第39話 全ては殿下の手の内です

「凄いねえ、さすが悪徳伯爵令息」

「な、な?」


 にっこりとメイソン様に目線を合わせ屈むアクセル殿下は、騎士服の懐から何やら紙の束を出した。


「それ、は――」

「うん。神殿の裏帳簿」


 驚くメイソン様に帳簿を指で挟んでヒラヒラと見せる殿下。


「ふむふむ、兄上の邪魔をしてきた家の名前がズラリだねえ。神殿に裏金を積んで聖女の力を独占してきた貴族たちだ。そして、それを斡旋していたのはメイソン、君だね? 悪徳伯爵令息くん♪」


 殿下は楽しそうに目で帳簿を追うと、メイソン様に詰め寄った。


「くっ……!」

「おっと」


 帳簿を奪おうとしたメイソン様を殿下がひらりと交わす。


「ねえ、帳簿がこれだけじゃないのは君も知ってるでしょ? 後はぜーんぶ議会に提出済だよ?」

「なっ……帳簿はバラバラに保管させていたはず……!」

「うん♪ それは苦労したなあ。さすがメイソン! でもカミラ嬢に罪を軽くするからって言ったら、ぜーんぶペラペラと帳簿の場所を話してくれたよ。それに君に加担していた貴族たちは全員牢屋行きだ。その貴族たちが口を揃えて君に唆されたと話している」

「そんな……」


 がくりとメイソン様は床に手を付いてうなだれた。全てを掌握していたはずのメイソン様はそれらに裏切られたのだ。


「もちろん神官長も拘束、神殿は兄上の元、再構築されるよ」


 アクセル殿下の追い打ちに、メイソン様は魂が抜かれたように呆然としていた。


「連れて行け」


 殿下が外に控えていた騎士に命令すると、彼らは医務室に入って来てメイソン様を捕らえた。


「ふふ、はははは! 私を追い詰めたかもしれないが、神殿を掌握しようと、クレメント副団長が呪いを国に持ち込んだ事実は変わらない! 貴方は俺が手を付けた女に懸想なんてしてないで、全てレナのせいにして、見限った方が良いですよ」


 メイソン様が言い終わると同時に、彼は頬を殴られてふっ飛ばされた。


「レナはお前の物じゃないし、俺はレナを犠牲にはしない」

「エリアス、やり過ぎー」


 メイソン様を殴った手をぶらぶらさせながらエリアス様が告げるも、彼は気を失って聞いていない。アクセル殿下は苦言を呈しながらも笑っていた。


 気を失ったメイソン様は騎士たちに連れて行かれた。


「レナ、君の姉だが、罪を軽くすると言っても窃盗の方だから。虚偽罪は軽くならない。あの英雄アシル・ローレンを救った手柄を横取りしていたことは師匠が議会で証言してくれた」

「アシル様が……?」


 連れて行かれたメイソン様をぼんやり見送る私に、エリアス様が私を安心させるように穏やかな声で言った。


「いやー、レナ嬢は凄いよねえ。あの師匠を動かしたんだから」

「え、あの?」


 アクセル殿下も感嘆を漏らしながら私に歩み寄る。


「それだけ騎士団にレナが必要ということだ」


 ふわりと微笑み、私の頭に手を置くエリアス様。


(ああ私、エリアス様の隣にまだいたいなあ)


 エリアス様の大きな手の温もりに幸せが込み上げる。その幸せがあれば私は……


「エリアス様」

「何だ、レナ?」


 呼びかけた私に優しく微笑むエリアス様。


「私がエリアス様に呪いをかけたんです。だからエリアス様は被害者なんです」

「レナ?!」


 この国が呪いに対して理解が無いのは知っている。だからこそ、今回、エリアス様の呪いが明るみに出てしまったなら誰かが責任を取らないといけないのだろう。


(だったら、私が一番適任だよね)


 アクセル殿下もエリアス様も、この国を守っていくのに大切な人たち。薬のことは殿下に託そう。


 これは私の身勝手。


(お母様、ごめんなさい。私、誰よりも何よりも、エリアス様を守りたいみたいです)


 最後は笑ってお別れを。


 自分が望んでいたことを台無しにしないように、泣かないように、私は精一杯笑顔を作った。


「レナ、このバカ!!」


 私の一世一代の覚悟は、エリアス様の叱責によっていなされた。


「な……? そういえば魔物討伐の時もバカって言いましたよね……?! エリアス様のバカ!」


 ぶるぶると震える身体で考えるより先に言葉が出た。


「レ、レナだって俺のことをバカって言ったぞ! しかも二回も!」

「こ、細かーい! それはエリアス様が約束を破って命を粗末に扱ってたからでしょ!!」

「それはレナもだろ!」


 売り言葉に買い言葉。いつの間にか言い合いになってしまったが、エリアス様が眉を下げて荒らげていた声色を優しくする。


「レナ……、今だって俺のために自分を犠牲にしようとして……このバカ」


 優しく、諭すように私を抱き締めて私に伝えるエリアス様。


 私を大切に想ってくれているのが伝わって涙が出た。


「でもエリアス様……」

「心配するなって言っただろ? ほら、また泣く……」

「だって……」


 エリアス様の胸の中で涙を流すと、彼はいつものように優しく拭ってくれた。


「あーあ、二人共、不毛な言い合いだねえ」


(殿下の存在、忘れかけてたわ!)


 私たちの間に割って入って半目なアクセル殿下。


「おい……」


 責めるように殿下に声をかけるエリアス様。


「だーって、呪いの件だってほぼほぼ解決なのに、二人で言い合ってるから」

「へ、解決?」


 不貞腐れるように言ったアクセル殿下の言葉に私は反応する。


「すまない、レナ。詳しく話していなかったな。呪いについては正式に国が存在を認めた。呪いを受けた者も極刑にはならない」

「え!!」


 エリアス様の言葉に私は驚いた。


「後はレナ嬢、ちょーっとだけ協力してくれる?」

「へっ?」


 アクセル殿下が両手を合わせながらウインクした。


「兄上にこれから会ってもらえる?」

「え……えええええ――?!」

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