第7話 召喚士ルイは振る舞われる

 ジェイの父ジェラルドは、ルイに出来る限りの美味しい手料理を振る舞ってくれた。

 高級な食材を使った訳ではない。けれども、心のこもった家庭の味だと感じられた。

 ルイとジェイ、そしてジェラルドが囲むテーブル。しかし、本来であればここに座るべきだった人物が、ここには居ない。

 食後のお茶に口を付けながら、ルイはふと上を見上げた。


「あの、さ。……ジェイのお母さん、病気になって長いの?」


 この家の二階では、ジェイの母が寝たきりで生活している。

 父親の前だからなのか、明るく振る舞うジェイ。しかし母の話を振られて、少し表情が曇った。


「ああ……母ちゃんは、もう何年も外に出られてないんだ」


 続いて、ジェラルドが口を開く。


「ジェイが五歳になった頃に、急に病で倒れてね……。それからは薬でどうにかしてきているけど、その薬を買うのも……ちょっと大変でね」


 そのせいで、ジェイにはずっと寂しい思いをさせてしまっているだろう……と、ジェラルドは目を伏せて告げた。

 だがジェラルドは、ふと顔を上げてルイの目を見る。彼の口元には、僅かながらに笑みが浮かんでいた。


「だけど、君がジェイの友人で助かったよ」

「それは……」

「ルイ君がくれたあの指輪……。あれを本当に貰っても良いのなら、妻をもっと良い医者に診せてやれるかもしれないんだ。そうしたら、きっと彼女の病気も……」

「あ……」


 ジェラルドはそう言って、懐に入れていた小袋の中から、形見の指輪を取り出して見せた。

 ……少し胸は痛むが、今を必死に生きようとしている家族が救われるのなら。ジェイ達一家の手助けになるのであれば、あの指輪を譲る事にも意味があるはずだ。……そう思わずにはいられなかった。


 ルイはもう一口飲み物を含んで、胸に渦巻くモヤモヤとした感情ごと飲み干した。


「……僕なんかがお役に立てるなら、嬉しいです。ジェイのお母さん、早く元気になると良いですね」

「そう言ってもらえると助かるよ。……本当に、ね」


 ジェラルドが笑みを深めた──その瞬間。

 ルイの隣に座っていたジェイの身体が、ふらりと揺れる。

 ジェイはそのまま無抵抗に椅子から転げ落ち、床に倒れ込んでしまったではないか。


「ジェイ……? ど、どうしたの、ジェイ!」


 突然の異変に、ルイは慌てて椅子から降り、ジェイの肩を揺さぶった。

 けれどもジェイが目覚める様子は無い。その場で気絶するように、急に意識を失ってしまったように見える。


「ジェイのお父さん! あの、すぐにお医者さんを呼んで下さい! 僕の家なら主治医の先生が居るので、すぐに診てくれる……はず、ですから……」


 言いながら、ルイは次第に猛烈な眠気に襲われ始めた。

 昨晩はフェルの淹れてくれてハーブティーのお陰で、ぐっすり眠れたはずだ。それなのに、どうして急にこんなに眠くなって……?


「ジェイなら大丈夫だよ」


 徐々に重さを増していく目蓋まぶた

 身体も少しずつふらつき始め、意識を保っている事すらも困難になっていく。


「ほんのしばらく眠っていてもらうだけさ。ルイ君……君にもね」


 ジェラルドの笑みは、いつしか不気味なものへと変貌していた。

 それに恐怖を覚えても……ルイの身体はもう、満足に対抗する力すら残されていない。


「どう……して……?」


 ──どうして貴方は、そんな不気味に笑っているの?


 沼底へと沈みゆく意識の中で、ルイはジェラルドを見上げた。


「……ジェイには感謝しているよ。こんなに都合の良いオトモダチを、見付けてくれたんだからさ」




 *




只今ただいま戻りました」


 フェルが調べ物を切り上げて屋敷に戻って来ると、玄関に一人のメイドが居た。

 彼女は以前からフラーテッド家に仕えているメイドで、フェルが『昼には戻る』と伝えていた相手の一人でもあった。


「フェルさんに、ルイ様から伝言を預かっております」

「ルイ様から?」

「はい。ルイ様は本日、お屋敷の外で昼食を済ませるので、食事の準備は夕食のみで。暗くなる前にはご帰宅なさるとの事です」

「……左様ですか。ルイ様からの伝言、確かに聞き届けました」


 調べ物のついでに、今日の昼食に出そうと思っていたメニューの買い出しも済ませてきていたのだが……。それは夕食に回す事になってしまった。

 伝言を伝えてくれたメイドは、フェルに一礼してその場を立ち去る。


「ルイ様、今日は一日書庫に居ると仰っていらしたのに……」


 自分が外出している間に、途中で気分が変わってしまったのだろうか?

 それならそれで、自分をお供に連れて行ってくれれば良かったのに……。

 フェルは目に見えて落ち込んだ様子で、小さく溜め息をつく。


「……ですが、既に外出されているのであれば仕方がありませんね」


 自称敏腕メイドは、足早に厨房へと向かう。

 するとフェルは購入した食材に『ルイ様専用』と書いた札を付けて、籠に一纏めにして食料棚に置いた。それからフェルに与えられた個室に戻ると、読みやすく滑らかな字で書き置きを残す。



『ルイ様の護衛に向かいます。


 夕食までには戻りますので、皆様どうかご心配無く。


 フェル』



 短い文章ではあるが、これで内容は伝わるだろう。


「さて……ルイ様専属メイドの務めを果たしに参りましょう」


 フェルは意識を研ぎ澄まし、ルイの魔力を探り出す。

 絶対に他の誰かと間違えるはずのない、精霊王ルイカディーアと同一の魔力。それを辿りさえすれば、ルイの居場所は簡単に見付かるからだ。

 彼がこの街に居るのであれば、その精度は人間の探索能力を遥かに凌ぐものである。


「……見付けました。屋敷から北東……? ですが、あの辺りは確か……」


 ルイの反応があったのは、街外れに近い貧民街の近く。

 その周辺は、ここ数日フェルが『調べ物』をしていたエリアとほぼ一致していた。

 貴族の子供であるルイが、何故そんな場所に足を運んでいるのだろう?


「……どうにも胸騒ぎがしますね」


 詳しい行き先も告げずに、一人で出掛けたルイ。

 そして彼の魔力反応があるのは、貧民街に近い街外れ。

 フェルが調査を行なっていたその周辺には、妙な連中が集まる古びた建物があった。

 しかもフェルは、その建物から大量の荷物が出入りしている光景も目撃している。それも、人目を避けるかのように……深夜に限った物の出入りだったのだ。


「あれは確実に、きな臭い事を企てている人間達の集まりです。もしもルイ様が、そのような連中に危害を加えられでもしたら……!」


 フェルは一目散に駆け出し、ルイの元へと直行する。

 偶然通り掛かった屋敷の者達は、風のように走るフェルに声を掛ける隙も無かった。

 屋敷を飛び出したフェルは、黒い弾丸のように北東を目指していく。


「私が……私がもっと早く、あの件を解決していれば……!」


 ──私が調べた限り、この街の貧民街には、魔薬まやく中毒の症状で苦しむ者が多く居た。せめてルイ様には、私が魔薬を密造している者達をあぶり出すまで、貧民街には近寄らないよう進言しておくべきだったのに……!


 フェルの胸に、激しい後悔の念が押し寄せる。

 その後悔と胸騒ぎを裏付けるかのように、ルイの魔力反応が貧民街へと移動を開始した。


「行ってはなりません、ルイ様……! せめて、私がそちらへ到着するまでは……そこから決して、動いてはなりませんっ……!!」

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