深夜の狂気

1

 僕は今、焦っていた。


 数日前に悪魔の様な性格をした謎の女性、米莉アルと出会ったことがきっかけで自分には霊感体質が備わっている事を思い出した。


 この体質のおかげで、学生時代の僕は怪異を引き寄せ色んな怪現象(詳しい内容は思い出せないのだが)に見舞われていたのだ。こういった体験はホラー小説のネタにするのにもってこいである。先日、消えていく記憶の中から唯一記録を残すことが出来た心霊現象を元にしたプロットは担当編集者の神林さんから好評で、「この調子で頼むよ」という言葉に対して僕は「任せて下さい!」と力強く返事をした。いや、返事をしてしまったのだ。


 それからというもの、僕の周りで心霊現象は一向に起きてくれず、既に2週間が経過していた。怪異の存在は認識できるので力は戻っているのだが、以前の様に怪異の方からこちらにちょっかいを掛けてくれない。昔なら、少なくとも週に1、2回くらいのペースで起きていたような気がするのだけれども……

 

 というわけで、あんな大口を叩いたにもかかわらずプロット作りは一切進んでおらず、僕は焦っているというわけだ。



 この状況を打破すべく僕が取った行動は、米莉さんの捜索である。彼女に話を聞けば、おそらくなんらかの手がかりが掴めるだろう。しかし、相変わらず電話は通じない状態だったし、神林さんをはじめ他の編集者さんも詳しい事は知らない様子だった。現状わかっている事は僕がお世話になっている出版社・八角書房にたまに顔を出すという事だけだったので、毎日その周辺を歩き回って捜索を続けている。


 小学生の頃からの友人である鹿島ユリと会ったのはそんな時だった。




 ※※※




「久しぶりだね。最後に会ったのっていつだっけ?」

「イツキ君の本が出版されてみんなでお祝いした時じゃない?」

「ああ、そうだった……ユリは今塾の先生をしているんだっけ?」

「うん、まだ研修中だけどね」


 喫茶店にて着いた席で、僕は正面にいる彼女をさりげなく眺めた。鹿島ユリは真面目で秀才、小学校から高校までの間で何度も学級委員長に選ばれていて、まさに漫画に出てくるような『委員長タイプ』の子である。大学を卒業した今でも纏っている雰囲気は変わっておらず、塾の先生は彼女にピッタリの職業だと思った。


「イツキ君は? 2冊目の本は出ないの?」

「いやあそれはまだ……今は、そう、準備期間でさ」

「ふぅん。準備ってどんな事をしているの?」

「色々だよ。ネタを集めたりとか、担当の編集者さんと話し合ったり……ああ、そうだ。ネタ集めとして色んな人に過去の心霊体験とかを聞いてるんだけどさ、そういうのないかな?」

「心霊体験…………ないかなぁ。私、霊感とか全然無いと思う」

「まあそうだよね」

「ごめんね、力になれなくて」

「いや、全然。こういうの体験した事無い人の方が圧倒的に多いわけだし」


 先日夢で見た、『ぐちゃぐちゃ』の怪異の時もユリは全く気が付いていなかったみたいだし期待はしていなかった。あれ、でも待てよ。あの時、怪異の本当の姿は見えていなかったけど、米莉さんだと思われるあの『謎の6年生』はみんな見ていたよな?


「一つ聞きたいんだけどさ」

「何かしら?」

「たしか小学5年生の時の事だったと思うんだけど……下校中に公園で話している時に、とあるおじさんに話しかけられたことを憶えてないかな?」

「とあるおじさん……?」

「ああ。僕とユリ、カズフミとツトムの4人で話している時に『アンケートに協力してくれませんか~』ってさ」

「えっとどうだろ……5年生の時かぁ。ちょっとすぐには思い出せないかも。それは何か重要な事なの?」

「いや、全然。っていうかおじさんはどうでもよくて。一番思い出して欲しいのはその時に僕らを注意してきた6年生の事なんだ」

「注意? 6年生?」

「うん、僕らの小学校は6年生になると先生と一緒に放課後パトロールをやってたの憶えてない?」

「ああ、それは憶えてる! 懐かしいわ、家に戻らないまま遊んでいる子って結構多いのね……」


 あのパトロール活動は『委員長タイプ』のユリに合っていたようで、彼女は6年生になるといつも熱心に取り組んでいた。そのせいで下級生はユリの事を魔女とか魔王と呼んで怖がっていたのを思い出し、僕は苦笑する。


「何? 私、何かおかしい事言った?」

「い、いや! それで聞きたいのはさ、その時の6年生の事を憶えているかなって」

「どんな人?」

「髪はもじゃもじゃで、前髪で目が隠れていて、魔女みたいな黒いワンピースで、図鑑くらいの大きさの真っ黒い本を持っていて……」

「えぇ? そんな特徴的な人なら当時6年生だった人に聞けばすぐわかるんじゃない? 確か、イツキ君のお兄さんって私たちの1コ上だよね?」

「もちろん聞いた。でも、そんな人同級生にいないってはっきり言われたんだよ」

「ふーん、ちょっとしたホラーじゃない。あ、わかった。それをネタに本を書きたいのね?」

「いや、このエピソードは担当さんに提出済み。もしこの怪しい人物の事を憶えていて、違う場面で目撃していたなら別の話を作れそうだと思って聞いたんだ」

「そっか、まあ怪しい人物だもんね。ホラー作品にはピッタリって感じで…………ホラー……黒い本……黒い本……?」


 ふと、ユリは何かを思い出すようにブツブツと呟きだす。


「どうかした?」

「今頭の中に、ふっと思い出しそうになった事があって……以前、黒い本をもった女の子に助けられたような……」

「え、ほんと!? その場面には僕はいる!?」

「どうだろう、はっきりとは思い出せないんだけど……何となく、一緒に居たのはイツキくんじゃなくてラミアちゃんだった気がする」

「ラミアって…………神宮寺か!」



 神宮寺ラミア。

 僕らが中学1年の時に転校してきた子だ。明るく自由奔放、いや、破天荒といっていいレベルで騒がしい子だった。決して悪い事をするわけでは無いのだけど、あまりの勢いに周りはついていけず、転校してきてからしばらくはクラスで浮き気味だった。そんな彼女に対しユリは持ち前の委員長っぷりを発揮して何かと世話を焼き、その甲斐あって1カ月程で神宮寺はクラスに溶け込むことが出来た……という過去がある。


「そうよ、憶えてる?」

「僕はあんまり仲良くなかったけど……今でも神宮寺と会ったりしてるのかい?」

「ええ、よく遊ぶわ。それで、思い浮かんだ内容なんだけど……私とラミアちゃんが襲われてて……いや、追われているって感じかな。その時、黒い本を持った女の子に助けて貰ったようなイメージがふっと頭に浮かんだの」

「他には? 何か思い出せることある?」

「うーん…………駄目ね、これ以上は何も。後で思い出した事があれば連絡するわ。あ、そうだ! ラミアちゃんにも聞いてみない?」

「うん、それはいいね。僕は神宮寺の連絡先を知らないからお願いしてもいいかな」

「任せて。日程を合わせて、またこうやってお茶でもしましょう」



 それから僕らは30分程雑談した後、昼からの出勤予定だったユリは職場へ向かい、僕は米莉アルの捜索を続けた。結局その日も彼女は見つからなかったのだが、次に繋がりそうな手がかりを見つけることが出来て少しホッとする。 



 そしてその夜、僕は不思議な夢を見た。

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