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 神宮寺ラミアちゃんは、私が中学1年の時に転校してきた子だ。彼女が初めて教室に来た日の事はよく憶えている。


 というか、派手な金髪、耳・首・指といたるところに付けているアクセサリー、超ミニのスカート(しかもうちの中学の制服ではない。有名私立中学のスカート)と、校則違反オンパレードの生徒がいきなり教室に入ってきたのだから、憶えていない人の方が少ないのではないだろうか。


 そんな風貌だから担任の先生を始め、それぞれの教科の先生全員から注意を受けていた。特に金髪を直すよう言われていたのだが、彼女は何の悪びれる様子もなく「これは地毛です。遺伝なんです」と言い切っていた。確かに『ラミア』という名前はどちらかというと外国っぽい名前ではあるが、キラキラネームというのは今の時代珍しくない。顔つき等の外見の雰囲気から思いっきり『日本人』を感じるので、今時そんな下手な言い訳をする子がいるんだと私は心底驚いた。



 ラミアちゃんは外見通りな性格をしており、平気で校則を破る子だった。休み時間にコンビニに行ってジュースやお菓子を買ってくるのは当たり前、放課後はゲームセンターに直行し閉店まで遊んでいるようだった。


 最初は戸惑っていたクラスメイト達も次第に慣れ、グループの子達はラミアちゃんと一緒に遊びまわるようになった。この時学級委員長に就いていた私はどうすればいのかわからず眩暈がしたのだが、意外にも終わりはすぐに訪れる。生活指導の怖い先生に一度雷を落とされた後は、ラミアちゃん以外の生徒はすっかり元の生活に戻った。そう、ラミアちゃん以外の生徒は。


 当の本人はというと、コンビニやゲームセンターに行くのをやめるなど幾分か大人しくなったのだが、授業中いびきをかいて寝ていたり、周りに大きな声で話しかけたりと相変わらずな部分はあった。以前一緒になって遊びまわっていたクラスメイト達はそんな彼女についていけず、次第に周りの友達は減っていきラミアちゃんはあっという間に一人になってしまった。



 そんな状態になっても変わらない様子で明るく振舞っていた彼女が、ふとした時に教室で一人寂しそうな顔を浮かべていたのを見かけた。それ以来私は、教室移動、休み時間、体育での2人組を作る時など、積極的に彼女と関わるようにした。『学級委員長として』ラミアちゃんに付き合っていた。


 そうやって彼女と向き合ってみると、色々分かったことがあった。まず、話し上手であり、聞き上手でもある。つまり、コミュニケーションの取り方がとても上手な子だった。学校の外でも大きな声で明るく挨拶をして、近隣に住んでいる人達と仲良さそうに話している姿はなんだかカッコよかった。


 校則に守る事に関しても、私が真摯な態度で頼むとすぐにわかってくれた。今思い返すと彼女は自分の欲求に正直過ぎただけで、誰かを苦しめるような校則違反はしていなかったのだ。ああ、いや、担任の先生はストレスで苦しんでいたかもしれない。とにかく、気が付くと私は『友達として』ラミアちゃんと付き合うようになっていたのだ。


 そんなある日、彼女からとても高級そうな指輪を貰った。彼女曰く、「休暇が取れて久々に会いに来てくれたママからのお土産! いっぱいあるからユリにもあげる」との事だった。その後、スマホで撮った写真を見せて貰った。そこには、ハリウッド映画に出ていてもなんの違和感もないくらいの容姿をした女性が映っている。



 ラミアちゃんが自分の髪を地毛だと言った時、どうして私は嘘をついていると決めつけていたんだろう。彼女が校則を破っていた時、どうして外見通りな性格をしているなんて決めつけていたんだろう。



 自分がそんなつまらない偏見を持っていたことに気が付くと、あまりに情けなくなって私は泣いてしまった。それを見たラミアちゃんは、「お土産くらいで大袈裟!」「ユリってばカンジュセイユタカすぎだよー!」なんて明るく茶化してくれた。そう言いつつも、優しく肩を抱いてくれたことは私は決して忘れないだろう。




※※※




 ある日の昼休み。ちょっとやってみたい事があるんだけどと言いながらラミアちゃんがスマホを見せて来た。少し前ならスマホを持ってきている事に対して厳しく言っていたはずなのに、人間は変わるものだとしみじみ思いつつ私は画面をのぞき込む。


「このサイトにアップされてる動画なんだけどさ」

「深夜散歩……ああ、結構あるよねこういうの。面白そうだけど……危なくない?」

「大丈夫! 心霊スポット巡りとかじゃなくて、近所の公園でお菓子を食べながら雑談配信をする程度にしようと思ってるの。ねえ、やろうよ」


 近所とはいえ夜遅くに中学生2人が出歩く事は危険な事だと思った。しかし、『深夜の公園でお菓子を食べつつ雑談配信』という『非日常感』はとても魅力的に感じる。特に、今まで真面目な委員長をしていた私はそういった『ちょっと後ろめたい事』に対して人一倍強い憧れがあるのだ。なので私は結局、1度だけと思いつつその日の夜にラミアちゃんと深夜散歩をやることにした。



 午後11時半。


 こっそり家を抜け出した私達は、昼間に買っておいたお菓子や飲み物が入ったビニール袋を片手に目的の公園へと向かう。そこに着くと、ベンチに座って早速2人で配信の準備を始める。そんな時、そこから50メートルほど離れた水銀灯の下に人が立っている事に気が付いた。


「ねえ、あれって人?」

「あ、ほんとだ。配信の途中で邪魔されたら嫌だし……先に声かけておこうかな」

「う、嘘、やめなよ! 怖い人だったらどうするの!?」 

「え~でもさぁ……今日を逃すと、叔母さんがいない日がいつ来るか分からないから絶対やっておきたいんだよね……」


 ラミアちゃんの両親は外国で働いており、彼女は親戚の叔母さんの家にお世話になっているみたいだった。その叔母さんというのが、なかなかに厳しい人らしい。私とラミアちゃんが押し問答を繰り返しているとその謎の人物がゆっくりと近づいて来るのに気が付き、私の心拍数は徐々に上がっていく。私達のその人物の距離が10メートルを切った時、ようやくその人物がどんな姿をしているのか判明する。


 髪型、顔つきは普通というか、特徴の無い20代後半ぐらいの男。灰色のウインドブレーカーの上下という服装で、パンパンに中身が詰まった大きめの紙袋を持っている。その男は私たちの目の前まで来ると光の灯ってない目を向け、抑揚のない声で話しかけて来た。


「こんばんわ」

「こんばんわ~」ラミアちゃんは笑顔で挨拶を返す。

「きみたちにおねがいがあるんだけど」

「何でしょう?」

「かのじょのためにおにんぎょうをつくらないといけないんだけど、わたがたりないんだ」

「人形? 綿?」

「きみたちのわたちょうだい」


 男が手に持っていた紙袋を手放す。どさりと音を立てて紙袋が倒れると、中からたくさんのぬいぐるみと、包丁が一本出て来た。それらは全てお腹が裂かれて、中の綿が飛び出している状態だった。


「わたちょうだい」

「え、えっと……」

「ちょっと待ってくださいね~」


 ラミアちゃんは男に笑顔を向けたままで、手を探ってベンチの上の何かを掴もうとしている。何を探しているのか気が付いた私は、男に気づかれないようを渡してあげた。


「走るよ!」


 ラミアちゃんはコンビニのビニール袋を掴んだ瞬間、中身のお菓子やペットボトルを男にぶちまけつつそう大声で叫んだ。私たちは弾けるように走り出す。


 何処を目指すわけでもなく、とにかく男から離れる為に走り続けた。しかし、いくら走っても後ろから聞こえてくる不気味な息遣いが途絶える事は無かった。




 ※※※




 一体どれだけ走り続けたのだろう。

 無我夢中で走り続けた私たちは、知らず知らずのうちに町はずれにある小さな廃工場まで来てしまっていた。いや、もしかしたらあの男に誘導されていたのかもしれない。辺りに民家や隠れられそうな場所はないので、廃工場の事務室の中にある机の下に2人で身を潜めることにした。


「……これからどうしようか?」


 私は小声で尋ねる。しかしラミアちゃんは私の問いに答えてくれなかった。「ハッ……ハッ……」と苦しそうな息遣いをしていたかと思えば、急に「ヒッ……ヒヒヒッ」と不気味な笑い声をあげたりもする。いつもは気丈というかあっけらかんとしている彼女がここまで追いつめられるなんて、とても信じられない光景だった。



 ふいに、足音が聞こえて来た。

 私はラミアちゃんの口を手で塞ぎ、息を殺す。

 

 次の瞬間「おい」という女の子の声が聞こえたので、私は恐る恐る机の下から顔を覗かせる。そこには、派手なピンク色のジャージを着た人物が立っていた。


「…………亜紗野あさのさん!? え、何で、どうして!?」

「小腹が空いて何か食べようと思って出歩いてたらこっちの方へ走っていくお前らの姿を見かけてな。何やってんだ? こんな時間にこんな所で」



 レヴィ・亜紗野。


 同じクラスの女の子で、綺麗な白髪のソバージュボブと健康的な日焼け、中学生とは思えないグラマラスな体型をしており、八角橋中学の中で密かな人気を誇っている。一方で不思議な一面も持っており、いつもチュッパチャップスのコーラ味を口に咥えていたり、文庫本くらいの大きさのを常に持ち歩いていたりしていた。ラミアちゃんに負けず劣らずなキャラをしているのだが、彼女は大半の時間を寝て過ごしているので外見に反してかなり目立たない存在だった。


 私の話を聞いた亜紗野さんは、特に怖がる様子もなく「わかった」と言い放つ。



「アタシが辺りを確認してくるから、とりあえずお前らはそこで大人しくしてろ」

「ま、まって! 私たちも連れてってよ!」

「3人で行動してたらすぐに見つかっちまうだろう。移動するのは安全を確認してからだ」

「それだと亜紗野さんが一番危険な目に」

「アタシは大丈夫」


 そう言って亜紗野さんは行ってしまった。「大丈夫」の部分の説明が特に無かったのだけど、何故だかとても心強かった。



「良かったね……ラミアちゃん大丈夫?」

「ヒッヒッヒッヒッ…………ヒッ、ヒヒッ」

「大丈夫、大丈夫だから」


 そう言って私はラミアちゃんの手を強く握ってあげた。すると、彼女は苦しそうに私の名前を呼ぶ。


「ユッ……リ……ユ……」

「大丈夫!? 私はここにいるよ!」

「ユ……ユ……リッ……しえ……て」

「何? 何かして欲しいことあるの?」

「し……えて…………お……し……」

「し……えて……? お……もしかして、『おしえて?』」


 そう問うと、彼女はがくがくと激しく縦に頭を振った。


「いいよ、何を教えて欲しいの?」

「し……えて……し……ろも……いえ……お……しえ……」


 私は聞こえて来た言葉を一文字づつゆっくりと繰り返した。


「し、ろ、も、り、い、え、お、し、え、て……?」


 白森、家、教えて?


 私のその言葉を聞いた瞬間、ラミアちゃんはと不気味な笑みを浮かべたと思うと、机の下から飛び出した。


「おしえておしえておしえておしえて! しろもりいえおしえて! ろてえおしえしりもい! てしえりろしもいおえ!」


 シンバルを打ち鳴らすサルの人形のように両手を叩きつけながら、ラミアちゃんは大声をあげ続ける。どうしてラミアちゃんはイツキ君の家を知りたがっているの? その姿は、公園で見た男よりも恐ろしく感じる。


 そして。そんな彼女の背後に、包丁を持ったその男が立っていた。




 ※※※




 両手を叩きつけゲラゲラと笑っているラミアちゃんには全く興味を示さず、男は私を見続けていた。その男は一見すると『普通』の男の人なのだが、不気味な黒い目と手に持った包丁が異様さを醸し出している。


「わたちょうだい。わたちょうだい」


 包丁を持った男に、私はじりじりと部屋の隅へと追いやられる。

 そんな時、「おい」という女の子の声が聞こえた。



 男は振り向いた瞬間、亜紗野さんのハイキックが顔面に直撃しふっ飛ばさた。その後、男はピクリとも動かなくなる。


「ゆはたののだもしわり!」


 それを見たラミアちゃんが意味不明な言葉を吐きつつ獣の様に襲い掛かったのだが、亜紗野さんは手に持っていた黒い本で勢いよく彼女の頭を叩いた。「スパァン!」とハリセンで叩かれた時の様な派手な音がしたかと思うと、ラミアちゃんは床に倒れ込む。



「よし、終わったな」

「え、あの……」

「後始末はアタシがやるからさ、先に帰れよ」

「そういうわけにはいかないわ。ねえ、何が起こったの? 亜紗野さんは何か知っているの?」


 亜紗野さんはジトっとした目つきで私を見る。「はぁ」と短く溜息をついて、頭を掻きながら面倒くさそうに立ち上がった。



「……まあ、簡単に説明するとだ。この男は女をとられて自暴自棄になっていた所に悪いモノに憑かれたっていう典型的なパターンの奴だな」

「悪いモノ?」

「所謂悪魔憑きって奴だよ。んで、次。こいつ、えーと、田中だっけ?」

「全然違う! ラミア、神宮寺ラミアよ。クラスメイトでしょ?」

「ああ、そっか……えーと、こいつはな。鹿島おまえが白森に奪われると思っていたんだよ」

「…………え、何て? 白森君が私を?」

「こいつがクラスで浮いていた時お前は話しかけてやってただろ? だから、懐いた。だけどお前と白森は昔からの知り合いで仲が良かった。だから、奪われたくなかったんだよ」

「ちょっと待ってよ! 確かにラミアちゃんと最近仲良くなれたけど、そんな奪うとか奪われるなんて思われる程……」

「それほど嬉しかったんだろうな、神宮寺は」

「………………」


「つまりこういうことだ。今日お前らが夜遊びをしている時、偶然にもこの悪魔憑きの男に出会ってしまった。で、その男の感情とシンクロして、神宮寺にも悪魔憑きの症状が出てしまった。なんでその男と神宮寺はシンクロしてしまったのかはわかるか?」

「…………同じ『嫉妬』っていう感情を抱いていたから?」

「そうだ。で、悪魔憑きの男は女をとった男と去っていた女を殺す為に徘徊していた。悪魔憑きの神宮寺は自分から鹿島を奪おうとする白森を殺そうとした。ってわけだよ」

「え、でも私達はその男と関係ないのに襲われたんだけど?」

「無差別に襲っているのは多分、悪魔憑きの浸食状況がかなり進んでいるからだろう」

「そうなんだ……あっ、ラミアちゃんは大丈夫なの!?」

「じきに目を覚ますだろ」

「そうじゃなくて、いや、それも大事なんだけど。さっきはイツキ君を殺そうとしていたんでしょ? またそういう気持ちになったりしないのかなって……」

「殺意を抱いたのは悪魔憑きの影響だ、再び憑かれない限り大丈夫……もういいだろ? さっさと帰れよ」

「まだよ、まだ聞きたい事がたくさんあるわ。今まであなたとろくに話した事が無いのに、どうして私とイツキ君との関係を知っていたの? あなたは悪魔祓いの力を持っているの? あなたは、何者なの?」



 レヴィ亜紗野は質問に答えることは無く、ユリに近づくと持っていた黒い本でポンと、軽く頭を叩く。  

 その瞬間、僕は夢から覚めた。



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