書籍発売記念SS

第43話 エマの憂鬱①


「レナお姉さま〜!」

「いらっしゃい、エマちゃん!」


 わたしはレナお姉さまの元へ駆け寄ると、そのまま抱きついた。


「エマ、あんまり走るな」


 後から追いかけて来たお兄さまが心配そうに言う。


「エマちゃん、すっかり元気になってきたね? 少しくらいなら走っても大丈夫だよ」

「本当!?」


 お姉さまがわたしの身体を視ながら微笑んだ。

 わたし、エマ・ベネットは生まれつき身体が弱くて、物心付いたときからベッドの上で過ごしていた。


「じゃあ、今日も頼むわ」

「うん、行ってらっしゃい」

「お兄さま、行ってらっしゃ〜い!」


 お兄さまは優しい顔をわたしたちに向けると、訓練へと向かって行った。

 お兄さまが優しいのは、妹のわたしが一番知っている。

 でも、身体の弱いわたしを守ろうと、お兄さまはまるで心に大きな鎧を纏ったかのように、誰とも打ち解けようとはしなかった。


(レナお姉さまが本当にお兄さまのお嫁さんになってくれたらいいのに……)

「エマちゃん、どうしたの?」


 ぎゅっと繋いでいた手に力を入れれば、お姉さまがわたしに視線を合わせようとしゃがむ。

 私はふるふると首を振った。


「体調が悪くなったら、すぐに言ってね?」


 立ち上がったお姉さまがわたしの手を引いて医務室へと入る。

 それからお姉さまに身体を視てもらい、薬をもらう。それが終わると、お姉さまがお茶を用意してくれ、楽しく過ごした。

お姉さまはいつもわたしの話を笑顔で聞いてくれる。ずっと一人だったわたしは嬉しくて、ついたくさん話してしまう。


「エマちゃんが完全に治ったら、会えなくなるのかなあ」

(あ……)


 話の途中でお姉さまが淋しそうに呟いた。

 わたしが騎士団に入れるのは、騎士団長さまから特別な許可を得てのことで、もちろん病気が治れば、簡単には来られなくなる。

 レナお姉さまは、副団長さまの専属メイドで、騎士団の薬師としても働かれている。


(わたしがここに来られる間に、お兄さまをアピールしなくっちゃ!)


 そう思い、お姉さまを見上げて言った。


「ねえ、お姉さま、お兄さまと結婚したら幸せになれると思わない?」

「ええ!?」

「あのね、お兄さまは誤解されやすいけど、とっても優しいのよ! それに、とっても強いから、守ってくれるわ!」


 驚くお姉さまにお兄さまの良さを必死に語る。


「レナさん、ちょっといいですか?」


 話の途中でユーゴが医務室の入口から顔を覗かせた。


(せっかくお姉さまにアピールしていたのに!)


 前回の討伐戦でお兄さまを負かした憎き男。

 お兄さまは毎朝わたしを抱えて神殿に通っていた。そのせいで疲れていて、試合でも力を発揮できなかったんだと思う。全部わたしのせいだ。


(じゃなきゃ、こんな弱そうなユーゴに負けるわけないもの)


 ちらりと話している二人を見ると、ユーゴと目が合う。

 わたしはお姉さまの元に走り寄り、抱きつくと、あっかんべーをしてみせた。


「っ!」

「エマちゃん、どうしたの?」


 顔を赤くさせて悔しがるユーゴを背後にし、レナお姉さまがわたしを覗き込む。


「お姉さま、ユーゴのことをのように思っているなら、わたしのことも妹のように思ってくれるー?」

「もちろんだよ、エマちゃん!」


 お姉さまがぎゅうとわたしを抱きしめる。わたしは嬉しくて、「きゃー」と言って声をあげた。

 ユーゴをそっと窺えば、「弟」という言葉に落ち込んでいた。


(そんなの今さらじゃない。お兄さまのほうが可能性はあるのよ!)


 そう思っていると。


「レナ」

「エリアス様!」


 医務室の外に現れた副団長さまに気づいたお姉様が彼の元へ走りながら出て行ってしまう。

 二人は外の廊下で何やら話しだした。


(レナお姉さま、幸せそう……)


 顔を赤らめ、嬉しそうにはにかむお姉さまのあの顔は、副団長さまの前でしか見られない。


「……やっぱり敵わないなあ」


 わたしの横で同じように二人を見ていたユーゴがポツリと呟いた。


「あんたが副団長さまに敵うと思ってるの? 身分も実力も、足元にも及ばないわよ」

「……わかってます」


 わたしの意地悪な言葉に、ユーゴが本気で傷付いているのがわかった。


(何よ、言い返しなさいよ!)


 わたしの言葉にいつも怒った反応を見せるけど、わたしに酷いことを言ったことはない。


 うちは男爵家で、公爵家の副団長さまに身分で敵わないのはお兄さまも同じ。

 自分の発した言葉がブーメランのように返ってくる。


「でもレナさんは身分や強さなんて関係なく、副団長のことを好きだと思うから」

「そんなの……」


 わかってるわよ、と言おうとしてやめた。

 そんなの、お姉さまを見ていればわかる。

 副団長さまだって、お姉さまを大切にしているのがわかる。


(じゃあ……お兄さまのことは誰が大切にしてくれるの?)


 お兄さまの心の鎧を取り払ってくれたのは、レナお姉さまだ。


(副団長さまなら、他にも選びたい放題じゃない)


 お兄さまには、お姉さましかいないのに。


☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚

長いので2回に分けました!

続きもどうぞお楽しみください♡


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