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 体育館に辿り着いた時、附和先輩は卓球部顧問の岡崎先生と話をしていた。文芸部の部室ではちゃんと話している姿を見ていなかったので、あの変人が普通に話している事に俺は少し驚いた。



「お、橋本。お前事件の事言いふらすなって忠告しただろう」

「すみません! でも何かしたくて……」

「まあ、既に色んな所で噂になってたみたいだからどの道広まってただろうけどな。で、附和はもういいのかな?」

「はい、ありがとうございました。カローラ先生」


 附和先輩の聞き込みは既に終わっていたようで、岡崎先生は部員達の所に戻っていった。岡崎先生が自動車の『カローラ』シリーズが好きな事はうちの学校で有名だった。附和先輩の呼び名付けは案外ベタなネタばっかりなんだな、なんて考えていると後ろから「橋本君!」と声を掛けられる。振り向くとそこには、女子卓球部部長の本田先輩が立っていた。



「足大丈夫なの? しばらく部活は休みなんじゃなかったっけ?」

「いやまあ、ヤボ用がありまして」

「ふーん。ルーシーちゃんはどうしたの?」

「私もヤボ用ですよ、ポニーテールさん」


 附和先輩はそう言うと部員達が集まって体操をしている所に近づいていった。


「相変わらずだね、あの子は」

「あの、本田先輩。附和先輩とは仲いいんですか?」

「特別良くはないと思うよ。同じクラスってだけだね」

「あの人普段はどんな感じなんすかね」

「えーどうだろ。気にしたことないから……あんまりは人と話しているのを見たことないかなぁ。寝ていたり、どこかへ行ってたり」

「そうっすか」

「橋本君はどうしてあの子と一緒なの?」

「ちょっと……文芸部に知り合いがいて、そいつに会いに行った時に知り合ったって感じっすね。で、今は川村先輩たちの事件を一緒に調べてます」

「調べてますって、大丈夫なの?」

「先輩たちの為にも何かしたくて」

「そう、くれぐれも気を付けてね。川村たちも、そんなことをするよりも早く足を治して欲しいって思ってるんじゃないかな!」


 本田先輩は俺に対してそんな釘を刺すと走って行ってしまった。そんな彼女と入れ替わるように、附和先輩が戻ってくる。


「松葉杖クンにいくつか聞きたい事があるのですけれど」

「なんすか?」

「カローラ先生はどんな先生です? 卓球部の顧問として」

「そうですね……簡単に言うのなら熱い人ですね。っていっても、体罰とかは無いっすよ。熱い指導をしてくれるんだけど守るべきルールはきっちり守る、『現代版熱血教師』って感じでしょうか」

「なるほど。先生に対して不満はありました?」

「無いですよ。少なくとも俺ら1年の間でそういう話は聞かなかったし、3年生達も最後の大会に向けてかなりやる気に満ち溢れていますから」

「はあ、そうですか。その割には先生含め、皆さん元気がないようですけど」

「えっ?」


 そう言われ俺は卓球部の練習スペースへ視線を送る。体操が終わり、ウォーミングアップのラリーを行っている所だった。決してだらだらしているわけではないのだが、なんだか覇気が無いように感じられる。


「確かにそうっすね……みんなどことなく顔色が悪いし、ラリーは途切れ途切れだ。いつもはもっと速いペースのラリーがずっと続いているんすよ。もしかして、今回の異変と何か関係があるんすかね?」

「さあ、どうでしょうね。私は体育館の中を色々見てきます。松葉杖クンは卓球部に何か異変が起きないか見張っていてください。まあ何も無いと思いますが」


 その後附和先輩は用具入れやステージ裏を調べ、それが終わると隣のスペースを使っていたバスケ部の部員や顧問の先生に聞き込みを行っていた。そんな様子を眺めつつも卓球部の見張りを続けていたのだが、その日は特に何も起こらず部活動終了の時間を迎えた。




※※※




 俺たちは今、駅前のドーナツショップに来ていた。空いた小腹をドーナツで満たしつつ、それぞれの調査報告をするためである。


「──というわけで、俺たちの方は特に何も起きませんでした。附和先輩は聞き込みをしてみて何か気になる事はありましたか?」

「現時点では特に無いかと」

「そっすか。じゃあ、次は会田先輩たちの……」


 調査結果を教えて下さい、と言おうとしたのだが俺はギョッとして言葉が詰まってしまった。会田先輩は天井を見上げ、イツキは下を向き目頭を押さえているのだ。まあ、何を考えているのか大体想像はつく。


「帰り道に怪事件の調査会議……ああ、なんて文学的な学校生活なんだろう……」

「フフッ……やばいなぁ。今、めっちゃ青春満喫中なんですけど、フフッ……」

「あの、そっちの調査結果を聞きたいんすけど!」

「……ん!? ああ、すまない。えっと、僕らは調査を開始した時点で校舎に残っていた人たちに片っ端から声を掛けてみたんだ。で、『びょん幽霊』についてある程度分かった事がある。白森君、頼む」

「はい。まず、『びょん幽霊』に遭遇した時間を聞いてみた所、いずれも19時から20時のかなり暗くなってからということが判明しました。次に遭遇した場所ですが……特定の場所というものは無く、3年生の教室の近くだったり、音楽室の前だったり……陸上部が校舎裏で聞いたらしい、なんて証言もありましたね」

「うちの高校のあらゆる場所で遭遇しているってわけだな」

「ぱっと見それぞれの場所に共通点らしきものは見当たらないな……出現パターンに何らかの規則性とかあるんすかね?」

「お、イイ着眼点だな橋本君! 今日はとりあえず情報を集めるだったんだけど、明日はそういった可能性も踏まえて聞き込みをしてみよう。ここまでで何か気になる事がある人は?」

「いいでしょうか?」


 それまで静かに紅茶を飲んでいた附和先輩が手を挙げた。


「はい、附和君」

「その幽霊の声を聞いた人達は、とおっしゃっていましたか?」

「えっとですね、『野太い声』、『しゃがれた声』、『異様な』、『聞いた事の無い』等々…………総じて、『不気味な声』という印象みたいですね」

「まあ、だから『びょん』って言われてるんだろうな」

「幽霊……その姿を見たという方はいらっしゃるんでしょうか?」

「それについて面白い話が聞けましたよ。『声を聞いた』っていう証言はたくさん聞けたんですけど、『目撃情報』は全然見つからなかったんですよ。怖くてすぐにその場を離れたという証言が大半で……そんな中教室の近くで遭遇した人がいるんですけど、その人は咄嗟に教室の電気を点けて辺りを確認しようとしたんです。でも、スイッチをいくら切り替えてみても電気が点かなかったらしくて……ああ、あとはスマホのライトで確認しようとした人もいました。結果は同じです」

「いかにも心霊現象って感じだな」

「では目撃情報はゼロなんでしょうか?」

「いえ、1件だけ聞けました。最近曇りがずっと続いてますけど、何日か前に晴れた日があったじゃないですか。その日に幽霊物を見たという人がいました」

「ん? 天気がなんの関係が……あ、月か!」

「ああ、その人は月明りのおかげでうっすらとだけど、あやしい影を見ることが出来たらしい」

「その影はどんな体型とおっしゃっていました?」

「あ、その……体型っていうか、人型じゃなくて…………その人が言うには、『直径7、80センチぐらいのごつごつした丸い物体がぴょんぴょん跳ねていた』らしいんです」


 てっきり幽霊の正体に近づくことが出来ると思ったのだが、出て来たのはよくわからない謎の証言だった。


「なんだそりゃ……」

「うーん、今ある情報だけじゃ何とも言えないな。ということで、引き続き聞き込みを続けようじゃないか。明日も役割分担はそのままでいくとして……」

「あの、すみません。1つ思いついた事があるんですけど」

「え!? 附和君、本当かい!?」

「ええ。それを確かめるために、皆様にお願いしたい事があるんです」

「何だい?」

「それはですね──」

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