第42話 これからもお茶汲み係です!

「あの、エリアス様?!」


 エリアス様に手を引かれ、ズンズンと騎士団の中庭へと続く廊下を歩いて行く。


 こうしてエリアス様に手を引かれるのは何度目だろう。


(アクセル殿下の軽口なら真に受けないのに、怒ってるのかな……?)


 表情は見えないけど、エリアス様の空気から怒りが感じ取れる。


 中庭に足を踏み入れた所で、ようやくエリアス様の足が止まった。


「あの……エリアス様?」


 振り返った彼の顔はやっぱり怒っていて。


「ご、ごめんなさい!! 私、アクセル殿下の言ったことなんて真に受けてませんから!!」


 エリアス様が口を開く前に私は勢いよく頭を下げた。


「レナ」


 低い声が上から降り注ぎ、思わず身を震わせた。


「どうしてドレスのこと、俺に相談しなかった」

「へっ……」


 頭を上げてエリアス様を見上げれば、彼は拗ねたような顔で私を見つめていた。


「え……だって、アクセル殿下が任せろって言ってくれたし、魔物討伐前にエリアス様に余計な心配かけたくなくて……すみませ……!」


 再び勢いよく頭を下げようとした私の肩をエリアス様が制した。


「すまない、レナ……。レナが困っていたこと、あいつだけが知っていたのかと思うと……」

「エリアス様?」


 苦しそうな金色の瞳が私を覗き込む。


「ドレスはまた新しいのを買いに行こう」

「えっ!!」


 私の両手を握り、懇願するような顔のエリアス様。


(普通、逆じゃありません?)


 ドレスを強請るのはご令嬢の方では、と最初はエリアス様の言葉に驚いた私だったけど、だんだん可笑しくなってきた。


「何で笑うんだ」

「だってエリアス様……」


 むう、と見せる表情の彼が可笑しくて愛しくて。


 私は笑顔を作ると、エリアス様を真っ直ぐに見上げた。


「エリアス様、あなたの呪いは完全に治してみせました。私は騎士団を出て、薬室に戻ろうと思います」


 姉が罪に問われた以上、チェルニー男爵家にもお咎めがあるのはわかっていた。


 家にはもちろん戻れない。元より、戻らなくて済むようにアクセル殿下が手配してくれると約束してくれた。目的を達成した私はもう騎士団から去り、薬室で為すべきことをしていこう。


 全てが解決して、今度こそ笑ってお別れを。


 笑顔を作った私に、エリアス様がまた怖い顔になる。


「……レナは俺の専属メイドだろ。お茶汲み係だと君も豪語していただろう?」


 怒りを含んだ声に押されるように、エリアス様に迫られた私は、後ろにあった中庭のベンチに身体を落とした。


「エリアス様の呪いは治ったのですから、お茶汲み係はもう必要ないかと……」


 ベンチの背もたれに手を付き、私を囲い込むエリアス様の顔が近い。しどろもどろになりながらも必至にそう言えば、彼の口角が上がる。


「レナの呪いはまだ完全に治癒していないだろう? 俺が薬を与え続けないと」


 そう言って唇を親指で拭ったエリアス様の表情は色っぽく、私の心臓は破裂寸前。


「く、くくく薬は自分で処方出来ますので……っ」


 倒れる前も、目を覚ますまでも、エリアス様が口移しで薬を飲ませてくれていたことを唐突に思い出させられ、私は顔を熱くさせながらも答えた。


「レナ? 俺は、君が騎士団から出て行くことを許さない、と言っているんだ」


 エリアス様の真剣な表情に、赤い顔を誤魔化そうとした私は捕らえられる。


「でもエリアス様……」


 ここにいていいの?という期待に涙が滲む。


「君は俺だけのものだとレナが言ったんだろ……」


 エリアス様の手がするりと私の頬に移動する。


「メイドじゃなくて、俺の婚約者として側にいればいい」

「それって――」


 神殿が用意した婚約式をそのまま使わせてもらうか?


 冗談だと思っていたエリアス様の言葉を思い出し、彼を見上げる。いつの間にかエリアス様の顔はすぐ側にあり、それと同時に二人の唇が重なった。


 エリアス様にベンチに縫い留められ、その甘やかな感触に酔いそうになる。


「……今は薬はありませんが……」


 唇が離れ、気恥ずかしくてエリアス様にそう言えば、変な顔をされる。


「レナ、ここまで言ってもまだわからないのか?」


 溜息を漏らしながら、エリアス様の眉尻が下がる。


(それって、エリアス様も私と同じ気持ちだってこと……?)


 期待に胸が高鳴っていく。


「……わかるまでお仕置き、だな」

「?!」


 エリアス様から答えは聞かされず、また意地悪な顔で迫られる。


「エ、エリアス様――」

「レナ」


 再びエリアス様の顔が近付き、キスされると思った時、中庭に声が響いた。


「レナさーん!」

「ユーゴ?!」


 縫い留められていたエリアス様の腕から顔を出せば、ユーゴが中庭に続く廊下を走って来ていた。


「レナさーん!」

「目を覚ましたんですねー!」


 ユーゴの背後からはミラー、他の団員たちも続々と後ろに続いていた。


「レナさん! 騎士団で薬を作りながら、俺たちのことも見続けてくれるって本当ですか?」

「レナさんとまだ一緒にいられるなんて嬉しいです!」


 エリアス様の腕の力が弱まり、私は騎士たちの元へと慌てるように駆け寄った。


「どういうこと?」

「団長がそう言ってましたよ」


 私の問にユーゴが嬉しそうに答えた。


(アクセル殿下が? また一体、何を企んでいるのかしら……)


「私もまた毎日通うね! ね、お兄様?」

「エマちゃん!」


 先程別れたはずのエマちゃんがマテオと手を繋いで前に歩み出た。


「ああ。これからもよろしく頼む、レナ」


 マテオが穏やかに笑って言った。

 

 アクセル殿下がどういうつもりかわからないけど、とりあえず私は、これからも騎士団にいても良いらしい。


 大好きな騎士団の皆と、エリアス様とお別れしなくて良いんだ!と私は嬉しくなった。


「うん! 任せて!」


 エマちゃんの手をぎゅう、と握れば、マテオと繋いでいた方の手をエマちゃんが引き寄せ、三人の手が重なる。


 私は二人の顔を見て笑った。エマちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせ、マテオも何故か顔を赤くさせながらも笑った。


「レナさん!! 備品倉庫はこれからも俺たち二人・・で守って行きましょうね!」


 重ねた三人の手の上に、ユーゴの手が重なる。


 何故か鼻息荒いユーゴに、私はくすりと笑う。


「もちろん! ユーゴよろしくね?」


 ユーゴの顔がパアッと明るくなった所で、エマちゃんが何か呟いた。


「ちっ、弟風情が」

「うるさーい! マテオさん、妹にどんな教育してるんですか?!」

「まあまあ」


 ユーゴとエマちゃんが可愛く言い合いをして、マテオは口を閉ざしている。そこにミラーが止めに入る。


(ああ、いつもの騎士団だなあ……)


 皆がわちゃわちゃと言い合う日常に胸が震えた。


「レナさん! また俺の武器見てくださいよ!」

「俺も! レナさん、俺の訓練見てください!」


 私たちのやり取りを見守っていた騎士たちが一斉に周りを囲んだ。


「はいはい、みんな、訓練場に行くわよ?」


 騎士たちを見回し、私がそう言うと、はーい!という皆の声が中庭にこだました。


 騎士たちの後ろでアシル様が優しく微笑んで立っていた。


 私はアシル様に会釈をした。私のために証言をしてくれたアシル様。


 この騎士団のために力を使うことで、私は彼の恩義にも報いることが出来るのだろう。


「あー、レナ嬢ってば人気者だねー」

「お前……こうなることをわかってて騎士団に薬室を作ることを許可しただろう?」


 いつの間にか現れたアクセル殿下がエリアス様と何やら話している。


「ふふ、皆、レナ嬢が大好きだからね? しばらくはエリアスだけのレナ嬢じゃなくて、騎士団皆のレナ嬢かな?」


 ニヤニヤと笑うアクセル殿下に、エリアス様は顔を覆っていた。


 どうしたんだろう?と思っていると、エマちゃんから手を引かれる。


「お姉様、行こう?」

「あ、うん……」


 エマちゃんに向き直った所で、後ろから抱き締められた。


「エリアス様?!」

「レナは、俺の専属だ。こっちだろ?」

「み、皆が見て……」


 急に皆の前で抱き締められ、恥ずかしい。


「見せつければ良い。レナにはお仕置きがまだ必要みたいだしな?」

「ええええ?!」

「エリアス、大人気なーい!」

「副団長様、宣戦布告ですわねっ!」


 エリアス様のとんでもない発言に私の心臓はまたもやパンク寸前。


 アクセル殿下は楽しそうに野次り、エマちゃんは謎に可愛いことを言っている。


「レナは俺だけのお茶汲み係だもんな?」


 そんな甘い言葉を吐くエリアス様に困りながらも、私は頷いた。

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