第4話 召喚士ルイは気まずくなる
もぞもぞと、身をよじる。
「う……んんぅ……」
頭がぼんやりとしていて、どこか怠くて重い。
少年の目蓋がゆっくりと開き、青い瞳が見覚えのある姿を捉える。
「おはようございます、ルイ様」
ベッドに寝かされていたルイを見守り、ずっと側で控えていたであろうメイド。
そのメイドは、この世のあらゆるメイドの誰よりも整った顔と仕草で、ルイに目覚めのハーブティーを差し出した。何故かは分からないが、フラーテッド伯爵家の屋敷の一室で。
「そろそろお目覚めになる頃かと思いましたので、リラックス効果のあるハーブティーを用意致しました。お嫌いな味や香りでなければ、どうぞお飲み下さい」
「もう、どこから質問していけばいいのか分からないや……」
ベッドから上体を起こしたルイは、ここが自分の寝室である事を理解した。
そしてどういう事なのか、このメイド──自称魔族のフェルが、平然と屋敷内に立ち入る事を許されているのに困惑する。
確かジェイと別れた後、自分の脳裏に変な光景が流れ、そのまま倒れてしまっていたはずだ。それを彼女が助けてくれたのだろうが……フェルが屋敷に居る理由が見えてこない。
窓を見れば、外はもう暗くなっている。ルイが眠っている間に、夜を迎えてしまったのだろう。
すると、いつまでもカップを受け取らないルイを見て、フェルが寂しそうに眉を下げた。
「……ルイ様の好みの物では、なかったようですね」
そう言って、
「あっ……!」
それを見て、ルイは思わず彼女に向かって手を伸ばしていた。
自分でも何故だか分からない。ただ、悲しそうな彼女を顔を見るのが、嫌だと思ったから。
「ルイ、様……?」
「え……と、その……の、飲みます。飲みますから、片付けなくて大丈夫です」
「……左様でございますか」
飲むと言った途端、フェルの表情が明るくなった。
この反応を見る限り、彼女は本気でルイの為を思ってお茶を用意してくれたのだろう。
ルイが起きるタイミングに合わせて淹れたてを出してくるあたり、彼女が最高のメイド云々というのも、単なる自画自賛ではなかったのかもしれない。
直接そう伝えたら、彼女はもっと喜ぶのだろうか。そんな事を考えながら、ルイは柔らかな雰囲気のフェルからティーカップを受け取った。
ゆらりと揺れるカップの水面は、澄んだハニーイエローをしている。香り立つ甘く爽やかな香りに、少し気分が落ち着いた。
「……頂きます」
一言呟いて、ルイは温かなそれを口に運ぶ。
まだ熱かったから、ほんの一口だけ。たったそれだけを舌の上で感じた次の瞬間、ふわりと広がる花の香り。
コクンとお茶を飲み込むと、レモンのようなさっぱりとした匂いが鼻を抜けていった。
「ルイ様、ハーブティーのお味は如何でしたか?」
「飲みやすくて美味しい、です。何だか、懐かしい感じがして……」
ルイがそう言うと、フェルは心底嬉しそうに笑って、
「ふふっ……お口に合ったようで何よりです。おかわりもありますので、お好きなだけお申し付け下さいませ」
「は、はいっ……!」
そんな彼女の笑顔を見たルイは、そのあまりにも純粋な好意に照れ臭さを覚えるのだった。
*
「ところで……なんですけど。フェルさんは、どうしてうちのお屋敷に入れてもらえたんですか?」
ハーブティーを飲み終えたところで、ルイは一番最初の疑問をぶつける事にした。
ティーセットを片付けようとしていたフェルはというと、ベッドに腰掛けるルイに言う。
「ああ、その事ですか。……ルイ様、路地裏でお倒れになられてからの事は覚えていらっしゃいますか?」
「いえ、何も……」
「あの直後、私は貴方様を抱えてこの屋敷を目指しました。屋敷の者に事情を伝え、ルイ様がお目覚めになるまで別室で待機するように言われたのですが──」
フェルはルイが倒れた状況を説明すべく、もうじき帰って来る伯爵を待つよう言われたのだという。
それから間も無くしてルイは寝室に運ばれ、夕刻には父も長男も帰宅した。
すぐにフェルは伯爵にルイの状況を伝えたそうなのだが、彼女が語った内容は、それだけに止まらなかったのだ。
「ざっと屋敷の様子を見たところ、この家にはルイ様専属のメイドが不在なようでしたので……専属として雇用して頂けるよう、伯爵様に直談判を致しました」
「ぼっ、僕専属のメイドですか!?」
「ええ。料理、洗濯、清掃は勿論の事、身辺警護に関しても私の圧倒的な実力を披露させて頂いたのです。……当然、即採用でしたよ」
「父様ぁ……!」
自分にはもう関わらないでくれと、あれだけ懇願したはずなのに……!
どうしてこの謎メイドは、ここまで頑なにルイに歩み寄って来るのだろうか。
こうも強引に外堀を埋めてくるとなると……やはり、例の精霊王が関係しているとしか考えられない。
ルイが、千年前に死した精霊王の転生者。そんな非現実的な話を、彼女は本気で信じているのだ。
……とはいえ、心当たりのようなものが無いでもないのが困りものだった。
ルイには最低限とはいえ、召喚魔法の適性がある。
それは四大精霊を喚び出し、邪神の軍勢と戦ったとされる精霊王と共通した魔法である。その使い手は世界でもごく僅か。
加えて、ルイがここ二日間で経験した奇妙な現象。
フェルと出会った直後に感じた、言葉に尽くしがたい懐かしさ。
そして今日倒れる前に見た、幸福そうに笑うフェルと、それを見下ろす背の高い視点。
あれが精霊王の目から見た光景だったとすれば、彼女が千年前から精霊王ルイカディーアに仕えていた魔族だったと証明される。フェルの言葉は、紛れも無い事実だったと言えるはずなのだ。
……しかしルイには、精霊王に匹敵するような大規模な召喚は行えない。彼に喚べるのは、小精霊の小鳥が一羽。
こんなしょうもない力しか持たないルイが、どうして精霊王の生まれ変わりになるのだろうか?
「……言いたい事は色々ありますけど、こうなったら僕だって、父様に直談判するしかないですね」
「何故です?」
「何故って……あんなに僕に関わらないでって頼んだのに、あなたが勝手にうちのメイドになってるからじゃないですかぁ!」
もしかしてこの人、昨日の僕の話をちゃんと聞いてくれてなかったの……?
そんな不安を抱えながら、ルイはひとまずベッドから降り立った。
「……私が専属メイドになるのは、そんなにご不満でしたか?」
少し俯きながら、寂しそうに訊ねてくるフェル。
ルイはチクリと胸が痛むのを気付かないフリをして、寝室の扉に手を掛けた。
「ふ、不満とかそういう問題じゃなくて……! あなたみたいな怪しい人を、側に置いておけるはずがないじゃないですか!」
「怪しくなどありません! フェルは今も昔も変わらず、我が魂が朽ち果てるその時まで、貴方様にお仕えする敏腕メイドにございます!」
「そういう覚悟が重すぎるところも怖いんですよぉ! ……と、とにかく僕は、これから父様の所に行って来ます。僕には専属メイドなんて必要無いんですからねっ!」
そう言って、ルイはすぐさま部屋を出て扉を閉めた。
……僕には、専属メイドなんて必要無い。
だってあのお姉さんは、自分を魔族だなんて言う怪しい人だし……。
お茶を淹れるのは上手いし、美味しかったし、うちに居る他のメイドさん達よりもずっとずっと優しくしてくれる人だけど……それでも、さ。
……そんな風に僕を甘やかしてくれるような人が居るなんて、都合が良すぎる話だもんね。
こんな僕を心から想ってくれる人なんて、母様しか居なかった。それなのに僕は……そんな大切な母様の指輪を、ジェイに……!
扉を背にして、ルイはキュッと唇を引き結ぶ。
その数秒後、ルイは片付けの為にティーセットを盆に乗せたフェルと廊下で再び顔を合わせる事になり、ルイにとってただひたすらに気まずい空気が流れる。
勿論フェルはそんな事を微塵も気にせず、平然と厨房へ歩いていくのであった。
*
その日の夜。
フラーテッド家の屋敷のある街──テシアの外れ。二人の男が、人目を気にした様子で路地裏へと入っていく。
周囲に誰も居ないのを何度も確認してから、片方の男が声を潜めて言う。
「例の件、そっちはどうなってる?」
「この街では見掛けないツラだったから、こっそりと後をつけてやったよ。そしたらその女、どこに向かったと思う?」
男達が話題に挙げている
そのメイドらしき人物が、数日前からこの二人の周囲を嗅ぎ回っていたのである。
「なんと、あの伯爵家の屋敷だったんだぜ? まさかとは思うが、伯爵が俺達の
「んな訳あるかよ。オレらはこの街で、もう何年もこの商売をやってきてるんだぞ? これまで何もしてこなかったボンクラお貴族様が、今更になって調べさせるかよ。それも、メイド服なんて着た目立つ女に任せるはずがないだろ」
「俺の考えすぎ……だったか」
「だが、な……」
──危ない芽は、早めに摘んでおくに限る。
そう呟いた男の言葉に、もう一人の男が静かに頷き、同意した。
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