第38話 またしても

「レナを離せ!!」

「エリアス様……!!」

「な、何であなたがここに……」


 医務室に勢いよく入って来たエリアス様に、メイソン様は驚いて、私から手を離した。


 バキッ!!と同時に音がしたと思うと、ベッドサイドで倒れ込むメイソン様。


「レナ!!」


 呼ばれた声に視線を戻す前に、私は手を取られ、ベッドから逞しい胸の中へとストンと下ろされる。


「エリアス、様?」


 いつもの優しくて大きな手が、私の頭を撫でる。


「レナ、来るのが遅くなってすまない!」


 エリアス様はそのままぎゅう、と強い力で私を抱き締めた。エリアス様の表情は見えないけど、心配してくれているのが伝わってきて、私は堰を切るように泣き出した。


「レナ、本当にすまない」


 泣きじゃくる私を強く抱き締め、耳元で顔をすり、と寄せるエリアス様。


「エリアス様……エリアス様……!!」


 彼の胸に顔を埋め、私は何度もエリアス様の名前を呼んだ。


 私を強く抱き締めながら、頭を優しく撫でてくれるエリアス様に私は安心して、涙が止まらなかった。


「レナ、何もされてないか?」


 身体を少し離し、エリアス様が顔を覗き込む。


 久しぶりに見るエリアス様の顔。


(ああ、好き……)


「レナ?」


 心配そうに覗き込むエリアス様にハッとする。


「あ! エリアス様こそ、大丈夫なんですか?! 身体は? 議会は?!」


 聞きたいことがいっぱいある。まとまらないまま矢継ぎ早に聞く私にエリアス様は優しく笑った。


「まったく、君は……。俺のことより、レナのことだろ」

「エリアス様だって……」


 呆れたような口ぶりだけど、その表情は優しい。


「俺は君のおかげで大丈夫だ。議会も……心配するな。レナはあいつに何もされなかったか?」

「はい」


 エリアス様の優しい金色の瞳に吸い込まれそうになりながらも、私は返事をする。


「本当に?」

「本当です!」


 何故か真剣な顔で聞き返すエリアス様に私はめいいっぱい返事をする。


「レナは、俺の専属メイド……だよな?」


 確かめるように、でも有無を言わせないような圧力でエリアス様は言った。


 でもそれはメイソン様の物とは違う。私にはそれが心地良い。


「はい……。私はエリアス様だけの物です」


 自分が凄い発言をしたことに、エリアス様の顔が赤くなったことで気付いた。


「あっ、えっと……あの、今のは!!」


 一生懸命言い訳を考えようと口を開くと、エリアス様は私の唇に手をそっと置いた。


「エリアス様?」


 見上げた彼の瞳は熱っぽく、エリアス様は何も言わずに私の頬に手をやる。


「あいつに触らせるつもりは無かった……」


 苦しげな表情を見せると、エリアス様の顔が近付いて来た。


「エリアス様……」


 ギュッと思わず目をつぶると、医務室の入口から陽気な声が響く。


「エリアスー、もう入って良い――? ……おや」


 声の主、アクセル殿下の方に顔を向ける私たち。


 私は恥ずかしさで顔を赤くさせ、口をぱくぱくとさせる。


 そんな私の顔を隠してくれるエリアス様の身体は震えていた。


「おっ、まえ……わざとだな?」

「いやいや、エリアス、レナ嬢とイチャイチャする前にやることあるでしょー?」

「イチャイチャ……」


 アクセル殿下のパワーワードに私の顔は増々熱くなる。


「さて、残念だったね? シクス伯爵んとこの悪徳令息くん?」


 ベッドサイドに倒れ込むメイソン様を見下げながらアクセル殿下はにっこりと笑った。


 エリアス様に殴られ意識を飛ばしていたメイソン様は、ぼんやりとアクセル殿下を見上げると、驚いた顔を見せた。


「な、何故殿下がここに……! 議会は……、神殿は! カミラは何をしているんだ!!」

君の婚約者・・・・・のカミラ嬢なら、すでに窃盗と虚偽罪で騎士団に拘束済だよ?」

「……は?」


 慌てるメイソン様にアクセル殿下は不敵な笑みで答えた。


「いやー、うちの騎士団員を脅して・・・副団長付メイドのドレスを盗ませるなんてねえ。まあその証拠のドレスを着てのこのこ現れるとは思わなかったけどね?」

「?!」


 わざとらしく話すアクセル殿下にメイソン様が驚きの顔を見せる。


「あいつ……マテオとかいう騎士は、カミラに骨抜きにされていたはず……」


 余裕だった表情を崩し、メイソン様が焦りを見せている。アクセル殿下は飄々と話を続けた。


「馬鹿だねえ。カミラ嬢に全ての男が誘惑されると? 君はその点では彼女に任せすぎたね。こっちはマテオの妹に害が及ばないよう、彼にそう演技させただけだっていうのに。カミラ嬢はすっかり信じたみたいだったけど? よっぽど自分に自信があるんだろうねえ」

「カミラの方が騙されていただと……?」


 信じられないといった表情で呟くメイソン様。


 私も殿下の話に驚きで目を瞬く。


「はは! カミラに騙されていたのは私もですよ、アクセル殿下! まさか私の婚約者がそんなことをしていたなんて!」


 メイソン様は光の速さで姉を見限った。


(なんて最低な奴なの!!)


「カミラ嬢は、君の指示だと言っているけど?」

「ちっ、あの女……」


 メイソン様の手の平返しにも動ぜず、アクセル殿下が告げると、メイソン様は舌打ちをする。そして、居直る。


「証拠はあるんですか、殿下? あの女は、私とレナのことを妬んで虚言を吐いているのです! 実際、彼女はレナの悪評を流していたでしょう? 本当は愛し合っているんです、俺たち。だから俺とカミラの婚約も破棄されているでしょう?」

「な――」


 メイソン様のとんでもない嘘に、私はカッとなる。


 そんな私をエリアス様が制し、メイソン様の視界に映らないようにしてくれていた。


「それに、あなたの罪を救えるのは俺だけですよね、クレメント副団長?」


 気味悪く笑うメイソン様に、私はハッとする。


(そうだ、エリアス様は呪いのせいで議会で追及されているはず……)


「そこのレナが画策してあなたに呪いをかけたんです。カミラが拘束されたとしても、貴方は教会の監視下に入るはずだ。でも安心してください、レナは私の監視下に置き、二度と貴方に害をなすことはありませんし、副団長の地位も確約させますよ」

「まったく、よく回る口だねえ」


 ペラペラと話すメイソン様に、アクセル殿下は呆れて息を吐くと、笑った。

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