第41話 王太子殿下とソフィアさん

「レナ!」


 エリアス様に手を引かれ、騎士団の応接室に入ると、何故かソフィアさんがいて、私の元に駆け寄ってきた。


「レナ、無事で良かった!」


 ぎゅう、と抱きしめられたソフィアさんからは何だか良い香りがした。


「ソフィアさん、私に聖魔法を使ってくださったそうで、本当にありがとうございました」

「良いのよ。貴方は大切な友人で戦友。そして、この国に無くてはならない人なんだから」

「え……」


 女神のような美しい笑顔で私を見つめるソフィアさん。『友人で戦友』という言葉に胸が温かくなりながらも、後半部分に首を傾げる。


「わー、妬けるねえ」


 すると遅れて執務室にやって来たアクセル殿下の声が後ろでした。


「殿下」

「遅いぞ」


 ソフィアさんが私から離れ、殿下に礼を、エリアス様は腕組をしながら、呆れた声で言った。


「まったく、アクセルはマイペースだよね」


 アクセル殿下の後ろから応接室に入って来た方に、私は慌てて礼をする。


 エリアス様、ソフィアさんも深く礼をしていた。


 アクセル殿下と同じ銀色の髪に金色の瞳。王族の装いで現れたこの方こそ、アインシュ・ラ・リナンファ王太子殿下。アクセル殿下のお兄様だ。


「皆、楽にしてくれ」


 王太子殿下の言葉で皆頭を上げる。


「さて、アクセル、エリアス、ソフィア、そしてレナ、今回のことは君たちのおかげだ。ありがとう」


 威厳がありながらも、温かな笑顔で接してくれる王太子殿下は、雰囲気もアクセル殿下と似ている。


「ソフィア、長くの神殿への潜入、苦労をかけたね」

「いいえ、これもこの国のためですわ」


 王太子殿下と仲睦まじげに話すソフィアさん。


 もしかして……と勘ぐった所で、アクセル殿下が私の心を読んだかのように言葉を発した。


「あ――、レナ嬢、ソフィアは俺の婚約者ね?」

「えっ!!」


 驚いてアクセル殿下に振り向くと、他の方たちはにこやかに笑っている。もちろん私以外は知っているのだ。


「ソフィアは兄上の政策に協力するために、神殿に聖女として潜入してくれていたんだ。もちろん、俺の婚約者ということは伏せてね?」

「アクセルもすまなかったな。婚約者の存在を隠しつつ、他の縁談を断らせていたのだから」


 第二王子でありながら婚約者もおらず、浮いた話も無い。アクセル殿下と冷徹無慈悲な副団長はデキているんじゃないかと、そういえば噂もあったなあ、と私は思い浮かべる。


「レナ嬢、今酷いこと考えてるでしょ」

「す、すみません! 今まで忘れていたことですし、信じてはおりませんので!!」


 またしても私の心を読んだ殿下に慌てて謝罪した。


 それから応接室のソファーにかけて、王太子殿下から話を聞いた。


 神殿はいつからかお金儲けのために貴族主義になり、ここ数年でそれが顕著になっていたこと。それが王太子殿下の政策の邪魔をしていたこと。メイソン様の悪事を暴いたことにより、改革がやっと進められるということ。


 ソフィアさんは聖女の仕事をしながら、順番待ちの国民の治療を出来る限り請け負っていたが、それに限界を感じていた。神殿に従うフリをしながら内情を探っていたという。二年前、突如として大聖女候補になった姉、カミラとメイソン様の動きを突き止めたのはソフィアさんだそうで。


「薬室から呪いの薬の報告は上がってきていたんだが、私も迂闊に動けなくてね。君が作ったと聞いた。すまなかった」

「いえ!!」


 王太子殿下が頭を下げようとしたので、慌てて私が先に頭を下げる。


「呪いに関しては、聖女が治せない以上、神殿の手に余る。その上、原因のわからない病として都市伝説となっていた。力を付けていた神殿とシクス伯爵を筆頭とした貴族たちが禁忌として定義付けてしまった。救える命を私は――」


 王太子殿下は悔しそうに顔を歪ませていた。


 母の犠牲の元、完成した薬を見過ごされていたことを思うと、私も悔しい。


「兄上からその薬の存在を聞かされて、確かめるために薬室を探ったら、ソフィアが突き止めた胡散臭い大聖女候補の妹が作ったって言うじゃない?」


 エリアス様が魔物討伐で呪いを受け、王太子殿下にアクセル殿下が相談して、その話が出たらしい。


「まあ、本物かな? って疑うよね。変な噂もあったし」

「う……」


 アクセル殿下に姉妹共々疑われていたとは。確かに最初乗り込んだ時、殿下に拘束された。そう思っていると。


「でも神殿に視察に行ったとき、あのエリアスが女の子を構ってたじゃない?」

「おい」


 楽しそうに話すアクセル殿下をエリアス様が止めようとするも、殿下は続ける。


「ソフィアから噂はどうもカミラとメイソンがばら撒いているらしいとは聞いていたけど、本人を見てみないとねえ? まあ実際、師匠を助けてくれたあの時の子だってびっくりしたんだけどね」

「え……そんな顔してました?」


 飄々と続ける殿下に私はジト目で返す。あの時、まさか私に気付いていたなんて。


「あれ、でも……」


 私は殿下に拘束されたことを目で訴える。殿下はそれを感じ取り、ウインクして言った。


「ごめんね? 真面目なエリアスの反応を見たくて。二人共、思った通りに動くから、笑いを堪えるの大変だったんだよ?」

「…………」


 声にならない声がぱくぱくと口から出る。


 一体、いつから殿下の手の上で転がされていたのか。


「おい……」


 エリアス様が怖い顔で殿下の横に立った。


「わー、でも! レナ嬢の力のことは本人から聞くまで知らなかったし、それでメイソンと偽聖女のからくりが解けたでしょ?!」


 エリアス様の怖い顔に、アクセル殿下が慌てて離れて言った。


「俺だって愛しのソフィアと離れていたんだから、これくらい許してよねっ! エリアスだけずるいよ!」

「何の話だ……」


 プンプンと可愛く怒る殿下は、ソフィアさんの手を取って言った。ソフィアさんは穏やかに殿下を見ている。呆れるエリアス様に殿下はとんでもないことを言った。


「エリアスがすぐにレナ嬢に惹かれたのはわかったよ。自分の好きな子を手元に置いておけるなんて、エリアスだけずるいじゃん?!」

「へっ?!?!」


 殿下の言葉にきょと、っとした私の顔を見て、アクセル殿下は更に続けようとした。


「え? レナ嬢、まさか気付いてなかったの? それは鈍すぎるよ――」


 アクセル殿下の話は途中なのに、ぐい、とエリアス様に手を掴まれソファーを立たされた私は、そのままエリアス様に連れられて、応接室を出ていく形になった。


「エリアス様?!」


 既視感のある背中に戸惑いつつも、王太子殿下、アクセル殿下、ソフィア様を振り返れば、三人とも笑顔で手を振っていた。


 とりあえず失礼だと怒っている様子もなく、私は安堵した。


「あーあ、エリアスのやつ、本題の前にレナ嬢連れて行っちゃった」


 私たちがいなくなった応接室でアクセル殿下が呟いた。


「お前が誂うからだろう!」

「だって兄上、あの冷徹無慈悲と言われた、女にまったく興味の無かったエリアスがですよ?」

「アインシュ殿下、でもあの様子だと、エリアスはレナを手放さないでしょうね」

「……薬室長の話は諦めるしかないか。でも、薬は騎士団からでも作れるだろう。アクセル、頼んだぞ」

「言われなくともレナ嬢ならそうすると思うし、エリアスもそのつもりでしょうね?」


 私たちがいない応接室で三人は嬉しそうに笑い合っていた。

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