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時刻は20時を過ぎた頃。俺と附和先輩は体育館のステージ上にある演台の影に息をひそめ隠れていた。彼女はスマホのボイスチャットアプリを用いて会田先輩とイツキに小声で指示を送っている。
『こちら会田。対象は未だ現れず。どーぞ』
『こちら白森。僕の方も同様です。どーぞ』
「了解しました。引き続き校舎の中、及び外周をうろついてください。あと、うっとおしいのでどーぞはいりません」
「あの、幽霊を捜索するんならもっと人を集めた方が良いんじゃ」
「いいんです。これは『見つける』為の行動では無いので」
「え、それってどういう?」
「後で説明しますから、黙って見張りを続けて下さい」
「……暗くて全然見えないんすけど」
「いいんです。声が聞こえてくる筈ですから耳を澄ましていてください」
附和先輩の言葉に苛つきを感じつつ、俺は入口の方を注視する。そうしながら、昨日のドーナツショップでの会話を思い出していた。
※※※
「スパルタの、卓球部顧問……?」
「はい。うちの学校、もしくは近隣の学校において過去にそういった人物がいなかったかを調べて下さい」
「卓球部の顧問ってことは、それは『びょん幽霊』ではなく『卓球部の怪事件』の方に関係しているのかな?」
「今は何とも……とにかく調べて下さい。ホラ、お店の閉店時間がきてしまいますよ!」
そう言って附和先輩は一口サイズのミニドーナツをぱくつきつつ、紅茶を飲み始めた。手伝う気はさらさら無いらしい。仕方なく男三人がスマホで調べてみると、ある1つの事件を見つけることが出来た。
「……これっすかね? えっと、『行き過ぎた指導が判明。保護者が集団訴訟か』」
それはうちの高校から5キロ程離れた場所にある工業高校で起きた事件で、ある日卓球部からアキレス腱断裂、半月板損傷、疲労骨折等の怪我を負った生徒が続出し、調べた結果顧問の指導方法に問題があったことが判明。
学校側が速やかに謝罪会見を開き、その後顧問の処遇や訴訟についてどうなるか注目されていたのだが、会見の翌日自宅にて自ら命を絶っていた顧問が発見された……という内容だった。
附和先輩は「貸してください」と言って俺からスマホを奪った後、2秒程目を通したかと思うと「ありがとうございました」と投げ返してきた。
「え、あれ? 違いました?」
「いえ、多分その事件です。お手柄ですね松葉杖クン。明日の夜、こちらから『びょん幽霊』へ仕掛けましょう」
※※※
結局その後、附和先輩から詳しい説明が無いまま俺ら3人は指示に従うことになる。会田先輩とイツキはとにかく校舎の中と外周をうろついてくれと頼まれていた。俺は足の問題があるので無理に作戦に参加しなくていいと言われたのだが、ここまできたのだから最後まで見届けたいと思い、無理を言って参加させてもらったのだった。
そんな時「ゴゴゴゴ……」と、体育館の重いシャトルドアが開く特徴的な音が聞こえてきた。俺は咄嗟に附和先輩にアイコンタクトを送る。彼女は「連絡するまでその場で待機して下さい」と2人に小声で指示を出し、スクールバックの中を漁りだす。取り出したのは2本のフラッシュライトで、そのうち1本を俺に渡してきた。
「いいですか? この後タイミングを見計らって突入しますが、松葉杖クンは私の後方で全体を照らすことだけに注力して下さい。そちらのライトは広角照射タイプですので」
「あれ、この前のイツキの話だと人為的な明りで照らそうとしたら駄目だと」
「特別なおまじないをしているライトなので大丈夫です」
「はあ、それってどういう……」
疑問を投げかけようとした時、声が聞こえて来たので俺は口を噤む。「そめれじではは!」と意味不明な、しかしどこか聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて来たかと思うと、続いて「びょん」「びょん」という低く不気味な声が聞こえて来たのだ。
「行きますよ」
附和先輩は演台の影から飛び出しステージからひらりと飛び降りると、声のする方へとフラッシュライトを向けた。俺は慌てて追おうとしたのだが、さすがに飛び降りることは出来ないのでまずはステージ上から附和先輩が向いた方へライトの光を重ねる。その先に、異様な光景が広がっていた。
そこに居たのは岡崎先生と、3年生卓球部員の矢野先輩と西郷先輩だった。岡崎先生は2人に怒号を飛ばし、それを受けた先輩達は不気味な声で「びょん、びょん」と呻きながら体育館の壁に沿ってうさぎ跳びをしている。しばらく続けていると、矢野先輩がバランスを崩し倒れてしまった。
岡崎先生はそんな彼に近づき、「さてったさと!」と怒鳴りながら激しい地団太を踏んでいる。対して矢野先輩は、寝ころんだまま身体をうねらせげらげら笑っていた。俺は慎重、かつ素早くステージの階段を下りると、岡崎先生達を照らしつつ附和先輩に声を掛けた。
「あの、これは一体」
「……まずは、うるさいから黙らせましょう。あなたたち!」
彼女は岡崎先生達に声を掛けつつ、フラッシュライトをカチカチと点滅させる。それに気が付いた先生は「じいゃなまゃをじすんる!」と意味不明の言葉で返し、矢野先輩と西郷先輩はこちらを向いて身構えた。
「そこにいると邪魔になります。離れて下さい」
「え、や、いきなり言われても……」
俺があたふたしている間に、矢野、西郷先輩たちは襲い掛かってくる。その瞬間俺の腹部に鈍い衝撃が走り、気が付くと3メートル程離れた位置で仰向けに倒れていた。どうやら附和先輩が後ろ蹴りで蹴とばしてくれたらしい。蹴られた腹をさすりながらもう少しマシな方法は無かったのかよと思いつつ、急いで附和先輩の周囲をライトで照らした。
彼女はがむしゃらに襲い掛かる2人の先輩を涼しい顔で往なすと、何度目かの突撃の際、すれ違い様に左手に持っていた黒い手帳でスパァン! と頭の叩く。そうして、先輩たちは倒れて動かなくなってしまった。
そんな光景を目にした岡崎先生が「きるさ! いまてなしにを!」と叫び、ばたばたと走ってきた。附和先輩は先生が向かってきた勢いを利用しつつ腕を引っ張り、勢いよく床に倒した。そして、起き上がろうとした先生の頭をこれまた手帳でスパァン! と叩く。それまで不気味で意味不明な言葉が飛び交っていた体育館に、静寂が訪れる。
「──はあ、終わりましたね。お疲れ様です」
「これは一体どういうことなんすか? 先生たちは何かに取り憑かれているように見えましたが」
「ええ、そうです。これは所謂悪魔憑きという現象ですね」
「悪魔憑き……」
「順番に説明しましょう。まずカローラ先生に取り憑いていたのは、件のスパルタ卓球部顧問の霊、もしくは思念ですね」
「え、今さっき悪魔憑きって……」
「悪魔憑きというのは、皆さんが良く思い浮かべる黒い身体に羽と角が生えたあの悪魔だけを指すものではありません。悪霊だったり、狂気だったり、そういった悪い物に憑かれることを総じて悪魔憑きと呼ぶのです。まあ、これは人によって定義は違うみたいですけど」
「なるほど……」
「話が逸れました。例のスパルタ卓球部顧問……長いのでスパルタさんとでもしましょうか。スパルタさんは自ら命を絶ったと報じられていましたよね。そういった良くない死に方をするとなかなか成仏出来ずに近くにいた悪霊と同化してしまったり、自ら悪霊と化してしまうケースがあります」
「じゃあ今回岡崎先生に取り憑いたのは悪霊化したスパルタさんってことっすか」
「そうです。カローラ先生とスパルタさんは『熱血卓球部顧問』という共通点があったので、それでシンクロしてしまったのでしょうね。取り憑いた後は、自分よりも格下の悪霊を卓球部員に取り憑かせ、こうやって夜な夜な生前部員達に課していたうさぎ跳びを再びやらせていたというわけです」
「生前課していた……なんでわかるんすか? あの記事には行き過ぎた指導としか」
「アキレス腱断裂、半月板損傷、疲労骨折……これらはうさぎ跳びを無理に行わせた際によく起きる怪我です。『行き過ぎた指導』と『これらの怪我』とくれば、真っ先に思いつくのはうさぎ跳びですよ。で、スパルタさんはひとしきりうさぎ跳びをやらせた後部員を解放するわけですが……普通の部活動をした後にこんなスパルタトレーニングを続けていれば、いつかは倒れてしまいます。その結果、帰宅中に倒れてしまう部員達が続出。これが、『卓球部の怪事件』の真相です」
なるほど……先日俺が見かけた川村先輩は、スパルタさんから解放されたばかりの状態だったんだな。不気味な顔をしていたり意味不明な言葉を吐いていたのは、憑いていた悪霊が抜けきっていなかったのだろう。
「そういやうさぎ跳びをしていた先輩たちは「びょん」って言ってましたよね。これってもしかして、『びょん幽霊』の正体ってことですか?」
「もしかしなくてもそうです。スパルタさんの目的はうちの学生たちを怖がらせる事では無く、単に部員達にうさぎ跳びをやらせたかっただけ。だから、できるだけ人目につかないよう色んな場所でうさぎ跳びをやらせていたのでしょうね。体育館に人が残っている日は校舎内、校舎内に人が多く残っている時は校舎裏……という具合に。ですから、今回メガネさんと黒メガネクンに校舎の辺りでうろついてもらい、体育館でうさぎ跳びをさせるよう仕向けたのです」
「なるほど……あ、そうか。あの月明りの日に目撃されたごつごつした丸い物体って、『うさぎ跳びをするために丸めていた背中』なんですね。電気が点かなかったのは取り憑いていた悪霊の仕業か。でもそうなると……人目に付きたくないっていうんならもっと遅い時間にすればいいんじゃないっすか? それこそ深夜とか」
「深夜まで子供が帰ってこなかったらさすがに親は捜索願を出すのではないでしょうか。そうなるとスパルタさんは部員達に指導を出来なくなってしまいます。今回の時間がギリギリ怪しまれず、一番人目に付きにくい時間帯だったのでしょう」
抱えていた謎が一気に解け、俺の頭の中はスッキリとした状態になった。
「いや、なるほど……すごいっす。全部の謎が繋がりましたよ」
「これで満足しました?」
「え? ええ、まあ。この後どうします? っていうか、先生たちは大丈夫なんですか!?」
そうしてカズフミが急いで岡崎先生に近づこうとした時、ルーシー附和は引き止める。振り向いた彼の頭をポンと手帳で軽く叩くと、そこで僕は目を覚ました。
※※※
カズフミの記憶はなかなかボリュームがあり、終わりまで確認するのに3日程掛かってしまった。なるほど、会田先輩とカズフミと僕が揃った時懐かしく感じたのはこういった思い出があったからだったんだな。それにしても、高校時代の僕はあんなに青春に飢えていたのかと恥ずかしくなる。
楽しい思い出ではあったものの、労力の割に何か進展するような手掛かりは見つからず、それどころかまたも謎が増えたような気がする。
そして今回もまた、米莉さんではない黒い本を持った女性が出て来た。彼女たちは何者なのだ。何故、僕の知り合いの記憶に謎の人物は現れるのだ。何故、米莉アルは姿を現さないのだろうか? ぐるぐると思考を巡らせた結果、僕はこのままでいいという判断を下す。こうして色んな人の記憶を見て行けば、いつかは米莉アルへとたどり着けるだろう。小説のネタにもなるし一石二鳥だ。
待ってろよ、毒舌髪モジャ女め。必ず正体を突き止めてやるからな。
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