第6話 召喚士ルイは誘われる

「精霊王は臣下である四大精霊を従え、異界から侵攻してきた邪神達を押し返し、世界に平和を取り戻す。それから、かの王の築いた平穏は、千年の時を経てもなお続いている……か」


 ルイはあれからも何冊か本を漁り、伝説について調べてみた。

 けれども、書かれている内容に大きな差異は見受けられないまま。

 伝説として語られる精霊王について、これまでにルイが学んできた範疇を超えはしない。これ以上の情報を得ようとするならば……。


「やっぱり、フェルさんに聞いてみるしかないのかなぁ……」


 積み重なった本を眺めながら、ルイは書庫の机に突っ伏した。

 けれどもフェルは、昼まで屋敷に戻って来ないと言っていた。彼女が帰ってから昼食の時間になるだろうし、父も兄も居る中で出来る質問でも無い。


 ……フェルは言っていた。

 一千年前、精霊王ルイカディーアは自身の命を代償に、邪神達から世界を救ったと。


 それが、事実だとして。


「精霊王は……もしかしたら、前世の僕は……世界の為に、自分の命を捨てたんだよね」


 そして魔族のフェルは、そんな精霊王の側に仕えていた。

 多分、ルイカディーアに仕えていた彼女は幸せそうだった。少なくとも、ルイが見た『記憶』らしきものの中では。

 彼女は敬愛していた主人を失って、その魂が再び地上に戻って来るのを、一人で千年も待ち続けて。

 もしかしたらその生まれ変わりが、自分なのかもしれなくて──


「……デリケートな話題、だよね。あんまりしつこく聞いたら、フェルさんに嫌な事を思い出させちゃうかもしれないし」


 自分から質問するのは、どうにも気が引けてしまう。

 フェルの方から精霊王の話を聞かせてくれれば気が楽なのだが、そんな機会があるかも分からない。しかし、こちらからは何もしないで、ただ待つだけというのもどうなのか?

 何か、良い話の切り出し方は無いものか……。

 そんな風にルイが頭を悩ませていた、その時だった。


 コンコンコン、と窓を叩く音がした。ルイが顔を上げてその方を見ると、窓の外に見慣れた丸顔が居るではないか。


「ジェイ……!?」


 今日は会うつもりのなかったはずのジェイが、もう一度書庫の窓を叩いてくる。

 ルイは慌てて窓の鍵を開けて、


「ど、どうしたの? 今日は遊ぶ約束、してなかったと思うけど……」


 と問えば、ジェイはやけに上機嫌にこう言った。


「ルイ、昼飯はまだだよな?」

「お昼……? う、うん。まだお昼は食べてないけど……それがジェイが来たのと、何の関係が……?」

「お前、昨日指輪をくれただろ? そのお礼にって、父ちゃんがお前を家に呼びたいって言ってんだ。うちの父ちゃんの作る飯、結構イケるんだぜ?」

「ジェイの家でご飯……かぁ」


 どうやらジェイが言うには、良ければ今日の昼食でも一緒にどうかという話であるらしい。

 これまで彼の自宅には行った事は無かった。ただ、ジェイの母は病気がちで、父親も家を空けている事が多いというのは察していた。

 だからその分、ジェイはその寂しさを埋めるように、ルイにやたら絡みに来ているのだろう……と、勝手に思っている。

 お金で繋がった歪な友人関係といえど、こうして食事に誘われるのは悪い気はしない。それに、ジェイと仲を深められれば、もう少し優しく接してもらえるのではないかという期待も僅かにあった。


 ルイは少し考えて、こくんと頷く。


「……うん、嬉しいよ」

「じゃあ、すぐオレんち来いよ! 案内してやっからさ」

「分かった。ちょっと待ってて」


 ひとまずジェイには、外で待っていてもらう。

 書庫の窓を閉めて鍵をかけ直し、本はひとまず机の上に積んでおく。ジェイの家から戻って来たら、自分で片付ければ良いだろう。まだ調べ物の途中だから、それは数日後になるかもしれないが。


 それからルイは、玄関に行くまでの間に通りかかったメイドに声を掛けた。


「あ、あの……今日の昼食はよそで済ませるので、フェルさんには夕食の支度だけお願いするように、伝言をお願いします」

「かしこまりました。ご帰宅はいつ頃になる予定でしょうか?」

「えっと……暗くなる前には、帰ります。父様にもそう伝えておいて下さい」

「はい。それではルイ様、どうぞお気を付けて」


 ルイはそのメイドに伝言を頼み、屋敷を出た。

 フェルには少し申し訳無いが、ジェイからの誘いを断るのも後が怖い。彼女には、屋敷に帰った後で理由を話せば良いだろう。

 もしかしたら、また「あんな友人との付き合いはもうお止め下さい」と注意されてしまうだろうが……仕方が無い。

 ジェイとの関係を始めてしまったのは、ルイ自身が決めた事だ。ルイがどうにかしようと動かなければ、根本的な解決には至らない。


 今はとにかく、ジェイとのお昼が穏便に終わりますように……!


 そんな願いを胸中で強く念じながら、ルイはジェイの案内で彼の自宅を目指すのだった。







 ジェイの自宅は、フラーテッド家の屋敷からかなり遠い場所にあった。その理由は、ルイとジェイの身分差によるものだ。


 テシアの街には、俗に貴族街と呼ばれるエリアが存在している。

 これは本来、王都やそれに近い規模の大きな街で見られる住み分けだ。

 貴族街には、ルイのような貴族の家や、大きな商家などが建ち並んでいる。それらの家々では警備の者が雇われているので、窃盗や強盗といった犯罪も皆無に等しい。

 対してジェイの暮らすエリアはというと、貧民街の一歩手前。中流家庭の中でも少し下の方で、病気の母親さえ元気になれば、彼らの生活も楽になるだろうにな……とルイは思った。

 その手助けが出来るのなら、母の形見の指輪を手放すのも、悪い事ばかりではないのかもしれない。


 国王から領地を預かる貴族というものは、領民の幸福を約束し、統治を行う者である。

 いくら横暴なジェイが相手であったとしても、彼だってこのフラーテッド領の領民だ。彼と、その家族の幸福に繋がる行いであれば……。


 ──母様も、ジェイに指輪をあげた事を許してくれるかな……?


「父ちゃーん! ルイを呼んで来たぜ!」


 とある民家に辿り着くと、ジェイが元気良く扉を開けた。

 すると、家の中から一人の男性が現れる。


「おお、来てくれたんだな」


 ルイを出迎えたのは、顔付きがジェイよりも鋭い印象を持つ、三十代後半ぐらいの男。

 目元や雰囲気が、ジェイとそっくりだった。きっと彼がジェイの父親なのだろう。

 その男は背の低いルイの目線に合わせて、少し屈みながら笑顔を向けた。


「君がジェイの友達のルイ君だね?」

「は、はい……!」

「ようこそ、ルイ君。今日は来てくれてありがとう。君には色々と話したい事があって、こうして息子に君を食事に招待するよう頼んだんだ」

「話したい事……ですか?」

「とにかく、その話は食事を楽しみながらにしよう。もうすぐスープが出来上がるから、どうぞ席についておくれ」


 そう言って、ジェイの父はルイをテーブルへと手招きする。


「ほらほら、父ちゃんもそう言ってるんだし! エンリョしないで食ってけよな、ルイ!」

「う、うん。ええと……お邪魔します」


 ルイはジェイに背中をグイグイ押されながら、彼らの家に足を踏み入れた。

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