第10話 召喚士ルイは切り替わる

 ルイが階段を駆け上がった先には、六人の男と一人のメイドが居た。男の内の一人は床に転がっている。見たところ、フェルが蹴ったか、魔法で吹き飛ばすかしたのだろう。

 それでもまだ戦力を削ぐには至らず、フェルは壁を背に男達に対峙していた。

 すると、ルイの呼び声に気付いたフェルがハッと目を見開く。


「ルイ、様……!?」

「何だとっ!?」


 ルイの方を見たのは、フェルだけではない。

 男達の中で誰よりも早く反応した、見覚えのある男──ジェイの父・ジェラルドも同様だった。


「ルイ様っ、早くここからお逃げ下さい! この者達は私が足止め致しますから、早く‼︎」

「いいえ……逃げませんっ……!」


 フェルの悲鳴にもにた叫びに、ルイは力強く否定の言葉を返す。

 未だ激しい熱を持つルイの身体は、これまで経験した事のない魔力の高まりを見せていた。


 この力を活かすなら、今しかない。

 ジェラルドに騙され、あっけなく誘拐されてしまった自分を救おうと敵地に飛び込んだフェルに、今こそ恩を返す時なのだ──!


「誰にも必要とされない僕を、フェルさんは助けに来てくれました……。だから僕は、そんなあなたを置いて、自分だけ逃げ延びるなんて真似は出来ません……!」

「ルイ様……」

「てめえ……! 大人しく地下室で転がっときゃ良かったものを、ノコノコと顔を出しに来やがって!」


 悪魔のような形相でルイを睨み付けるジェラルド。

 ……明らかな敵意。やはりジェラルドは、初めからルイをここに連れ込む目的で、家に招待しようとしていたのだろう。

 その事実を察して、ルイは胸が痛んだ。


 ジェラルドが裏でこんな事をしている人物だという事を、ジェイとジェイの母は知っているのだろうか……?


 ……多分、知らないだろう。

 もしジェラルドがそんな人間だと知っていれば、領主の息子であるルイの耳にも届いているはずだ。仮にそうであるならば、父に「あの家の子供には近付くな」と告げられるからだ。

 それが無かったのだから、ジェラルドとこの男達は領主に隠れて人攫いをしていた事になる。……フラーテッド伯爵には勿論、自分の息子と妻にも隠し続けて、だ。

 ルイがそんな事を考えていると、ジェラルドは吠える。


「もういい……。ここまで来たら、無傷のままってワケにもいかねえ。女もろとも、身動き出来なくなるまで痛め付けてやらぁ!」

「やっちまえぇぇえ!!」

「うおぉぉぉぉっ!」


 それを合図に、男達はルイとフェルそれぞれへと襲い掛かった。転んでいた男も、怒りに歯を食い縛りながら立ち上がる。

 しかし、ルイの両手は縛られたまま。前から迫って来る男達からの攻撃をかわそうにも、背中には壁。横には階段。

 満足に動けない今のルイに、安全な逃げ道は無かった──


「させません!」

「ぬあっ!?」


 ──がしかし、即座にフェルの風魔法が吹き荒れる。

 ルイに迫ろうとしていた二人の男が、気流に呑まれて天井へと叩き付けられた。

 バシンッ! ゴンッ! という乾いた音と鈍い音とが連続したかと思えば、男達は重力に従って、ドサリと床へと落ちて来る。

 その間にフェルはルイの元へ駆け付け、隠し持っていたナイフでルイを拘束していた縄を切っていた。


「これで拘束は解けました。ルイ様、腕は痛みますか?」

「い、いえ……大丈夫、です」


 高熱でふらつくルイの身体を、すかさずフェルが片手で支える。そして彼女は、もう片方の手に持ったナイフの切っ先を男達に向けたまま、警戒を崩さない。


「クッソ、がぁ……!」

「このアマ、舐めたマネしてくれやがって……!」


 フェルに翻弄された男達は、彼女にコケにされた怒りに満ち溢れていた。天井や床にもろに打ち付けた頭や尻を撫でている。

 そうして男達は、寄り添うルイ達との距離を詰めていく。


「……ルイ様」


 小声で、フェルがルイの耳元で囁いた。


「あの下賤げせんの者達に何をされたのかは分かりませんが、どうやら酷く体調がお悪い様子……。ここは一度、この倉庫からの脱出を試みましょう」

「で、でも……大丈夫、なんでしょうか……?」


 フェルはこう言っているが、今ここで彼らを逃せば、この後どんな被害が起きるか分からない。

 ジェイの父がルイを誘拐した犯人だというのは、ルイとフェルが知っている。顔を見られた犯人とその仲間達が、いつまでもこのテシアの街に留まっているとは、到底思えなかったからだ。


「問題ございません。この者達の魔力は、私がしっかりと記憶しておりますので」


 それでもフェルは、すぐにルイをこの場から逃がそうと行動に出た。今は何よりも、ルイの安全を最優先に動きたかったが故である。

 フェルは主人を連れて階段を駆け下りるべく、ルイの小さな手を取った──その時だ。


「なっ……!?」


 繋いだ二人の掌を通じて、何か強大な力が膨張するのが分かった。

 その力はこの場の空気すらも振動させ、ジェラルド達にも得体の知れない力を感じ取らせていく。


「な……何が起こってやがる!」

「ルイ様、この力は……この魔力は……!」

「ものすごい、魔力がっ……フェルさんの手から、流れ込んでッ……! うっ……うわあああぁぁぁぁああぁぁッッッ!!」


 身体の奥から溢れ出る止めようのない膨大な魔力に、ルイは悲鳴にも近い叫びを上げる。




 次の瞬間──ルイの意識はぷつりと途切れ、『何者か』と入れ替わった。




「ルイ、様……?」


 ルイの身体が、あまりにも多い魔力の流れによって宙に浮いている。

 その様子の変化に、フェルは手を繋いだまま、呆然と少年の顔を見上げた。

 すると少年は、落ち着いた表情でフェルにこう告げる。


「……久しいな、フェル。この姿でお前と言葉を交わすのは、これが初めてだな」

「そ、その喋り方は……まさか、貴方様は──」


 驚愕と狂喜の入り混じるフェルの紅い瞳が、一際大きく見開かれ。

 それとほぼ同時に、ルイの身体を操る『何者か』が男達へと片腕を伸ばす。


「……さあ、始めよう。この少年の振り絞った勇気を称え、我が力の一端をここに解放する」


 詠唱によって、二人の目の前に複雑な魔法陣が浮かび上がっていく。


「なっ、何をする気だこのガキィ!」

「子供程度の魔法なんざ、屁でもねえぞ!?」


 男達は威勢良く吠える。

 けれども彼らは皆、本能で直感していた。


 これから何か、とんでもない事が起きるのではないか──と。


 そして、その予想は正しかった。


「精霊王ルイカディーアの名の下に、精霊郷せいれいきょうより我が臣下をここにぶ。我が命は地上全ての生命を護りし盾となり、我が臣下は我にあだなす者をほふる剣となりて、今一時の約定やくじょうをここに結ぼう」


 精霊の王を名乗ったその者は、魔法陣へとその膨大な力を注ぎ込んでいく。極上の魔力を取り込んでいく魔法陣は、脈打つ心臓のように光を明滅させていた。

 次第に少年の詠唱にも力が入り、同時に純白であった陣の光に色彩が生まれ始めていく。

 その色は、深い海の色を思わせる穏やかな青。


でよ! 水を司りし大精霊、ウディネール!!」


 すると、魔法陣は強い輝きを伴って、この世界とどこかを繋ぐ扉としての役割を果たす。


 鮮やかな青き光と共に現れたのは、群青色の長い髪をなびかせる麗しい女性。

 そのたたずまいは、人間のそれではない。

 穢れの無い圧倒的な魔力と、フェルに負けず劣らずの人間離れした美貌。そして何より、彼女には脚ではなく尾びれがあった。

 まさに人魚と呼ぶに相応しい、水の大精霊ウディネール。

 彼女は一瞬だけ背後のルイとフェルに視線を向け、懐かしそうに目を細める。


「千年振り……ですわね、わたくし達の王よ」


 再会の喜びを噛み締める、心からの嬉しさの滲む声だった。

 しかし彼女には、ここに喚び出された理由がある。


「ですが今は……王の敵を排除する事が最優先。ああ、か弱き人間達よ……わたくしの水に、とくと溺れなさい……?」

「なっ──」


 次の瞬間。

 男達はまともに言葉を発する事も出来ないまま、ウディネールの生み出した水球へと閉じ込められた。

 どれだけもがいても抜け出せない、水の檻。

 その中に封じられた彼らは呼吸を奪われ……間も無くして、意識を失った。


「……そこまでで良い。ご苦労だった、ウディネール」


 そのままにしていれば溺死する寸前というところで、少年──ルイの身体を操る精霊王からストップがかかる。


「はぁい、これで終わりですわね?」


 それを合図に、ウディネールは水球を消した。

 男達は残らず意識不明である為、全員どさりと床に倒れ伏している。

 けれどもウディネールの水は彼らが飲んでしまった分も霧散したので、しばらく放置しておけばじきに意識を取り戻すだろう。

 どこから取り出したのか、フェルはすかさず男達を縄で捕縛していた。それを横目で見ながら、ウディネールは久々の再会に笑顔を浮かべ、ルイカディーアに語り掛ける。


「ルイカディーア様、ようやくお会い出来ましたわね。いつの日かまたこうしてお顔を拝見出来ると信じておりましたが……まさか、人間の少年に生まれ変わっていらっしゃるとは思いませんでしたわ」


 それに、随分と愛らしい……と、ウディネールが小さく呟いた直後。


「どうやら……今回は、これが限度のよう、だな……」

「……っ、ルイカディーア様!」


 途切れ途切れに言葉を発していた少年の体が、前のめりに倒れ込む。

 その寸前で、咄嗟にフェルが抱き留めた。少なくとも、どこか怪我を負っている様子は見られない。


「ルイカディーア様、如何なされました!?」

「顔色が悪いですわね……」


 心配そうに顔を覗き込んでくる二人に、ルイカディーアは苦笑交じりに言葉を返す。


「この少年……ルイの魂と、私の魂とが反発しているようだ……。私の生まれ変わりの姿だからといって、人格の部分までは馴染んではいないらしい……」

「魂の反発……ですか」

「ああ……。私の意識が、表に出た反動……だろう。またしばらくは、私も大人しくしていよう……」


 それに加えて、ルイの精神的負担も重なっていた。

 急激な魔力成長による影響と、ルイカディーアの人格が浮上したのが響いているのだろうと、精霊王は語る。


「……ルイがもし、今よりも強さ得る事を望むのなら……私は、それに応えよう──」




 ──何故なら私には、ルイの召喚士としての素質を開花させる義務があるのだから。

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