲が私たちに影を落とす。私はリリアーナの様子をうかがった。彼女は小首をかしげる。可憐だ、そう認めざるを得ない。


「日光を浴び続けていないとすぐに止まる、なんてことないよね?」


 リリアーナの髪。彼女の覚醒から考えるに、それは太陽光を電気に変換して彼女の動力とする機構とみて間違いないだろう。しかし内部のバッテリーが正常に機能している保証はない。むしろそれが修復できないレベルかつ交換できない状況になったから、あの地下室に眠っていたという説も出てきた。


「杞憂よ。わたしの中であたたかなものが満ちているのを感じるの。充分にね。正確な数値まではわからないけれど、たとえお日様が隠れても数日は持つと思うわ」


 アンドロイドの充電にかかる時間の相場は知らないが、二時間以上かかったことと光に当てるまで無反応であったのを加味すれば、バッテリー残量は底を尽きていたのだと推測ができる。

 

「ハインラインは日照時間が長く、長期にわたる雨季がない気候だからソーラーバッテリーは能率的な機構だね。二百年前もよく晴れていた?」

「たぶんそう。貴女は帽子をかぶったほうがいいのではなくて?」

「考えておく」


 作業着に合った作業用キャップは購入済みなのだが、叔父さんからは「ダサいからやめておけ。屋外での長時間作業のときだけでいい」と言われてほとんどかぶっていない。


「あなたに何らかの形で充電が必要だってのが頭になかった」

「つまり?」

「先入観ってやつかな。小説に出てくるアンドロイドたちで、私が覚えているタイプは皆、人間に限りなく等しい存在だったから。コードやケーブルをどこかに繋いで定期的に充電って描写はなかった気がする」

 

 リリアーナの髪の仕様は資料に記されていなかったが、これはマニュアルが不完全であったように、カタログスペックから漏れていた事項だとみなすことにした。脱がせてチェックした彼女の身体には、他に充電をするための構造らしきものは見当たらなかった。

 いや、待った。

 後ろ首のあのコンセントはその役目も兼ねているのか。電子頭脳へのアクセスだけではなく、充電機器との接続を担っていると。もし万一、その部位に不具合があって充電不可になった場合、つまりはイレギュラーに対応するための機構として彼女の髪は太陽電池仕様になっている。ひとまずそう結論付けた。つじつま合わせだ。それが真実かは定かでない。


「あのさ、念のため訊いてみるけれど、これらの草を一気に刈り取る機能はリリアーナにある?」

「それはたとえば、わたしの腕が草刈り鎌やバーナー、あるいはより便利な道具に変形するかって訊いているの?」

「まぁ、そうなるかな」

「貴女はわたしを勘違いしているわ」


 リリアーナは顔に不服そうな表情をつくった。それは見事に、私を申し訳なくさせる。「そんな機能はありません」と機械的に返答されるより効果があった。


「ご、ごめん。勘違いも何も、まだ起きた状態で出会ってから数分だから、つい。知らないことが多すぎるんだ」


 仕様書になかった機能の有無はなるべく早く正確に把握しておきたい気持ちがあった。それが暴発して私に害をなす恐れがあるのだとすればなおさら。


「いずれにせよ、これほどまでに繁茂していると鎌の一本二本では作業は困難だと思うわ。それとも貴女は、草刈りの極意をその小さな体に宿しているのかしら」

「小さな、は余計。……あなたは知らないだろうけれど、今の人類は己の身体を小さく留めることで食糧不足に対応しているの」

「嘘ね」

「ど、どうしてわかったの?」


 即座に見破られると、つまらない嘘をついた自分が急に恥ずかしくなる。


「顔に書いてあったわ。でも、不快だったのならごめんなさいね。わたしには貴女のその体格は可愛らしく思えるわ。顔もね。これは嘘ではないわよ」


 彼女が口許に笑みを浮かべる。地下室で見たときは冷ややかで生命力を感じさせなかったそれが今では活気づいているのだった。もし何かあって彼女の顔に傷がつきでもしたら、私には到底直せないだろうな。


「そういえば、博士がバギーカーを見つけた車庫内に他にも壊れた機械が転がっていたって話していたんだった。草刈り機もあるかも」

「例のオリヴォー博士ね。まだ思い出すことのできないわたしの家族の血筋を継いでいる人なのよね? 会って話したかったわ」

「あっちもそう思っているよ、心からね。運がよければまた会える」


 まだ最寄りの町へと移動の最中だろう。通信設備が整っていれば、すぐにでも引き返してもらえるのに。


「それじゃあ、その車庫に行くのね。さ、エスコートして」

「はいはい、リリアーナお嬢様」


 私は手を差し出す。彼女は手をとらない。今度は私が小首をかしげる。


「ねぇ、ソフィー。嫌なら断ってもいいのよ」


 また表情が変わった。リリアーナはかしこまった顔を私に示す。


「そんなふうな思考を持ちながらも、頼むの?」


 会話表現といい、このリリアーナの思考パターンは私と合わない気がする。ようするに掴みにくい。マキネの図書館では言語学関係も数冊読んだが、彼女が積極的に使っている、いわゆるお嬢様口調レディ・トーンは統一人工言語においては比較的新しいものだと記憶している。普及率はそう高くなかったはずだ。


「今のわたしは自分のインパルスに身を委ねているの」


 私が手を差し出したままにしていると、結局はその手をとって彼女が口にした。触り心地は人間のそれと大差ないのにひんやりとしているのにはまだ慣れない。


「機械仕掛けの心がおもむくままにってわけだ」

「そうね。かつてのわたし、過去に形成されていた人格を再現しようとしているのよ。でもね、それで今そばにいる貴女に知らず知らずに疎まれたくないわ」

「ええと、嫌なら嫌だと言ってほしいってこと?」

「そのとおりよ」

「あのさ、リリアーナ。誤解がないよう先に言っておくね」


 私は彼女の手を掴む力を強くしてみるが、それを彼女がどんなふうに知覚しているかはわからなかった。私の指をへし折るどころかもぎとるような怪力を発揮しないのを祈りはする。


「どんなに綺麗な女性の見た目をしていても、あなたを人間扱いできない。機械と人間という絶対の線引きが私の心にある以上は」

「……疎んだり厭ったりする以前の話ってことなのね」


 リリアーナの表情に悲哀が浮かんだ、と思った瞬間、彼女はそれを私に見せまいとするかの如く俯いた。それから、ゆっくりと顔を上げた彼女の表情は穏やかなものだった。私がその一連の人工筋肉の動きに少しも心を揺さぶられなかったと言えば嘘になる。


「わかったわ。納得した。そう自分に言い聞かせておくわ。それでも、少し悲しいわね。貴女からするとこんなの滑稽なんでしょうけれど」


 そうして私たちは会話をやめて車庫へと向かった。




 果たして車庫には草刈り機が残されていた。

 両手ハンドル式で小型エンジンを搭載している。合金製のカッター部分は表面を磨けば使えそうだが、エンジンがかからない。最後に使用されたのは博士の母親が一人暮らしをしていた時期だろうか。エンジン内部をみてみる。汚れていないし、損傷もない。なんだ、燃料がないのか。

 思えば、博士は詳しく教えてくれなかったが、バギーカーの燃料をどうやって確保したのだろう。ハインラインの一部の店が扱っているような燃料類のどれもが、長期保存なんてできないはずだ。スクーター用の燃料で動いた?

 ううん、そうじゃなくて、この屋敷にロストテクノロジーの遺物があるとみるべきでは?


「ソフィー、次は何を探しているの」

「今でも使える燃料。そうとしか言えない。液体ではなく固体かも。あなたは知らない?」

「数十年、あるいは百年単位で劣化せずに保管可能な燃料なのね?」


 リリアーナはすぐに、私が探しているのが劣化したガソリンではないのを察してくれた。むしろ彼女が前に起きていた時代にはその手の心配がなかったのだろう。


「本で読んだことがある。未使用状態なら百年間保存ができる燃料のこと。たしかケントゥムっていったかな。それが特定メーカーの商品名かまでは覚えていない」

「わかったわ。それらしきものを探してみる」


 そしてリリアーナと手分けして車庫内を探索して五分、カンカンカンっとコンクリートの床に何かを打ち付ける音がした。音がするほうを見やると、彼女が手に工具を持って私を見ていた。その表情は明るい。「来て」と唇が動いた。


「これじゃないかしら?」


 彼女の囁き声が私に届く距離に近づく前に、私は彼女の足元にある缶の表面にケントゥムβと記されているのを視認する。商品名だったのか。見知らぬロゴと企業名。

 手に取ると中身の重さを感じる。大丈夫、未開詮だ。側面部に記された用途一覧には自動車用燃料はない。断定できないが、αのほうがそうなのかな。


「ありがとう。これで試してみる。使い方も書いてあるし」

「お役に立てて嬉しいわ。ところで刈り取った草はどうするの」

「土に埋め直すつもり。リリアーナはガーデニングに興味が?」

「色とりどりの花が咲いている庭の光景がうっすらと記録にあるのよ。それがこの屋敷で記録した光景に間違いないと願いたいわね」

「草刈り機の近くにガーデニング用品があったのは見たよ」

「ええ、わたしも。数日で蘇らせることはできないでしょうけれど」


 草刈り機が一台しかないことと、足元が刈り取った草で不安定になるのを理由に、リリアーナは私が草刈りを行うを遠くから見守った。草刈りは初めてで最初の数分間は要領を得られずに、苦戦した。その後はコツをつかんで徐々に楽しくなりさえしてきた。それで鼻歌まじりに作業をこなしつつ、時折、リリアーナがいる方向を見やりもする。急に倒れられでもしたら大変だ。専用機器による彼女のステータス診断ができない状況下なので、なるべくは目の届く範囲にいないといけない。

 

 一時間ほどで荒れ狂った植物たちの掃討が済む頃、私はこれからのモチベーションについて考えを巡らしていた。課題や目標と言い換えていい。一番大きな挑戦だったはずの、リリアーナの起動はひょんな偶然から成し遂げられてしまった。今後は、彼女に喪われた記録を取り戻せるだけ取り戻してもらい、それを基に屋敷にまだ隠されている可能性のある秘密や文明の遺産を発見したいものだ。


「この庭が草花で彩られるのとどっちが先になるかな」


 私は額から流れ出る汗を手の甲で拭って、そう呟いた。




 叔父への報告、それに昼食、そして屋敷での生活を始める準備をするためにネイキッド・サンに一度戻ることにした。汗の始末と着替えもしたい。

 今朝はとくに荷物は持たずに屋敷を訪れた私だ。博士がこんなにも早くに出発するとは思わなかったし、リリアーナの覚醒も予想外なのだから。彼女との共同生活に関してはクリアな展望は今のところない。


「一人で行く気なの?」


 私が支度を済ませていざ店へと戻ろうとすると、背後から私の手を軽く引っ張って、リリアーナが驚いた調子の声をあげた。相変わらずの囁き声だが、そこにも色があるのだ。


「リリアーナを連れ歩いて、町の人たちをびっくりさせたくないんだ」

「この時代のこの町に、わたしのような存在が珍しいのは聞いたわ。でも、この屋敷に縛り付けておこうと思っていないでしょうね?」

「ないない。今はまだ、勝手に出歩いてほしくはないってだけ。いずれ、動作が安定していると判断できたら町を歩こう」

「いっしょにね。約束よ?」


 喜びと不安が入り混じったその表情に私は妙な気分にさせられた。線引き。それはしている。けれど、錯覚は起こる。きっとこれからも。彼女は人間に近すぎるのだ。


「わかった、約束する。二時間後には帰ってくるから、それまで……ええと、どうしたい? 何かやろうってアイデアはある?」

「部屋を見て回るわ。この動きにくいドレスの代わりが見つかればいいわね。そうだ、ソフィー。わたし、今の時代に合った服がほしいわ」

「たとえば、こういう作業着?」


 リリアーナは私の言葉に苦い顔を示して、しかし実際に口にしたのは「お揃いがいいというなら、受け入れるわ」というものだった。いや、私だってべつに作業着が好きってわけじゃないんだよ。これは店の制服みたいなものだ。


「あー……うん。作業着以外にするよ。今日中には難しいけれどね」

「ありがとう。ねぇ、貴女だってそれ以外の服を持っているんでしょう? それに着替えてきなさいな」

「了解、そうする」

「残念ながら、貴女のおさがりはもらえそうにないわね」


 どこを見て言っているんだこいつ。

 私は事実を否定しても虚しいだけなので「いってきます」と屋敷を出た。彼女の「いってらっしゃい」という囁き声がかろうじて耳に届いた。




 着替え終えて必要な荷物をバッグに詰め、一階部分に戻ると、叔父が外での修理から帰ってきていた。今のところ、すぐ次の依頼というのはないらしい。

 リリアーナの覚醒、それから草刈りのことを淡々と報告すると、叔父も特に興奮した様子は見せずに「よかったじゃねぇか」と返してきた。叔父は設備・建築分野を中心に学んだ人であり、人工知能やロボット分野には食指が動かない。


「そのアンドロイド、大して混乱していなかったんだな」

「混乱?」

「目覚めたら蓄積していたはずのデータの大部分がぶっ飛んでいたんだ。取り乱して、狂った挙動になってもおかしくないんじゃないかってな」

「人間が、所持している情報端末のデータの予期せぬ消去に遭うのとは違うんだから。あれは人間で言うところの記憶喪失の状態。怖いとは言っていた」

「へぇ。美人なんだろ?」

「叔父さん……」

「そんな顔するなよ。俺が言いたいのは、不用意に町を歩かせてトラブルになるといけないって話だ」

「服をそこらの町娘が着ているのに替えて、誰にも触れさせなければ人と見分けがつかなくなるよ」

「だからトラブルになりそうなんだろ」


 もっともだった。

 一目で機械とわかる物体を引き連れていても、そばに私がいれば、わざわざ話を聞きにくる町の人はいないだろうが、見知らぬ美人であれば違う。当然、彼らは彼女を人間だと信じて近寄ってくるわけだ。彼女がアンドロイドだとわかったとき、彼らが望むのはより人間らしさかそれとも真逆か。


「眉間に皺を寄せるな。お前はお前で黙っていれば美人だぞ」

「同い年だったらプロポーズしたくなるぐらい?」

「はぁ?」


 叔父は呆れ顔だった。わかりやすい。単純なのはいい。

 そしてその視線は私の頭から足のつま先を一往復した。


「今、着ている服は地味だな」

「べつにいいでしょ」


 ハインラインの老若男女に広く流通しているデニムパンツに、洗濯済みの明るいグレーの長袖スウェット。それが私の今の姿だった。ハインラインの衣料品店およびファッション全般の事情は三年前と変わったのだろうか。


「悪く言ったつもりはねぇよ。そういや、俺が仕事に行く前、ロビンがふらっと来たんだった。昼間でいいから店に来てだとよ」

「そのうちね。ああ、明日には行くことになるかな」


 リリアーナの服のことで。私は叔父には伝えなかった。からかわれそうだったから。ついでに自分の服も選んでもらえよと。ちなみに、店というのは博士が私の噂を聞いた例の酒場、ソールド・ザ・ムーンのことで、ロビンは私の幼馴染だ。




 庭の草刈り作業の二日後。

 早朝、私たちは屋敷内で、予定されている訪問者を待っていた。

 リリアーナの頼みで町の花屋で何種類かの花と野菜の種、それから安価な肥料を購入し、それらの庭植えが昨日に完了していた。作業のほとんどすべてを私が行った。もしも彼女が「服や手が汚れるから嫌だわ」と不満を申し立てていたら「あなたが望んでいることだから」と無理に手伝わせていたかもしれない。

 だが、実際には乗り気だった彼女に私が別の仕事を割り振った。屋敷内でたとえば別の地下室を見つけるといった探索を指示した。ならびに部屋の掃除も頼んだ。それらが記録の復元に役立ってくれるのを期待して。

 そうして私は、土いじりに精を出すことにしたのだった。ここだけの話、部屋の掃除は苦手なのだ。


「何も発見できなかったのは残念だけれど、ずいぶん綺麗になった」


 私たちはリビングルームのソファで並んで座っている。距離は触れられるほど近い。そうやって座らないと彼女の声がはっきりと聞こえないからだ。


「貴女のおかげで庭も庭らしくなったわ」

「うん。水遣りは任せるよ。疫病や害虫対策の知識はある?」

「勉強中よ。その手の本なら見つかったの」

「え? あの書斎に園芸関係の本があったんだ」


 博士と手分けした後、ざっと収められている図書のカテゴリについて話したが園芸はなかった気がする。


「書斎ではないわ。一階の誰かの私室でね。他の部屋と比較すると近年まで使われていた形跡があったわ」

「博士のお母さんの部屋かも。えっと、そこを含めてあなたが着れそうな衣服はどの部屋でも見当たらなかったんだよね?」

「ええ、そうよ。報告したとおり、空っぽか物置になっているかの二択が多かったわ。物といってもガラクタばかり」


 私は彼女が作成した手書きの屋敷全体の間取り図を受け取り、そこに併記されている彼女がガラクタと表現した物たちのおおまかな一覧に目を通す。実物を見ないと何とも言えないが、修理して使える機械もあるはずだ。


「それで今日はわたしに服を贈ってくれる方が来るのでしょう?」

 

 彼女の表情から期待や高揚感が読み取れた。


「嬉しそうだね」

「いけないかしら」

「いいや、そんなことない。でも、あの子は信じてくれないかも。あなたがアンドロイドだって」

「わたしにとってはどちらでもかまわないわ」

「なるほど」


 どちらでもかまわない、か。

 私が知っているフィクションの中のアンドロイドたちは、時にそうであるのを隠し、また時には人間と間違えられるのを厭い、そして時には人間になろうとしていた。


 午前十時半。つまり約束の三十分遅れでロビンが屋敷に到着した。


「……ロビン、それってお店で使っている荷車じゃないの?」


 彼女はアルミ製と思しき車体の二輪荷車を引いてやってきた。一昨日にリリアーナの衣服の件を依頼し、昨日にリリアーナの諸々のサイズを計って教えたときには、車輪付きの大きなスーツケースを転がしながら向かうと彼女は話していた。そうだ、荷車を引いてくるなんて聞いていない。いったいどれだけ持ってきたんだ?


「ソフィー、おはよう! 隣にいるのがお屋敷のお嬢様ってことね!」


 リリアーナの何倍も嬉しそうに満面の笑みを見せるロビン。そんな彼女を見たリリアーナは私に囁く。


「ねぇ、酒場の看板娘だけあって貴女より愛想がいいわね」

「人が好いって言うんじゃないかな、この子の場合」


 そうして私たちは荷物と共にロビンを屋敷へと招き入れた。 

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