第40話 全ては殿下の手の内です2

「お姉様――!」


 医務室を出ると、マテオに連れられたエマちゃんが駆け寄って来て、私に飛び付いた。


「エマちゃん!」


 ぎゅう、と可愛い天使を抱き締めて、彼女の魔力の流れを視た。


「私、お姉様の薬をちゃんと飲んで大人しくしてたよ? 偉い?」


 私の目をじっと見つめる可愛い瞳に思わず頬が緩む。


「うん、偉いよー」


 ぎゅう、とエマちゃんを抱き締めると、彼女も「きゃー」っと喜びの声をあげた。


「エマ嬢は騎士団で密かに保護していたんだ。案の定、あの偽聖女がマテオに妹の治療のことで近寄って来たからね」

「事前に団長から指示を受けていて良かったです。あの女に惚れたフリをすることでエマを巻き込まずに済んだので……。これもレナが薬を多めに渡してくれていたお陰だ。ありがとう。そして、演技とはいえすまなかった……」


 殿下の説明にマテオが付け足し、頭を下げる。


 いつものマテオの表情に、私はホッとした。


「マテオ、頭を上げて? エマちゃんを守るためだもの。気にしないで!」

「レナ……」


 私の言葉にマテオはまだシュンとした表情で顔を上げた。


「殿下、それならそれで説明してくれても良かったのでは……? ドレスの事件も全部知って……というか、殿下の策略ですか?」

「いやー、敵を騙すには味方からって言うでしょ? レナ嬢に演技とか無理そうだし? ごめんね?」


 全ての元凶はアクセル殿下だ、と彼を睨めば、しれっと謝られた。


「マテオも中々の役者だったね。レナ嬢のドレスのことをカミラ嬢に話したら、すぐに食いついた」


 楽しそうに事の真相を話す殿下。私はエリアス様の方を振り向く。


「まさか、エリアス様も知って……?」

「いや! 俺は、あの女があのドレスを着て現れるまで何も知らなかった!」


 慌てて私に近寄るエリアス様。そうなんだ、とアクセル殿下を見れば、彼はまだ楽しそうにしている。


「いやあ、エリアスの驚きと怒りの顔、面白かったなあ♪ 『お前! そのドレスはどうした?』だもんなあ。いやー、百点満点の反応だったよ!」

「お前……なあ……」


 笑いながら話すアクセル殿下にエリアス様は本気で怒って震えている。


「そもそも、窃盗の罪は必要だったのか?!」

「必要でしょ――! だってあのままだとエリアス、カミラ嬢と婚約させられてたよ?」

「そうだ! エリアス様……、姉との婚約は……」


 二人が議会でのことを揉めていたので、私は思い出す。姉は拘束されたから、その心配は無いのだろうけど、私はつい口に出してしまった。


「レナ、心配するな。もちろんその話は消えた」


 ホッとする私に、エリアス様はにやりと口の端を上げて笑った。


「でも、神殿が婚約式の準備をしてくれていたみたいだからな。せっかくだし使わせてもらうか、レナ?」

「えっ」


 私の手を取り、甲に唇を落とすエリアス様。


 それって――――


 ドキン、と胸が跳ねる。


「お姉様、お兄様のこと嫌いにならないで――!」


 エリアス様と見つめ合う私に、エマちゃんがドスン、と抱きついて来た。


「エマちゃん、どうしたの?」


 急なエマちゃんの叫びに私は彼女と視線を合わすように屈む。


「お兄様は、私のためにお姉様に酷いこと言ったり、やったりしたの。だから許して」

「エマ……」


 うるうると私を見上げるエマちゃんは本当に天使で。マテオがエマちゃんの後ろで困惑していた。


「わかってるよ――、エマちゃん! 心配しないで!」


 ぎゅう、とエマちゃんを抱き締めると、彼女もぎゅう、と抱き締め返してくれた。


「レナ、本当にすまなかった。お前を傷付けた事実は変わらない。でも俺は、エマのためだけじゃなく、お前をあの姉から救うためだと思ったからこそ、この任務を受けたんだ」


 私たちと同じ目線にマテオも腰を落とし、エマちゃんの肩に手を置く。真剣な表情のマテオの顔が近い。


「マテオ、本当にもう気にしないで。全部解決したみたいだし? それに、全部アクセル殿下の策略でしょ?」


「あー、ひっどい!」と言う殿下の言葉はスルーして、マテオの手に自身の手を重ねた。


 エマちゃんは私の身体に回した手をガッツポーズさせていたようだが、私は知る由もなく。


「嫌な役させたみたいで、こっちこそごめんね、マテオ。ありがとう」


 マテオに笑って言うと、彼の手の上に置いた手を逆に握り返される。


「レナ……、俺は……」


 マテオが何か言いたそうに、こちらを真剣に見つめている。緑の瞳が揺れ、少し熱っぽい。


「マテオ……?」


 また様子のおかしいマテオを心配して覗き込めば、ぐい、と後ろから手を回され、身体を引っ張られる感覚がした。


 振り向けば、エリアス様の腕の中に収められ、私は立っていた。


 抱き締めていたエマちゃんはしっかりとマテオの腕の中に収まっていて、手を離してしまった私はホッとする。


「エリアス、大人気なーい」

「うるさい! 王太子殿下を待たせているのだろ?! 早く行くぞ!」


 私たちを見守っていたアクセル殿下が楽しそうに言うと、エリアス様は怒って私の手を引いて歩き出した。


(確かに、王太子殿下をお待たせしてはいけないわ!)


 エリアス様に手を引かれながら、私は後ろを振り返って言った。


「マテオ、エマちゃん、ごめんね! またね!」


 エマちゃんは笑顔で手を振り、マテオも頭をガシガシさせながら手を振ってくれた。


「お兄様!! 副団長様相手でも怯むことはありませんわ!!」

「わーお、エリアス、ピーンチ」


 ふんす、と意気込むエマちゃんに楽しそうに反応するアクセル殿下、複雑な顔で頭をガシガシとさせて、私たちの後ろ姿を追うマテオ。


 そんなやり取りが後ろで行われていたことを、私はもちろん知らない。

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