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 ユリの記憶を見た事によって判明した新たな能力について僕は色々と検証を行い、わかったことがある。



 その能力の発動条件は、対象から『○○みたいな恐怖体験をした』という話を聞く事だった。そうする事で眠っている間、夢を見るように対象の記憶を追体験出来るのだ。

 友人や仕事でよく関わる人の様な『親しい間柄』であればそれだけ聞けば発動するのだけど、初対面の人や数回しか会話をしたことがない人の場合は『〇〇がいた』とか『場所は〇〇』といった条件を詳しく聞かなければ能力は発動しなかった。

 さらに、見る事の出来る記憶の種類が限られているという事が判明する。僕が見る事が出来る記憶は『恐怖体験』だけであり、それ以外の記憶、思い出は見ることが出来なかった。



 文芸部の部室でカズフミから『謎の人物と怪奇現象に巻き込まれた気がする』という話を聞けたので、能力発動の条件は達成している筈だ。後はぐっすり眠るだけなので、僕は漫画で見た『ホットミルクを飲んで20分程ストレッチをする』という快眠導入法を実行し万全の体制で臨んだ。





 ※※※





 ──八角橋高校に入学して半年が経過した頃。それまで順風満帆な学校生活を送っていた俺に悲劇が襲い掛かった。卓球部での練習中、右足後方に何かが当たったようなすさまじい衝撃が走る。その衝撃の正体はアキレス腱の断裂だ。かくして俺は、しばらくの間松葉杖生活を余儀なくされたのだった。

 

 こんな状態でも何かしら手伝えることはあるだろうと思って部活動に参加したのだけど、当たり前のようにやっていた卓球台の設置や球拾いに四苦八苦してしまいかえって迷惑をかけてしまった。じゃあ、暇な時間が増えたわけだから放課後寄り道を存分に楽しもうかと思ったのだけど、移動するだけで一苦労なのでちっとも楽しむことが出来ないのだ。


 結局は家で安静にしているのが一番だっだ。そういえば昔、騒がしかった友達が骨折をして松葉杖生活をしている時は別人のように大人しくなっていたっけなぁと思い出した。

 


 そんなつまらない日が1週間程続いたある日。病院から家へ帰る途中スマホを学校に忘れた事を思い出し、向かっていた時の事だ。辺りはすっかり暗くなっていたのだけど、どうしてもやりたかったスマホゲームがあったので取りに行くことにした。多分、守衛さんに忘れ物をしたと言えば入れてくれるだろう。

 そんな風に考え歩いていると、うちの制服を着た180センチはあるであろう背の高い生徒を見かけた。俺はすぐに卓球部部長の川村先輩だと気が付き声を掛けた。


「川村先輩、お疲れ様です! 今帰りですか?」


 5メートル程手前でそう声を掛けたのだが、川村先輩は何のリアクションも取らずにふらふらと歩いて来る。イヤホンか何かをして気が付かなかったのだろうか? 目の前まで来た時改めて挨拶をしようと思ったのだが、俺は声を出すことが出来なかった。


 川村先輩は口元は笑っているのだけど、顔中に皺を作りどこか苦しんでいるようにも見えた。目は今にも白目を剝きそうなくらい思い切り上を向いている。明らかに異常ではあるのだけど、声を掛けないわけにはいかないだろうと意を決して声を絞り出した。


「あ、あの……先輩……」

「おか、いこあつりのし? いよまだかんらるだいをてかり。じなゃあ!」


 先輩は意味不明な言葉を発すると、げひゃげひゃと不気味な笑い声をあげながら去っていく。俺は足を動かすことが出来ず、その場で呆然と立ち尽くしていた。 




 次の日。先輩の事が気になり俺は卓球部に顔を出したのだが、川村先輩は休みのようで姿が見えなかった。顧問の岡崎先生に話を聞いてみると、先生は俺を体育館の隅まで連れて行き小声で話をする。


「実はな、川村は昨日通学路で倒れているのを発見されて病院に運ばれたんだ。それで、お前は最近来てなかったから知らないだろうけど、実は川村で3人目なんだよ」

「3人目……?」

「卓球部から、川村と同じような状況で運ばれた生徒がいるんだよ。安田と稲葉、これで3日連続なんだ」

「安田先輩に稲葉先輩も……あの、先輩たちは大丈夫なんですか?」

「検査の結果、異常は見当たらないとのことだ。ただ、何故か目を覚まさないらしくてな……まだ何もわかってない状況だから、あまり言いふらさないでくれよ」



 一体何が起こっているのだろうか。昨日の川村先輩の様子から、きっと事が起きているのだろうと思った。何かしたいという想いがあるのだが、体がこんな状態じゃ大したことは出来ないだろう。

 『言いふらすな』と言われているけど、それには『あまり』という言葉もついていた。じゃあ1人か2人くらいなら話しても構わないだろうと自己解釈をして、俺は協力者がいないか考えを巡らせた。




  ※※※




「やあ、カズフミ。足は大丈夫?」

「やっと痛みが少なくなってきたよ……へぇ、文芸部ってこんな感じなんだな」

「おや白森君。お客さんかい?」

「あ、はい。小学校からの付き合いの橋本カズフミです。カズフミ、こちらは文芸部部長の会田先輩」

「初めまして、1年A組の橋本っす」

「どーも、3年の会田マモルです。大変だね、僕も昔骨折して松葉杖をついていた経験があるからよくわかるよ……あ、座って座って。文芸部伝統のココアを淹れてあげよう」


 そう言って会田先輩はココアの準備を始める。部室の中央には3つの折り畳み式の長机で作られた『大テーブル』があり、俺はその周りに置かれているパイプ椅子の1つに着席した。


「相談したい事があるって言ってたけど、何かあったの?」

「ああ、実はな……」


 そんな風に話を切り出そうとした時、部室の扉が開いて「ごきげんよう」という声が聞こえて来た。振り向くとそこには、人形のように整った小さい顔にライトブラウンのロングウェーブヘア、華奢な体つきをした女子学生がいた。そんな容姿と透き通った声は、まさに『お嬢様』という雰囲気を醸し出している。


「やあ、附和ふわ君。今日は早いね」

「ええ」


 附和と呼ばれたその子はスクールバックを肩に掛け、手に持った黒い手帳を扇子の様に仰ぎながらふらふらとした足取りで部室の奥へと歩いていく。その先には公立高校の部室には場違いな、とても高級そうなソファが置いてあった。


「イツキ、あの人は?」

「副部長のルーシー・附和先輩だよ」

「綺麗な人だなぁ。雰囲気もお嬢様って感じで……あんな人が部活の先輩だなんて羨ましいぜ」

「まあ外見はね。でも、変わった一面があって」

「待ちたまえ、白森君!」


 イツキが何か言おうとした時、3つのココアを載せたトレイを持った会田先輩がそれを遮った。


「いつもの、やらないか?」

「あ、そうですね! じゃあ、先輩からどうぞ」

「そうだな…………ここはベタに、『松葉杖』」

「じゃあ僕は『ギプス』で。今回は結局この2択になりますよね」

「そうだな、フフフ……」

「あの、何なんすか?」

「今にわかるよ。おーい附和君!」


 会田先輩はイツキと意味不明な会話を交わしたかと思うと、ソファで仰向けになって本を読んでいた附和先輩に声を掛けた。


「なんでしょう?」

「紹介するのを忘れていたよ。彼は白森君の同級生でね。ホラ、挨拶挨拶」

「あ、ハイ。初めまして、橋本カズフミと申します!」

「あらそうですか…………よろしくお願いします、松葉杖クン」


 附和先輩はそう言い放つとさっさと読書に戻ってしまう。俺は呆気にとられていると、目の前の会田先輩が小さくガッツポーズをしているのに気が付いた。


「よし! 白森君、明日ジュース1本な」

「あーあ。2分の1が外れたかぁ」

「おいイツキ、どういうことだよ」

「ああ、ごめんごめん。えっとね、附和先輩はあの容姿だからかなり人気を誇っているんだけど、変わった癖というか一面があるんだ。それは、ってこと」

「は? なんで?」

「附和君はかなりの切れ者でね。『天才に変人エピソードはつきもの』みたいな話を聞いたことあるだろ? 彼女も多分その類なんじゃないかな。まあそんなわけで文芸部内では、『附和君がどんな呼び名を付けるのか』という賭け事がひっそりと行われているってわけさ。ちなみに僕は『メガネさん』で、白森君は『黒メガネクン』って呼ばれている」

「はあ……」

「ところでカズフミ。さっきは話を中断させちゃったけど相談したいことあるんだよね?」

「ああ、そうそう! 相談したいのはさ、今この学校で起きている怪事件についてなんだけど……」

「ほう、君も興味があるのかい!」

「え、『も』って?」

「あれ、君の言う怪事件ってのは今話題の『幽霊』の事じゃないのかい?」

「びょんゆうれい~?」

「部活動の時間が過ぎた頃にね、校舎のあちこちで不気味な声が聞こえてくるんだ。『びょん、びょん』ってね」

「えぇ……何なんすか、びょんって。普通幽霊なら、ウラメシヤでしょう?」

「そこなんだよ! 謎に満ちた、解き甲斐のある怪事件……フフッ、実に文学的じゃあないか。そうだよな? 白森君」

「ええ、部長。学校に潜む怪事件に挑む文芸部……これぞ『青春ど真ん中☆』って感じですよね……フフッ」


 会田先輩とイツキは、2人揃ってメガネをクイクイさせつつ不気味な笑い声を上げている。イツキとは付き合いが長いのだけど、こんな一面を持っていたのは初めて知った。


「おっとすまない、話が脱線してしまったな。しかし『びょん幽霊』じゃないとすると、君の知っている怪事件というのはどういった内容の物なんだい?」

「ああ、えっとですね──」


 

 ようやっと本題に入ることが出来た俺は、卓球部員に起きている怪事件の事、昨日通学路で会った川村先輩の事を2人に話した。



「なんと……川村は同じクラスで今日は体調不良としか聞いていなかったのだけど、そんな怪事件に巻き込まれていたんだな……」


 そう言って会田先輩は顔を青くして俯いた。さすがにクラスメイトが病院に運ばれたとなると、さっきみたいにはしゃいだりはしないようだ。


「ええ。俺としては同じ部活の先輩達の為に何かをしたくって。でも足がこんな状態だから……それで誰かに協力を頼もうと考えて、思いついたのがイツキなんです」

「そうだったんだ。部長、いいですよね?」

「もちろんだとも! じゃあ、手分けして情報を集めるとす、うおわ!!」


 会田先輩がいきなり大声をあげる。どうしたのかと視線を追ってみると、そこにはいつの間にか近くまで来ていた附和先輩が立っていた。


「ど、どうしたんだい、附和君。まさか、事件に興味が?」

「はい。松葉杖クンが言っていた卓球部の事件が少し気になりまして」

「そうか……では、卓球部の事件から調査を始めようか。病院送りになっている生徒が出ているから、こっちの事件の方が緊急性が高いだろう」

「いいえ、メガネさん。並行してびょん幽霊の事件も調べるべきです」

「む、そうか……?」

「もしかして附和先輩は、2つの事件は何か関係していると考えているんですか?」

「そうですね、特に根拠は無いんですけど」

「まあ、僕は構わんが……橋本君はどうだい?」

「全然いいっすよ! 協力してもらえるだけでありがたいんで」

「よしわかった。では興味があるということで附和君には卓球部の事件を担当してもらおう。橋本君も卓球部員だからそっちだな。残りの僕と白森君で、びょん幽霊の事を調べてみるよ。では最後に一言。みんな、これは僕の勘なのだがこれはの事件ではないと思うんだ。何か危険な気配がしたらすぐに引き返し僕に連絡をしてくれ。わかったな!?」

「はい」

「オッケーっす」

「…………あれ、附和君は?」

「あの、部長。附和先輩はさっさと行っちゃいました」

「ええ!?」

「マジかよ!?」俺は急いで出入口へと向かう。

「カズフミ! 無理はするなよ!」


 イツキの言葉に手を挙げて応え、急いで廊下にでる。附和先輩の姿はもうどこにも無かった。


「可愛い顔して人の事を全く考えない、悪魔みたいな性格してるじゃねぇか……」


 そうぼやいて、俺は急いで体育館へと向かった。

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