八角橋高校文芸部の文学的な青春

1

「高校に来るのっていつ以来?」

「4年振りかなぁ。大学の頃は特に用事もなかったから一度も顔を出さなかったし。イツキは?」

「同じだね」


 僕は今、友人の橋本カズフミと一緒に母校である八角橋高校の学校祭に来ていた。お世話になった先生の所へ挨拶に行った後は、出店で腹ごしらえをする。特製カレーやクレープなど、僕らの時代よりもクオリティの高い調理技術に驚きつつ、満腹になるまで堪能した。


 その後はそれぞれが所属していた部活の出し物を見に行くことにした。まずはガズフミが所属していた卓球部を覗いてみる。そこでは、サーブによる的当てゲームや現役部員への挑戦コーナーが開かれていた。県大会まで進んだことのあるカズフミは的当てを簡単にクリアしていたが、大学では卓球を一切やっていなかったのでさすがに現役の部員には勝てなかったようだ。カズフミは悔しがりつつも、後輩たちと談笑をしていた。

 卓球部を後にし、次は僕が所属していた文芸部の所へ行くことになる。


「文芸部は何してんの?」

「えーっとパンフレットによると……ブックカフェだってさ。オススメ本や過去の部員たちの作品集を読みつつお茶を飲めるらしい」

「おっいいじゃん! 体を動かしたから丁度飲み物が欲しかったんだよ。それに、過去の部員の作品集の中にはイツキの書いた物も入ってるんだろ?」

「多分ね。どんな物を書いたか忘れちゃったけど、あんまり期待しないでくれよ。まあ、今でも大したものを書けていないんだけどさ」

「大丈夫だよ。俺そういうのよくわかんねーし!」



 そんなこんなで、僕らは文芸部の部室までやってきた。

 入ってみるとそこは、机を組み合わせて2人掛け、4人掛けの席を用意してしっかりとカフェを再現していた。黒板にはいろんな色のチョークを使い分けて様々なジャンルのオススメ本を紹介している。飲み物の種類も豊富でなかなか凝った造りなのだが、中には1人しかいなかった。

 その人物はスーツ姿で黒髪のきちっとしたセンターパート、銀縁メガネとサラリーマンの様な容姿をしている。間違いなく生徒でない。客か、もしくは顧問の先生だろうか? そんな風に思っているとその男がこちらに気が付き声を掛けて来た。


「いらっしゃい……ん? もしかして、白森君か?」

「え? そうですけど……あ! 会田部長ですか!?」

「そうだよ、久しぶりだなぁ!」


 会田部長は2コ上の先輩で、僕が1年の時の文芸部部長だ。文芸部内では好きなジャンルに分かれて創作活動をしていて、当時ミステリ好きだった僕と会田部長は趣味が合い、一番仲の良かった先輩でもある。


「白森君、本読んだよ。面白かった!」

「え、本当ですか? ありがとうございます!」

「まさかうちの部からプロデビューする人が出るなんてなぁ」

「いえ……といっても1冊しか出してないし。それも大して売れてないんで」

「今はまだそうなのかもしれないけど、これから読んでくれる人が増えるさ。ほら、黒板見てみろよ」


 見ると、黒板に書かれていた部員のオススメ本コーナーの中に僕の『まだら紐の男』が載っていた。それだけでは無く、「この文芸部出身の先生です!」とプッシュしてくれていて、僕は胸が熱くなった。


「うわ、まじすか……」

「な? これから話題になるぞ、きっと」

「なんか改めて頑張ろうって気になれました。そういえば部長は何を? 手伝いしてたんですか?」

「いやぁ元々そういうつもりじゃなかったんだけど。話を聞いてみたら、部員のみんなは自分のクラスの手伝いとかもあって結構忙しいみたいでさ。だから、飯ぐらいゆっくり食って来いよって言って昼の時間の店番を引き受けたんだ。まあ、座りなよ。飲み物奢るぜ」

「ありがとうございます。『文芸部伝統のココア』ってまだ続いてます?」

「ああ、あるみたいだ」

「僕はそれで。カズフミは何にする?」

「伝統のココアって?」

「部活用のココアを選ぶのを面倒がって代々ずっと同じものを買い続けていたら伝統になったっていう……まあ、つまりは普通のココアだね」

「そうなんか……じゃあ、俺もそれで」


 注文すると僕とカズフミは中央にある4人掛けのテーブルに着いた。程なくして、3人分のココアを会田先輩が持ってきてくれる。


「ありがとうございます。いただきます」

「はいよー…………それで君、カズフミ君って言ったね?」

「ハイ、どうかしました?」

「君は学生時代、文芸部によく遊びに来ていたかい?」

「いや、そういう事は……俺卓球部だったんすけど、顧問の先生が厳しくて遊びに来る余裕は無かったと思います。引退後何度か来た記憶があるけど、せいぜい1、2回っすね」

「あれ、そうか。気のせいだったのかな」

「どうかしたんですか?」

「いや、こうやって君たち2人と席に着くのは何故かすごい懐かしい気分になってな……」

「気のせいじゃ……あれ、何か俺もそんな気がしてたぞ。イツキはどう?」

「実は僕も……」


 そうなのだ。詳しくは思い出せないのだけど3人揃った瞬間、何とも言えない『懐かしさ』を感じていた。


「何だろう、不思議な感じだね」

「そうだ。会田さんは部長だったんすよね? 副部長さんは今日来ないんすか?」

「副部長……君島か。今日は来ない筈だよ」

「そっすか……副部長さん、綺麗な人だった記憶があるから残念だな」

「「は?」」


 カズフミの言葉に、僕と部長はすぐに反応する。


「美人? 何を言っているんだ。君島は男だぞ」

「え!? マジっすか!?」

「本当だよ。会田部長と同じクラスの男の先輩だ。ちなみに次も、次の次の代も男」

「えぇ、そっかぁ。じゃあ『副部長』っていうのは俺の勘違いで普通の部員だったのかな……」

「女の子部員は何人かいたな。カズフミ君の記憶の人物はどんな子だい?」

「えっと、物静かで、ミステリアスな感じで……何か怪奇現象みたいなのに一緒に巻き込まれた記憶もあるんだよな……それと、いつも手帳を持っていたような気がする」

「そんな子いたかな? 白森君はどうだ、何か覚えてるか?」

「…………いえ、多分カズフミの勘違いでしょう」

「あれ、そっか。まあ大したことじゃないし、忘れて下さい!」



 その後。30分程雑談した後僕らは先輩に別れを告げ、他の部の出し物をいくつか見た後解散した。僕は帰り道の途中、改めてさっきの事を思い出す。


 さっきはああ言ったけど、僕には心当たりがある。何か引っかかる昔の思い出、それぞれで食い違う記憶の内容、そして、カズフミの記憶の人物が手帳を持っていた事。これは例の『謎の人物』が関わっているのではないだろうか? 


 これは、覚えたてので調べてみる価値がありそうだ。

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