第14話 召喚士ルイは提案する
誘拐騒動があった直後という事もあり、フェルはルイの護衛に並々ならぬ気合いを入れていた。
──誰であろうと、ルイ様にはこのフェルが指一本……いえ、毛先のほんの数ミリであろうとも触れさせません!!
彼女の鋭い眼光は、相手を射抜くように通行人達を次々に突き刺していく。
今ですら、偶然二人の側を通り過ぎようとしていた男が、フェルの美貌に釣られて目を向けた途端──
「ヒィッ!?」
このように、小さく悲鳴をあげてしまう程だった。
勿論、彼はごく普通の通行人に過ぎないのだが……フェルからしてみれば、視界に入る全ての人間がルイを狙う敵であってもおかしくないのだ。
ルイも彼女の視線が周囲の人々を過剰に威圧しているのは察しており、どうやって落ち着かせるべきか頭を悩ませていた。
「……あ、あの……」
「……っ、はい。何かご用でしょうか、ルイ様」
ルイが足を止めて呼び掛けると、フェルも警戒モードから従順なメイドモードに気持ちを切り替える。
彼女の雰囲気が和らいだのを見て、周囲の人々もひっそりと緊張の糸を解いていた。……やはり彼女をどうにかしなければ、これから二人で出掛けるだけで領民に迷惑を掛けてしまいそうだ。
「フェルさんは、その……僕の事を心配してくれてるんですよね?」
「ルイ様のメイドとして当然の事です。……先日の失態は、二度と繰り返しは致しません」
「でも……フェルさんがずっとピリピリしているから、街の人達が僕達を怖がっているみたいなんです」
「……それは……申し訳ございません。そこまでの影響を考慮しておりませんでした。けれども私は、貴方様をお護りしなければならない身……。護衛としての役割を果たさねばなりません」
「はい、それはちゃんと分かってます。だから考えてみたんです。フェルさんがずっと目を光らせていなくても、僕がフェルさんから離れ離れにならなくて済む方法……」
そう言いながら、ルイは思い切って──
「こ、こうすれば……大丈夫だと思いませんか……?」
フェルの白く滑らかな手を取って、自分の小さな手でそっと握ったのだ。
照れ臭そうに頬を薄っすらと染めるルイは、困ったような……けれども口元には微笑を浮かべており、その表情は結果としてフェルの心を激しく揺さぶった。
るるるるるる、ルイ様がっ!!!
自らのご意思で私の手を握ってこられた!!!????
こ、これは夢かしら……!? あの天使のように愛らしく儚い少年期特有のあどけなさの残る微笑みだけでも即死級の破壊力を誇るというのに、それだけでは飽き足らず、女性の手を取るという行為に対する恥じらいが見える……っ!!
散々悩んで勇気を出して私の手を握ってきたであろう事が、ルイ様のほんのりと潤んだサファイアの如く青い瞳と、薄っすらと紅潮した頬から窺えてしまう!!
私なんて所詮はただの完璧敏腕最強メイドなのだから、貴方様が一言命令すればどのような内容でも受け入れる覚悟はございます……!
けれどもっっ!! ルイ様は命令を出して私を諌めるのではなく、手を繋ぐという手段で私とルイ様を物理的に繋ぎ止めようとご提案なされた!!!!
もう……その提案が可愛すぎていじらしすぎて、フェルの心臓はもうドンドコドコドコと早鐘を打って、どうにかなってしまいそうです……っっ!!!!!
……と思いながらも、フェルはポーカーフェイスで──しかし、その白い肌を真っ赤にさせながら──ルイの握ってきた手を、優しく握り返す。
「……はい。こうしてルイ様と手を繋いでいれば、きっともう大丈夫ですね」
「えへへ……」
けれどもそのお陰で、フェルは過度な威嚇行為を止める事が出来た。
その手に感じる互いの熱を噛み締めながら、二人は再び歩き始めるのだった。
*
ジェイの家を訪ねると、そこにはジェイとその母が居た。
彼らはジェイの父ジェラルドが関わっていた事件について、身内として取り調べを受けた後だった。けれども家族は魔薬売買には無関係であると結論付けられ、家に返されていた。
ジェイの母は、息子がフラーテッド家のルイと交友関係がある事は知っていた。加えて夫が引き起こした誘拐事件の事もあり、いきなりその被害者が自宅にやって来た事に酷く動揺しているようだった。
「ジェイ……それから、ジェイのお母さん。急に家に押し掛けてしまってごめんなさい」
「そ、そんな……! 謝らなければならないのは、わたし達の方ですわ……!」
長年病気のせいで、ほとんど寝たきりだというジェイの母。
彼女はジェイに支えられながら椅子に座らせてもらい、ルイとフェルにも座るよう促した。ルイは素直に座ったが、フェルは壁際で彼女達の様子を窺う事にしたらしい。
ジェイはそのまま母親の隣に寄り添って、ずっと俯いている。
「ジェイとお母さん達は、僕に悪い事なんて何もしていません。ジェイは……僕を友達として、食事に誘ってくれたんです。……そうだよね、ジェイ?」
「…………そう、だけど……」
……やはりジェイは、今回の件で相当ショックを受けているようだ。
ルイ達がやって来てから、彼はこれまで一言も言葉を発していなかった。目を合わせたのだって、最初にジェイが玄関を開けてきた一度だけ。
元はと言えばジェイがルイを昼食に誘ったから起きた事件なのだ……と、ジェイは思っているのだろう。本当に悪いのはジェイではなく、彼の父……そして、彼にそうさせてしまった政治体制を敷いていたフラーテッド伯爵だ。
ルイはようやく声を出したジェイに、優しく語り掛ける。
「……僕、初めて友達の家に遊びに行ったんだ」
「…………」
「それにね、僕……ジェイの事は、今も友達だと思ってる」
「えっ……?」
思わず顔を上げてしまったジェイ。
「ようやく僕の方を見てくれたね」
「……っ、ルイ……お前、まだオレなんかの事を、トモダチだなんて……本当に言えるのかよ……?」
「言えるよ。だって……ジェイがお母さんの為にお金が必要だったって事、こうして二人の姿を見てれば分かるもん! お金の為だけに僕と一緒に居たんだとしたら、ジェイがそんな顔してるはずがないでしょ?」
「でも! でもさ、オレが父ちゃんに言われて昼飯に誘ったせいで、もしかしたらお前も……お前んとこのメイドだってどうなってたか分かんなかったんだぞ!? それなのにお前は──」
「……本当に悪いと思ってるのなら、僕の提案を呑んでほしい」
「提案……? お、おう! オレの事はどうしてくれてもいい。だけど、母ちゃんだけは許してくれ! 母ちゃんは何も悪くねえんだ!!」
本当はジェイだって利用されただけなのに……お母さんを護る為なら、何でもするつもりなんだね。
「……まず、ジェイにはお母さんと離れて暮らしてもらう事になるよ。これは絶対だ」
「……っ、でも、母ちゃんは病気で……オレが母ちゃんの面倒を見てやらないと……!」
「離れて暮らすんだよ、ジェイ」
ルイの言葉に、ジェイは奥歯をグッと噛み締める。
「……ジェイのお母さんには、この街から離れた所にある大きな病院に入院してもらう。だから、ジェイとはしばらく一緒に暮らせなくなるよ」
「えっ……病院……?」
けれども続けられた彼の発言に、ジェイは大きく目を見開いた。
「だけど、タダで入院させる訳にはいかない。いくらジェイが僕の友達だからって、伯爵家の人間として一個人を特別扱いしちゃいけないからね」
「で、でもルイ……オレん家はそんな病院に母ちゃんを入れてやるだけのお金なんて無いぞ……?」
「無いなら働けば良いんだよ! ……知ってる? 僕ら来年で十二歳になるでしょ? そうしたら僕は、来年から王都の学校に入学出来る年齢になるんだ。僕の兄様も行ってた学校なんだけど……そこには身の回りの世話をする従者を連れて行けるんだ。それも二人まで!」
すると、今度はずっと黙っていたフェルが口を開く。
「私の手にかかれば、貴方のような平凡な子供でも、半年もあればそこいらの貴族に仕える執事並みにまでは引き上げられます。……勿論、貴方に私のレッスンを受ける覚悟があればの話ですがね?」
「……という訳で、ジェイが僕の従者として働いてくれるなら、お給料も出すしジェイの部屋も屋敷に用意するよ。そのお給料の一部は、お母さんの入院費に充ててもらえば大丈夫でしょ?」
そう言いながら、ルイは視線でフェルに指示を出した。
フェルは懐から一枚の用紙を取り出すと、それをテーブルの上にペンとインクと共に並べる。
「そこに名前を書いてもらえれば、今日からでもジェイはうちの従者見習いとして働けるようになるよ」
「ルイ様のご提案は、悪い話ではないでしょう? ジェイの母君、その契約書はお読みになれますか?」
「え、ええ……」
「それでは内容をご確認頂いて、最終的な判断をお出し下さい。……これは、ルイ様がご友人に出来る最大限の配慮です。そして、最後の手段でもある……。よく考えて下さいね」
フェルに念を押されて、ジェイとその母は互いに顔を見合わせた。
それから母は契約書を手に取り、何度も内容を確認し……ジェイに問うた。
「ジェイ……あなたはどうしたいの?」
「オレ……オレは……母ちゃんの病気が良くなるなら、何だってするよ! それに、ルイだって父ちゃんのせいであんな事件に巻き込まれて……下手したら、し、死んでたかもしれないのに……!」
ジェイは声を震わせながら、気付けばポロポロと涙を零していた。
「父ちゃんだけじゃない……オレだって、ずっとルイに酷い事してたんだっ……! なのに、それなのにルイはっ、こんなオレを今でもトモダチだって言ってくれた……!! オレ、ルイの為にも頑張らなきゃならないんだ! オレなんかを信じてくれるアイツの為に、今度はオレがルイの為に何かをしなきゃ気が済まないんだよ……!!」
大声をあげて泣き出したジェイの身体を、母は静かに抱き締めた。
母親の前で正直な気持ちを打ち明けた少年に対して、フェルは意外に感じていた。初対面の印象が最悪だったのもあるが、ジェイがこんなにも素直に反省をする子供だと信じていなかったからだ。
けれどもルイは、そんなジェイをずっと信じていた。だからこそルイは伯爵を説得し、ジェイを雇う話を取り付けたのだから。
──昔の私も、こうして救われたのですね……ルイカディーア様……。
それからジェイは、自分で字を書いて契約書に署名していた。
ルイもフェルも彼が文字を書ける事に驚いていたが、ジェイは寝たきりだった母親の世話をしながら、彼女から読み書きを教わっていたらしい。
彼女も病に倒れる前は働いていたので、文字の読み書きは出来ていたという。ジェイも母の体調がもう少し良くなれば働きに出るつもりでいたようで、その為にも字を勉強していたそうだった。
「……よし、書けたぞ」
「うん、これは僕が預かっておくね。……実はもうジェイの部屋を用意してあるんだけど、いつから来る? お母さんの入院の方も、明日には迎えの人が来るようにフェルさんに手配してもらってあるんだけど……」
ルイがそう言うと、ジェイは泣き腫らして真っ赤になった目を母親の方に向けた。
「……それなら、今夜は母ちゃんと一緒に居るよ。遠いとこの病院に行くんなら、しばらく会えなくなるんだろ?」
「……そうだね。それじゃあ明日のお昼頃、迎えの人が来るはずだから……その時にまた見送りに来るよ」
「ああ……。その……色々とごめんな、ルイ」
「ううん……そういう時は、ありがとうって言ってほしいな。だって僕達……友達、でしょ?」
「……ああ、たった一人の……大切な『友達』だ!」
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