スライムの精神性

 しばらくはあまりの衝撃に俺は身動きがとれなくなっていた。

 まあ、いつの間にかその衝撃も無くなっていて、気がついたら何でもないことのように振る舞えるようになったけど。


(前世と明らかに精神が変容している)


 こと、ここに至って俺は肉体的な変化のみならず、精神的な変化にも自覚が出てきた。

 前世、俺は心が弱く、ストレスを内に溜め込みやすい性格だった。

 そのせいでブラック企業勤めだったことも内向的な性格に拍車をかけ、ついには精神を病み、自殺してしまった。


 ところが、この粘液の化け物であるスライムに転生してからというもの、何かに気にかかったり、落ち込んだりと反応することはあれど、前世みたく内に溜め込むといったことはなく、気がついたら何でもないことのように感じていることが多かった。

 これは肉体に精神が引っ張られているのか、それとも転生時に精神が変容したのか、わからないが確かに言えるのは精神性は前世とは明らかに違うということだった。


(まあ、だからどうしたとも思う訳だが)


 こうすぐに思考放棄に至るのも前世にはなかったことだ。

 現状なにか困ることがある訳ではないが、それでもあまりの変わりように少し気にはなってしまう。

 すぐに気にならなくなってしまうとはいえ。

 これに関しては慣れなくてはならないのだろう。

 スライムの体に慣れてきているのと一緒で。


(一端、考えるのをやめよう)


 俺はこれ以上話が進まないので精神の変容については棚に上げ、今必要なことに切り替えることとした。

 それは俺は今どこにいるのかということであった。


 湖がある森の中なのは眼球を得たことで見ることができた目の前の景気から察することができる。

 自身がスライムに転生していることから地球でないことはわかる。

 だが、ここはどこにある森で何が生息しているのかはわからない。

 そんな今わかっていることを、ひとつひとつ確認していると、あることを思い出した。


(あ、眼球取った奴がどんな奴か見てない)


 思い出したら無性に気になり、死体のある場所へと眼球を反転させ、姿を確認した。

 初めは背の小さな人間に見えた。

 しかし、よく見てみると肌の色は緑色で、耳は笹のような形状をして横に伸び、鼻も天狗を彷彿とさせる長鼻であった。

 正しくその姿はファンタジー小説やゲームに登場するゴブリンといった姿でだった。


(この眼球の持ち主はゴブリンだったのか)


 ゴブリンは目玉がないものの、手で喉を掻き毟るような仕草をしたままで死んでおり、その死にざまは壮絶なものであったろう事が容易に想像できた。

 足下には粗末な、そこら辺の木の枝を削った槍のようなものが落ちており、これで俺を何度も突いていたのだろうことが伺えた。


(他には何かないだろうか)


 俺はゴブリンの溺死体に何の嫌悪感や忌避感を自分が抱いていないことを理解しながらも、他に何か情報が得られないかといろいろとゴブリンの死体を漁っていった。

 そして、見つかったのは


 ・木の枝を削った粗末な槍


 ・何らかの木の実が数個


 ・毛皮を使った衣服


 ・錆びた鉄製の鏃


 の4つであった。

 ゴブリンの死体自体からは何も情報を得られなかった。

 しいて言えば、実際のゴブリンは創作物と同様に醜悪な見た目をしていることがわかっただけであった。

 4つの所持品の内、槍と木の実と衣服についてはゴブリンの原始的な生活が垣間見えるだけで、それ以上は何も得られなかった。


 だが、最後の鏃にはとてつもない情報があった。

 それはゴブリンの生活圏に鉄製の鏃を製造できるだけの知的生命が存在するということなのだから。


 俺の次の目標が決まった。

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