第13話 召喚士ルイは打ち明けられる
初めて父に褒められたその夜、ルイはフワフワとした心地でベッドに潜り込んでいた。
ルイ自身は元気になったと思っていても、実際には万全な状態に戻った訳ではない。なのでフェルに「まだお休み下さい」と言われ、執務室から戻ってすぐに、ベッドに戻されたのだった。
「さあ、ルイ様。明日はあの子豚……いえ、ジェイに会われるのでしょう? それに備えて、今夜は早めに身体を休めて下さいませ」
「はい、そうします」
「先程お目覚めになられてから何も口にされていませんが、何か必要なものはございませんか? 喉が乾いているようでしたら、温かいお飲み物でもご用意致しますよ」
「それじゃあ……この前出してもらった、あのお茶がまた飲みたいです」
「かしこまりました」
少々お待ち下さい、と言って速やかに退室したフェル。
それからすぐに飲み物の準備を終えた彼女は、ティーセットの一式を乗せたワゴンを押して戻って来た。
何だか、フェルが戻って来るまでの時間が妙に長く感じてしまう。フェルの仕事が遅いなんて事はないのに、一人で居るのが不安というか……ずっとソワソワしてしまうのだ。
「あっ……お帰りなさい、フェルさん」
「お待たせ致しました、ルイ様」
微笑を浮かべてこちらを見る、フェルの紅い瞳。彼女の眼を見ていると、自然と安心してしまう自分が居た。
前世から彼女と接点があったからだろうか?
ルイの中で、フェルが側に居るのが当たり前であるのだと──この家に仕えている他のメイド達が給仕をするよりも、ずっとずっと落ち着ける相手だと思えるのだ。
ティーポットの中は、あらかじめ蒸らしておいたハーブや花が抽出された液体で満たされていた。以前にも嗅いだレモンのような香りと共に、フェルがコポコポ……と、慣れた手付きでカップに茶を注いでいく。
するとフェルは、
「本日はこちらも用意してみたのですが、如何なさいますか?」
と言って、黄色く透き通った、トロリとした液体の入った瓶をルイに見せた。
「これって……蜂蜜、ですか?」
「はい。こちらの蜂蜜は、ラーベルの花の蜜を集めた蜜蜂から採れたラーベル蜂蜜にございます。ラーベルの花にはリラックス効果のある香りが含まれており、このハーブティーにもよく合う味なのですよ」
僕の事を気遣って選んでくれた蜂蜜、なんだよね……きっと。
フェルの気持ちを思うと、蜂蜜の効果以上に効き目がありそうな気がした。
「……そ、それじゃあ、今日は蜂蜜もお願いします」
「承知致しました」
そう言うとフェルは瓶の蓋を開けて、ティースプーンを用意する。
ルイはそっとベッドから起き上がりると、フェルがテーブルに用意してくれたスプーンを手に取った。瓶の中から蜂蜜を一さじすくって、それをハーブティーの中に混ぜていく。
元々このハーブティーは蜂蜜のような色をしていたから、見た目にはあまり変化が無い。しかし、ラーベルの花の深い香りが加わって、華やかさの中に奥深さのある匂いに昇華されていた。
ルイはカップを手に取り、ふぅふぅと息を吹きかける。
火傷をしないように注意しながら口に運ぶと、蜂蜜の優しい甘さと、レモン風味の爽やかな香りが鼻を抜けていく。それが喉を通っていき、身体の芯から温めてくれる。
「お味は如何ですか?」
「ラーベルの蜂蜜は初めてだったんですけど、こうしてお茶に入れても香りがよく分かるんですね。それに……ほんのり甘くなって、前よりも飲みやすくなった気がします」
「ハーブティーは癖のある風味の物もありますからね……。ルイ様が飲みやすく感じられるようでしたら、ご用意した甲斐がありました」
一気には飲み干せないので、少しずつ茶を飲んでいくルイ。
そんなルイの様子を、フェルは満足そうに眺めていた。
ルイはふとフェルに視線を向けて、口を開いた。
「……あの、フェルさん。フェルさんは、ジェイをこの屋敷で雇うのには反対でしたか? 父様に許可を貰ってからこんな話をするのも、ちょっと遅いと思いますけど……」
そう言われて、フェルの顔から先程までの笑みが消える。
「……そう、ですね。一目見た瞬間から、あの少年はルイ様にとって不利益となる者だと思いました。現にルイ様は、母君の形見の指輪を手放す事となってしまいましたから」
──やっぱりフェルさんは、ジェイのこと……。
フェルは、ルイがジェイに指輪を渡す場面も目撃していた。
ジェイとの関係をよく知らない父よりも、フェルから見たジェイの方が印象が良くないのは当然なのだ。
「……ですが、先程伯爵様に思いを打ち明けられたルイ様のお話を聞いて、私も考えを改めました」
「えっ……?」
「一度のあやまちで……いえ、あの子豚は私の知る限りでも一度ならず二度までもあやまちを繰り返しましたが、私もやり直す機会を与えられたその一人として、彼のこれからを見守っていこうと思えたのです」
「それって……フェルさんも昔、何か悪い事を……」
ルイがそこまで口に出すと、フェルは申し訳無さそうに俯いた。
「……私が魔族であるというのは、以前にもお話したと思います」
「はい。千年前から精霊王を……僕が生まれて来るのを待っていたんですよね」
「ええ。私はルイカディーア様に拾われる以前、【悪魔】に堕ちかけておりました。魔族が悪魔に堕ちるというのは、相当に残虐な行いを繰り返す事で起きる現象……。その最中に、私はルイカディーア様に諭され、ギリギリのところで踏み留まる事が出来たのです」
悪魔と魔族がどう違うのか、ルイにはよく分からない。
けれど、フェルがこうして打ち明けてくれたという事は、彼女にとって主に秘密にしていてはならない事実であったという事。
それだけの秘密を明かしてくれた彼女の信頼を、ルイは重く受け止めながら耳を傾ける。
「それからの日々、私は以前までの行いを悔い改め、ルイカディーア様に誠心誠意お仕えして参りました。私のような魔族をお側に置いて下さった主君からの信頼を、裏切るような事など出来ませんでした」
するとフェルは、寝室の大きな窓の方へと顔を向けた。
その視線の向こうは、貧民街──ジェイの家がある方向だ。
「……私がこうしてやり直せたのです。同じように貴方様に手を差し伸べられたジェイにも、同様の機会が与えられてしかるべきでしょう」
「……そうですね。きっとジェイなら、お母さんの為に頑張ってくれると思います」
*
その夜、ルイはいつもより深い眠りに就いた。
寝室はレモンと蜂蜜の香りが漂い、目覚めはかなりスッキリとしていた。
「フェルさん、ジェイの家までの護衛よろしくお願いします!」
「このフェルに全てお任せ下さい。例え指名手配の凶悪犯が現れようとも、ルイ様には指一本触れさせません」
そうして二人は、誘拐騒動から一夜明けたテシアの街へ繰り出していくのであった。
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