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「美咲」

 後ろから名前を呼ぶと、美咲は「うん?」と優しい声を出しながら首だけを少し捻ってこちらを見た。

 セックスのあと、ベッドの中で美咲を後ろから抱きしめて、そのきれいな髪に顔を埋めるのが好きだ。美咲はいつもくすぐったいと言って笑うが、嫌がってはいないようだった。

 したあとはいつも、その姿勢のままベッドの中で会話をする。内容は些細な日常の話が多いが、たまには真面目な話もする。そのあとでシャワーを浴びるか、疲れている時はそのまま寝て朝を迎える。

「俺さ、美咲に言わなきゃいけないことがあって」

 真面目な声で切り出すと、美咲は即座に「えっ浮気?」と返してきた。

「違う」

「新婚なのに?」

「違うって。そんなわけない」

 強めに否定すると、美咲は「じゃあどんな話でもいいよ」と言いながらくすくす笑った。おそらく本気で浮気だとは思っていなかったのだろう。俺が思い詰めたような声を出したから、和ませたいと考えたのかもしれない。

 美咲は優しい人だと思う。その彼女の頭の向こうに、首が見えている。普段は床に落ちている首が、今はベッドの横のチェストの上に乗っている。いつもよりも距離が近い。

 俺が何を言い出すか、あれはわかっているのだろう。

「俺さ」と声を上げる。どうしても音量は小さくなる。

 首がことりとひとりでに倒れる。

「俺、美咲の髪が好きなんだ」

 首がこちらを向く。その顔がはっきり見える。

「本当に好きなんだ、その髪が」

 首と目が合う。

 長い黒髪を纏った首は、俺の顔をしている。



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