第12話 召喚士ルイは申し出る

 昨日も訪れた、ルイの父である伯爵の執務室。


 昨日はフェルさんの解雇をお願いしに行ったけど、今日は違う……!


 ルイの背後には、心配そうにこちらを見詰めているフェルが控えている。


 あの時は僕一人だったから、父様の前で萎縮して、まともに話も出来なかった。でも、僕には今フェルさんが居てくれている。二人が一緒なら、きっと……!


 ルイは勇気を振り絞り、執務室のドアをノックした。


「……お仕事中に失礼します、父様。ルイです」


 少しして、中から「入れ」と返答があった。

 ルイは一瞬フェルの方に振り返り、彼女に目配せをしてから前に向き直る。

 執務室の中では、父のルーファスが机の上の書類を片付けていた。


「……どうかしたのか、ルイ。体調はもう良いのかね?」

「あ……はい。ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした」


 すると伯爵は、ルイと共にやって来たフェルへと目を向ける。


「……またフェルを解雇しろ、とでも言いに来たのか? 彼女は悪漢に誘拐されたお前を救ったうえに、意識の無いお前を連れ帰ってくれた有能なメイドだ。ルイ、お前は彼女のどこに不満が──」

「そっ、その件は忘れて下さい!!」

「……お前がそんな大声を出すとは、珍しい事もあるものだな」

「あっ……」


 伯爵に言われて、ルイは自分自身の反応に驚いた。


 ──確かに父様の言う通り、家族の前でこんなに大きな声を出したの、久し振りだった……かも。


 それも、フェルの解雇に対する反応だったのだ。

 いつの間にやら、ルイの中でフェルへの執着心が生まれていたらしい。

 それが無性に照れ臭くて、頬がカァっと熱くなる。


「え、えっと……その……! と、父様には、別件でお話があるんです!」

「別件? ……悪いが、私は今回の事件の事後処理に忙しいのだ。お前のわがままに構っている余裕は無──」

「その! 今回の、事件についての……お話、なんです……」


 このままでは話を聞いてもらえない──と、必死で声を上げたルイだったが、よくよく考えれば父の言葉を遮るなど失礼極まりない。

 途中でそれに気付いてしまったルイの声は、みるみるうちに普段のか細い声へと戻ってしまった。


 ルーファス伯爵は、しばらく無言だった。

 こんな風に振る舞う息子の変化に、伯爵は顔をしかめ……それからこう告げた。


「……いいだろう。言ってみなさい、ルイ」




 *




 ルイが何を考えているのか、フェルにはよく分からない。


 寝室を飛び出したルイを追いかけ、流れで執務室までついて来てしまったフェルは、悩んでいた。


 どうしてルイは、ジェイを許そうとするのだろう。

 ジェイもその父親も、放っておけばろくでもない事をしでかす悪人だ。罪人なのだ。

 現にルイは親子それぞれに苦しめられた張本人であり、本来なら彼らを罰するよう望むべき立場にあるはずだ。


 それなのに……ルイ様、貴方は甘過ぎます……!


 例え、自分を解雇する話を白紙に戻そうとして、必死に声を張り上げる姿に感動して涙が込み上げていたとしても……それと今回の件は、全く別なのである。


「……いいだろう。言ってみなさい、ルイ」


 そう問い掛けられた主の小さな背中を、フェルは黙して見守っている。

 そして遂に、ルイの口から真意が語られ始めた。


「……魔薬取引をしていた、リーダーの……その家族の扱いについて、相談があります」

「何だと……?」


 流石に伯爵も予想していなかった内容に、ルーファスは表情を険しくさせた。

 父の顔の変化を見て、ルイの肩がビクリと跳ねる。けれどもルイは、緊張で呼吸を荒くさせながらも、どうにか次の言葉を発していく。


「あの、ですね……。そのリーダーの、家族……この後、父様はどのようになさるつもりなのか、教えて下さい」

「それをお前に教えたとして、私に何の得がある?」

「……っ、それは……」


 端的な父からの返答に、上手く反応出来ないルイ。

 しかし──


「……それはっ、その家族が……息子のジェイが、僕の友達だからです……!」


 今日のルイは一味違った。

 いつもなら、父に問い詰められればそこで引っ込んでしまうのがルイだった。

 だが今、ルイは明確な意思をもって父に対峙しているのだ。


「ジェイには、重い病気のお母さんが居るんです。ジェイのお父さんが捕まったままだと、ジェイのお母さんは薬が買えなくなって、きっとそのまま……。だ、だからっ……」

「それが、私に何の関係がある?」

「…………っ!」


 親子の問答は、つい先程ルイとフェルがしたやり取りと同様だった。

 その事実を改めて突き付けられたルイ。


 ──やはり、結果は変わるはずがありません。ルイ様には申し訳無いですが……。


 静かに目を伏せ、このままルイが諦めるのを待つフェル。


 だが、ルイの瞳からは未だに輝きは失われていなかった。


「……これは、父様にも関係のあるお話です」

「何……?」

「ジェイの家は貧しくて、薬を買うのも大変で……。だからジェイのお父さんも、魔薬なんて危険な物の取引でお金を稼ぐしかなかったんだと思います。でも、僕はそれを無理やり正当化しようとしているわけじゃありません!」

「ルイ、様……」


 戸惑うフェルと、真っ直ぐに息子を見詰める伯爵。

 ルイは今にも泣き出しそうな震えた声で、それでも精一杯に思いを叫ぶ。


「貧民街では魔薬中毒の人が増えていると、フェルさんに聞きました! きっとその人達だって、好きでそんな物に頼りたいわけじゃないはずです!」

「…………」

「う、上手く言えるか分からないですけど……。この町に貧しい人が大勢居るのは、この町の政治の……領主の責任だと、思うんです。確かにあの人達は悪い事に手を染めてしまっているけれど、だからといって、その人達全員を見捨てていいとは思えないんです……!」


 伯爵は何も言い返せなかった。

 貧困者が増えた責任。

 魔薬組織をすぐに捕らえられなかった責任。

 それらは、領主であるルーファスにも重くのし掛かるものであったからだ。


「法を破った人は罪を償わせて、同じようになってしまいそうな人には手を差し伸べる……。それが領主の──フラーテッド伯爵家の務めではないんですか、父様っ!!」

「ルイ……お前は、そこまで……」


 小さく呟きを漏らした伯爵の声を、フェルの耳は聞き逃さなかった。

 ルイがこの屋敷で煙たがられているのは、この数日でフェルにも察する事が出来る程のものだった。

 ルイの兄の一人、ルカからはそこまで嫌われてはいないようだったが……他のメイド達や、伯爵からの対応は冷たかったように見える。

 けれども今、伯爵からルイへと向けられる目には、別のものが込められているとフェルは感じた。


 すると、伯爵は改めてルイへと問い掛ける。


「……それがお前の思う、領主としての在り方だと言うのだな?」

「はい……。兄様達には遠く及びませんが、これが……僕なりに考えた、フラーテッド領を治める貴族として正しい在り方だと思います」


 ルイも伯爵も、互いに目を逸らさない。


「……お前の意見は、まだまだ未熟で甘過ぎる」

「…………」

「だが、お前のその愚直なひたむきさには驚かされたよ」

「えっ……?」


 想定していなかった父からの返答に、ルイは目を見開く。

 ルーファスは椅子から腰を上げ、ルイの方へと歩み寄る。


「いつまで経っても引っ込み思案な頼りない息子だと思っていたが……成長したな、ルイ」

「とう、さまっ……!」


 そう言って、ルーファスはルイの頭に手を伸ばし、ぽんぽんと頭を叩いた。


「さあルイ、改めてお前に問おう。……お前は、私に何を頼みたいのだ?」


 優秀な三人の兄達とは異なり、日陰で生きる日々を送っていたルイが、生まれて初めて父に褒められた瞬間だった。

 先程までとは違う意味から来る涙が溢れてくるルイを見て、フェルは思う。


 ──これは、私の自惚うぬぼれかもしれない。けれど……。


 もしかしたら、自分がルイと出会った事で、ルイの心に変化が起きたのではないか……?

 そう思わずにはいられない。


「ジェイを……彼を、うちで雇ってあげて下さい。そうしたらきっとジェイも……ジェイのお母さんも、助かると思うから……。責任は僕が取ります。だからどうか……お願いします、父様……!」

「……良いだろう」

「あっ、ありがとうございます! 父様っ……!」


 無事に申し出が受け入れられたルイは、晴れやかな笑顔で背後のフェルに振り返った。





 そして最後に、


「私も……伯爵としての責任を負わなくてはな」


 伯爵がそう言葉を漏らしたのを、フェルは今度も聞き逃さなかった。

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