ぐちゃぐちゃ
1
僕は大学四年の頃、『レメゲトン』というオカルト雑誌で開かれていた小説のコンテストに応募をした。結果は特別賞。賞金は1円も無かったのだが、『担当の編集者さん』という賞品を頂いた僕は本を出版し小説家デビューを果たした。
の、だけれども。デビューから1年経った今も2冊目は出ていない。早くもスランプに陥ってしまったのか、いくらプロットを作ってみても『これだ』と思う物が出来上がらない。当然そんな調子ではゴーサインが出る筈もなく、今日も担当の神林さんとあれこれ話し合いを続けている。
そんな時、1人の女性が声を掛けて来た。
「やあ、久しぶりだね。神林クン」
「米莉さん! お久しぶりです」
「そこの彼は?」
「白森イツキ先生ですよ。ほら、『まだら紐の男』でデビューした……」
「ああ、あの作品ね」
神林さんと親しげに話しているその女性は、腰のあたりまで伸ばしたぼさぼさの黒髪に魔女が着ているような真っ黒いワンピース、手には真っ黒い図鑑程の大きさの本を持っており、いかにも『怪しい』雰囲気を漂わせていた。
「白森センセ、こちらは校閲・校正の仕事をフリーで請け負っている米莉アルさんです。うちも何度かお世話になっているんですよ」
「ど、どうも。白森と申します」
米莉さんは僕の顔をジロジロと見つつ、短く「よろしく」と呟いた。と言っても、彼女の目は前髪で隠れているので実際にジロジロと見られていたのかは不明ではある。
「たしか、デビューした時の1冊きりで他に本は出していなかったと思うんだけど」
「そうですね」
「一つ聞くけど、君は今まで心霊現象に遭遇したことはあるのかい?」
「いえ、全く…………やっぱり、実際にそういう経験が無いとホラー作品を書くのは難しいんですかね?」
「いや、そんな経験が無くても才能のある人間は面白い物を書けるんじゃないかな。つまり、君には大した才能がないってことになるな」
初対面の人間に何て言い草だ。そんな嫌味を言う為に心霊現象に遭遇したことはあるか? なんてわざわざ聞いてきたのだろうか。
「そうだ、米莉さん。白森センセにもアドバイスをお願いしますよ!」
「アドバイス?」
「最近忙しいからなぁ。まあ、ちゃんとお金を払ってくれるんなら見てあげてもいいけど……じゃあ、はいこれ。詳しい事は神林クンに聞いてくれたまえ。ボクは用事があるから、またね」
米莉さんはそう言いながら持っていた黒い本のページを開いて、小さな紙を取り出し僕に渡して去っていった。その紙には、彼女の名前と携帯電話の番号と思われる11桁の数字が記載されている。
「あの、神林さん。今のアドバイス云々っていうのは?」
「えっとですね。僕達編集者や一部の作家先生たちの間で流れているとある噂があるんですよ。それは、『米莉アルに助言を貰った作品は成功する』というものなんですがね」
「成功というと?」
「本屋大賞とか『この〇〇がすごい!』っていうのがあるじゃないですか。それに受賞して、その後ドラマ化とか映画化……ってな具合ですかね」
「映像化って……成功どころか、大成功じゃないですか!」
「でしょう? でも、アドバイスを貰った人全員が成功しているってわけではないみたいなんですよ。大体4割くらいかなぁ」
「十分すごいですよ。いったいどんなアドバイスを貰っているんですかね?」
「いや、編集者としてもどんな方法を使ったのか気になるわけじゃないですか。だから、米莉さんからアドバイスを貰った先生方に話を聞いたことがあるんですけど、みんな揃って「よく憶えていない」って言って……不思議な話でしょう?」
「へぇ、口外しないよう止められているんですかね」
「そんな様子でもなかったような気がするんですが……まあ、白森センセも試しにお願いしてみては如何です? アドバイス1回につき20万円程とられるらしいんですが、上手くいった際のリターンは遥かに大きいですからね」
「確かに魅力的なお話ですけど……あの米莉さんって人、あまりいい性格してないですよね」
「ああ、それは気にしない方が良いですよ。あの人誰にでもあんな感じなんです。そんなんだからさっきの噂とは別に、『米莉アルは悪魔のような人間だ』なんて噂もあるくらいで」
「悪魔、ですか」
「まず、さっきみたいに人を見下して毒を吐いたりですね。最近はおとなしくなりましたけど、知り合った当初は私もボロカスに言われたもんですよ」
神林さんはへらへらと笑いつつそう言った。彼女の年齢はわからないけど30後半の神林さんよりは年下、おそらく僕と同じくらいの20代前半といった所だろう。そんな年下の娘にいいように言われて悔しくないのだろうか? 僕はさっきのやり取りで結構イラっとしたぞ。まあ、自分に文才が無いことは事実なので何も言い返せなかったわけだが。
「それと、お金にもうるさいですね。いや、うるさいと言うよりも貪欲っていうか、強欲というか」
「アドバイス1回につき20万とか言ってましたよね」
「それだけじゃなくてですね。過去にアドバイスを受けて成功した先生は米莉さんに頭が上がらないわけじゃないですか。だもんで、あの人はそういう先生の所に押しかけてはいつも贅沢をしているそうなんです」
「それは……羨ましいですね」
「先生方は米莉さんの力を信じています。元々才能がある人達なんですけど、あの成功体験をしてしまったらもう彼女との関係を断つことは出来ないでしょうね」
「そっか。じゃあ今でもアドバイス料だなんだって言ってお金を請求していると?」
「そうです。しかも、今は以前より相当お金を持っている筈だから20万円以上とられている可能性もあるわけですね」
「なるほど、それは確かに」
悪魔のような人間だな、と思った。
僕も米莉さんに力を借りれば富を得ることが出来るのだろうか?
しかし、才能の無い自分がその選択肢を選ぶという事は他の先生達以上に彼女の力に依存するというわけであり、おそらく死ぬまで搾り取られることになるだろう。
それに必ずしも成功するわけではないし、成功すると言ってもまずは本が売れなければいけないわけだから、彼女にお金を払った瞬間に富を得られるわけでは無いのだ。今の自分の財政状況だと20万円失うのは相当厳しい。連絡先は貰ったわけだけど、当分あの悪魔に会うことは無いだろうなと僕はぼんやりと思った。
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