第36話 悪夢のような
あれから私は騎士団の医務室で目が覚めた。
いつの間にか医務室に設置されていたベッドに横たわっていた。
魔物討伐を終えた騎士団は森から引き上げた。重症者を出すことなく、皆無事だった。私を除いて。
帰りの馬車の中でエリアス様がずっと抱きかかえてくれていたらしいことはアクセル殿下に聞いた。そして、医務室に通って薬を口移しで飲ませ続けてくれていたことも。
アクセル殿下がニヤニヤとしながら言うものだから、私は恥ずかしくて仕方なかった。
そしてソフィアさんが衰弱していた私を聖魔法で癒やしてくれたことも聞いた。
色々な人のおかげで私は今生きている。
幸いにも私の薬とソフィアさんの聖魔法が相乗効果を生み、グリフォンの呪いに打ち勝ったようだ。それでも丸三日は寝ていたらしい。
エリアス様は、私が目を覚ましてから医務室に来ることはなく、お会い出来ていない。
『今、忙しいだけだから心配しないで』
アクセル殿下はそう言っていた。
早くエリアス様の元気な顔が見たい。
早る気持ちはあるものの、私はひたすら静養するしかなかった。
命を取り留めたものの、呪いがまだこの身に残っている。
(薬を飲んで、元気になったら私から会いに行くんだ!)
ふふふ、とエリアス様のことを想っていると、医務室の入口が開く音がした。
誰だろう?と視線をやると、そこには会いたくない人が立っていた。
「レナ、元気そうじゃない」
「おねえ、様……」
ベッドから上半身を起こし、私は身構える。
「あんた、またやったみたいね? 気持ち悪い力ね!」
嫌悪感を出しながら言い放つ姉の装いを見て、私は驚愕した。
「お姉様……? そのドレスは……」
「ああ、これ? あんたより似合ってるでしょう?」
スカイブルーの生地に金糸で縫い付けられた綺麗な刺繍。見間違えるはずがない。
「それは私がエリアス様に貰った……!」
バシッ
叫んだ瞬間、姉の平手が飛んできた。
久しぶりの感覚に、何が起こったのかわからない。
「あんた、やっぱり副団長様に取り入っていたのね」
冷ややかな姉の視線が間近まで来ていた。
「三男といえど、公爵家で騎士団の副団長で、アクセル殿下の腹心の部下ですものね」
姉は口元を歪ませると続けた。
「自分に振り向かないとわかったあんたは、副団長様にその力を使って呪いをかけたのよ。そうね、あの野心家のマテオと言ったかしら? あの男と共謀してね」
「何……を言っているんですか?」
信じられないでっちあげが姉の口から出てきた。姉は私を無視して続ける。
「今、副団長様は呪いを隠していたとして議会にかけられているのよ。もちろんメイソン様も出席されているわ」
「え――」
知らなかった。アクセル殿下は教えてくれなかった。私を心配させまいとしてくれたのかもしれないが、彼はいつも通り変わらなかった。
そんな私の様子を見て、姉が嬉しそうに微笑んだ。
「レナ、あんた知らなかったのお? このままいくと、副団長様は極刑ねえ」
「!!」
姉の言葉に私はギリ、と歯を噛みしめる。
「だから、あんたが呪いをかけた犯人として罪を申し出るのよ」
「?!」
姉の歪んだ笑顔に恐怖を覚えながらも私は首を振る。
「私は副団長様の呪いを解いた聖女なの。神殿が彼の身柄を引き取れるよう議会に進言が提出されている頃よ」
私は無意味なことだとわかりつつも、首を振り続ける。
「ありがとう、レナ。私はメイソン様より素敵な伴侶を得られそうよ」
姉の発する言葉に思考が追いつかない。
「これからこのドレスで副団長様を迎えに行くのよ! 神殿がすぐに婚約式を行えるように手配しているわ」
「そんなこと……」
「出来るのよ。だって副団長様は、私の手を取らないと極刑なんだから」
私の言葉に被せるように姉は強く発した。
「さあ、レナ、あんたは自分可愛さに副団長様を見捨てられるのかしら?」
姉の言葉にボロボロと涙が落ちた。泣きたくなんてないのに。
「マテオだけは……巻き込まないでください。お願いします……」
私は姉に向かって頭を下げた。
「ふふ、ふふふふふ! あの騎士は私に心酔しているからまだ使い道はあるかもねえ? ドレスも簡単に盗み出してくれたわ! そうね、いいわ。レナ、あんたが全ての罪を認めるならね!」
美しい姉の顔は、その愉悦の表情で悪魔に見えた。
(ドレスを盗んだのはマテオだったんだ……)
悲しみが心に広がる。
この国の呪いに対する理解、メイソン様と神殿の独壇場になっているだろう議会。
私には為す術もない。
「わかりました……。だから、お願いします」
再び頭を下げた私の頭上では、姉の高らかな笑い声だけが響いていた。
「ああ! あの冷静無慈悲な綺麗な顔が私に跪くと思うと、ゾクゾクするわあ!」
「……メイソン様はお姉様と婚約破棄しても良いと?」
エリアス様への侮辱は聞き捨てならず、私は頭を上げると、お姉様を見据えた。
「メイソン様はあんたと婚約するそうよ? 良かったわね、レナ」
「は?」
私の反抗的な瞳には一切反応せず、姉は淡々と答えた。
「アクセル殿下がいるから手出し出来なかった騎士団を、今回のことで篭絡出来るって喜んでいらしたわ!」
「だからって何で私を……」
困惑する私に姉は楽しそうに言った。
「あんた、立場わかってんの? これからあんたは犯罪者になるのよ? 本来なら極刑よ? それをメイソン様が監視下に置くことで免除してもらえるのよ? 良かったわねえ。メイソン様のためにこれから
ざあ、と血の気が引いた気がした。
(そういう、ことか)
メイソン様は恐らく、私の呪いを治す薬の存在を知ったのだろう。それに加えて私の力を使えば、色んなことが思うままだろう。
想い合う茶番を繰り返していた二人だけど、メイソン様なら姉の本性くらい気づいていたかもしれない。その上で姉を操り、騎士団を狙っていたんだ。
(このままメイソン様の思い通りにさせちゃダメだ!)
そう思うのに、私にはどうにも出来ない。
せめてアクセル殿下に相談したいけど、彼も議会に出席しているだろう。
頭を悩ませているうちに、首謀者がこの部屋にやって来てしまった。
「やあ二人共、迎えに来たよ」
「メイソン様……」
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