悪魔の自己紹介
1
「えぇ、ウソだぁ!!」
神奈川県横浜市神奈川区にある八角橋。
駅を出てすぐ目の前に、『これぞ商店街』というような雰囲気を醸し出している通りが広がっている。趣のある店がずらっと並ぶ通りから少し外れた所に、僕がお世話になっている出版社、八角書房があった。
今日ここを訪ねたのは、担当編集者である神林さんから呼び出しがあったからだ。彼の所属部署に到着した瞬間、僕はこんな大声を出すことが出来たのかと思う程の大声をあげた。
「何だ、人の顔を見るなり大声をあげて。全く非常識な奴だな」
そこにはここ数カ月の間僕が必死になって探し続けていた人物、米莉アルが居たのだ。彼女は神林さんと顔を合わせ、呑気にコーヒーを飲んでいた。この謎の人物を見つけ出すまでに、きっと数多くの苦難やドラマが待ち受けているのであろうと思っていたのに。いや、僕が勝手に思っていただけなのだが。
「すみません……いや、でもだって、いきなり現れるから。電話にも全然出なかったじゃないですか」
「君と違って忙しいんだよ。そんなボクが君なんかに会いに来ているんだから感謝しなよ」
「は?」
「そうなんですよ、今日お呼びしたのは米莉さんからのお願いでして。最近白森センセが提出してくれたプロットを読んで是非お話ししたいと。やるじゃないですか、噂の人物からの逆オファーだなんて!」
僕のプロットを見て? 逆オファー?
何も知らない状態であればおそらく有頂天になっていただろう。しかし、瞬時にそれは違うのだと察した。
「白森クンよ。ちょっと話があるんだけど、場所を変えないかい?」
※※※
商店街の途中にある小路に入り、何度曲がったのか、どの方角を向いているのわからなくなるくらいぐるぐると歩かされた先にその店はあった。一見すると喫茶店のような店構えのなのだが、入口の前の置き看板は真っ黒で何の文字も書かれておらず、どういう店なのかは不明だった。
中に入ると、そこはやはり喫茶店だった。おしゃれなテーブルやカウンター、観葉植物。いかにもな雰囲気をしており、これでマスターが白い立派な髭を蓄えた渋い老人であれば100点満点なのだが、それらしき人物いなかった。というか、店員の姿は1人として見当たらない。
「何をやっているんだ、早く来なよ」
「いいんですか? 誰もいないみたいですけど」
「いいんだよ、ホラ!」
一番奥にあるボックス席に着くと、米莉さんは「ボクはもう決まっているから」と言いつつメニューを投げてきた。そのメニューを見て僕は目を丸くする。『冷』と『温』の2文字しか載っていないのだ。値段や細かい注意書きなんかも無い、正真正銘2文字だけだ。
「あの、これって」
「
「それは想像つきますけど、気になるのは中身ですよ。コーヒーですか? それとも紅茶?」
「さあ? その日によって違うから。頼めば指定の物を出してくれると思うけど、どうする?」
「じゃあ……
米莉さんはカウンターに向かって「
「じゃあ、早速話を始めようか。大体想像ついているだろうから単刀直入に。聞きたいのは白森クンが書いたプロットについてだ。あれらは、キミが1から考えた話じゃないだろう? どうやってあの話を知った?」
タバコの煙を吐きつつ彼女はそう切りだす。想定通りの質問ではあるが、さて、どう答えるべきか。米莉さんがユリやカズフミの記憶に居た謎の人物たちと同等の身体能力を持っていたとしたら、僕はとてもじゃないけど敵わないだろう。嘘や誤魔化しも効かないだろうし。かと言って、対応を間違えば命を奪われる可能性も……
「あー身構えなくていいよ、別に取って食おうってんじゃあない。むしろ、これからする話は君にとって得になる話だ」
「それって詐欺師の常套句では」
「なかなか言うようになったねぇ、まあ聞けよ。ボクはあのプロットの元ネタを知っているんだから隠した所で意味はないんだ。キミが書いた『深夜散歩』と『H高校の怪事件』に出て来る謎の少女AとB。あれはレヴィ亜紗野とルーシー附和だろ?」
米莉さんと謎の人物たちは何らかの繋がりがあるのではと思っていたけど、あのプロットを見ただけで名前を言い当てたとなるとかなり親しい間柄なのかもしれない。そうなると確かに隠す事に意味は無いので、僕は意を決する。米莉さんと会った事で昔の記憶と能力を取り戻した事、その能力が強化され他人の記憶を追体験できるようになった事。ここ数カ月の出来事を簡潔にまとめ説明した。
米莉さんは「なるほどねぇ」と言いつつ紫煙を燻らせる。
「大体予想通りだよ、気に入った。白森クンよ、ボクと組まないか?」
「は……? 組むっていうのはどういう」
どういうことなのかと疑問を投げかけようとしたのだけど、僕の言葉はチリンチリンという鈴の音で遮られてしまった。誰か新しい客が来たのかと思い扉の方へ視線を向けたのだが、誰かが入ってきた気配は感じられない。
「ああ、注文した飲み物の用意が出来たんだよ。取ってきてくれ」
「セルフなんですか」
つくづく変わった店だなと思いつつカウンターまで移動する。そこにはコーヒーが注がれたカップと氷水が入っているグラスが2つづつ、大きなトレイの上に載せられていた。
注文した飲み物は確かにあったのだが付近には誰もいない。薄暗いカウンターの奥も覗いてみたのだが、暗闇が広がっているだけだった。まあ、どうせ深く考えても仕方がないなと自己完結し、それらを席まで運んで僕と彼女は一息ついた。
「さて、一息つけた所で話を再開しようじゃないか」
「はい。組むっていうのはどういうことなのでしょう?」
「そのままの意味だ。協力しないか? ってこと。ボクの目的の為にキミの力が必要なんだ。といってもキミは恐らく、『協力って言ってもどうせ都合のいいように利用したいだけだろ』って思ってるんじゃないかい?」
「ええまあ」
「だと思ったよ。それはそれで癪に障るのだけど、いちいち言っていたら話が進まないからね。手っ取り早く信用してもらうためにはどうしようか…………そうだ、ボクの正体を明かそうじゃないか」
「……えぇ!?」
本日2度目の大声だった。
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