第5話 Black Hole Sun
海斗は何もかもが虚しくなっていた。
何をしたってそれなりに出来る。
でも、それは常にベターであってベストではない。
だが海斗はどんなことでもある程度できる自分にコンプレックスを持ちつつも、"皆に人気があり、勉強もスポーツも出来る自分"ということを一つのセルフブランディングとして誇ることで、心が無虚になることを防いでいた。
そんな海斗にとって、2ヶ月前の出来事は自分のブランドを自ら揺るがす事態だった。
***
「俺のせいだ。みんな、ごめん。」
海斗は小学校から野球に自身の青春を注ぎ込んでいた。
そんな海斗は、小・中・高校とすべてのカテゴリーでチームの中心選手だった。
練習に明け暮れて、365日を野球に注ぎ込んだつもりだった。
でも、やはり海斗の才能は、ベストになることはなかった。
夏の高校野球 千葉県大会 3回戦
転石高校1点リードの9回裏、1アウト、ランナーは1、2塁。
打球はセンターの海斗の元に飛んできた。
なんてことはないフライを、海斗は落球した。
ランナー2人が生還し、サヨナラ負け。
高校野球最後の夏があっけなく終わった。
転石高校は別に強豪校でも、優勝候補でもなかった。
でも、青春の全てを注ぎ込んだものが、自身の落球により、いともあっけなく終わった。
失意のまま、試合終了の挨拶を終えた海斗は、
「俺のせいだ。みんな、ごめん。」
涙はでなかった。ただ、失意のままにみんなに送った言葉だった。
3年生レギュラーはもちろん、下級生、マネージャーまでもが全員号泣している。
「海斗のせいじゃない。」
みんな、涙ながらに言葉を振り絞って俺を慰めてくれた。
野球に対して、決してナメてかかったことはない。
野球に全てを注いでいた。
自分のせいで自分自身の、そして、みんなの高校野球が終わってしまったことを、これでもかってくらい受け止めた。
でも、決して涙は出なかった。
***
夏休みのその出来事を超えて、俺の生活は無虚になった。
唯一自分自身の心を保っていた俺という人間のブランドは落球によって全て崩壊した気分だった。
もちろん、野球部のみんなも、クラスのみんな、知恵も、誰もそんなことは気にしていない。
今まで通り、いや、野球部の練習がなくなった俺に今まで以上に遊びの誘いが絶えなかった。
カラオケに行っても、ボウリングに行っても、楽しくないわけじゃない。
でも、何かが違う。
自分のブランドが崩れた俺は、何かを失った喪失感で毎日をさまよっている状態だった。
それはもう、海に浮かぶペットボトルくらい、どこに進んでいるのかわからない状態だった。
野球をやっていた頃は、毎晩2時間のランニングがライフワークになっていた。
でもあの日以来、その2時間は、ただ夜道を徘徊する2時間になった。
駅前の予備校には、受験を控えた高校生が、もう22時だというのに必死に勉強しているのが見える。
同級生も何人かいるのが確認できる。
俺は大学に行く気はなかった。
就職先も決まってはいない。野球を終えた俺にはなにもなかった。
「今日はやけに空が明るいな」
なぜかは分からなかった。でも、南の方の空がやけに明るい。
あっちの方は、千葉マリンスタジアムだ。
プロ野球のロッテは今年、Bクラスでシーズンを終えていた。
クライマックスシリーズも日本シリーズもない。
特に理由もないけど、俺はただ夜の道を彷徨うままに南の方に向かって歩いていった。
Black Hole Sun / SOUNDGARDEN
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