第33話 魔物討伐
五日後、王都から騎士団が魔物討伐のために出発した。
私は後方部隊の人たちと馬車に乗り込み、二年前の森まで移動した。
二年前のことを踏まえ、聖女も多く同行するべきなのに、神殿から派遣されたのは数人だった。
「今の騎士団なら負傷者を出さずに行けるかもね」
「油断はするなよ」
出発前、いつも通り明るく軽口を叩く殿下にエリアス様が釘を刺していた。
先陣を切る選抜隊にはユーゴやミラー、そしてマテオがいた。
あれからエマちゃんも私の元へは来なくなり、マテオとも顔を合わせなくなっていた。
マテオは騎士団の訓練にはきちんと顔を出していて、私だけを避けているようだった。
(マテオとはせっかく仲良くなれたと思ったのにな)
いとも容易く崩れてしまった信頼関係に悲しくなる。
(薬、多めに渡しといて良かったけど、エマちゃん元気かなあ?)
天使のような笑顔にも会えなくなってしまい、寂しい。そして彼女の病気が心配だった。回復してきてはいたけど、最後まで視たかった。
「着きましたよ」
ぐるぐると悩んでいるうちに、馬車は森の入口に着いた。
馬車停めになる広場は、二年前、エリアス様と出会った場所でもある。
馬車を降りて、変わらない風景に懐かしさを覚える。
先に到着していたアクセル殿下とエリアス様が奥に張られたテントの前で地図を広げながら何やら話していた。
ここを拠点に森の中へと入っていく。後方部隊もここに残る者と、後ろを付いて行く者たちに分かれる。もちろん、私は付いていく方だ。
「レナ」
アクセル殿下と話し終えたエリアス様が私を見つけて走り寄って来た。
「エリアス様」
私もエリアス様に駆け寄る。
「レナ、ここからは危険な戦いになる。くれぐれも、前には出るなよ?」
「それ、何度も聞きましたよ? エリアス様」
心配性なエリアス様に思わず笑って返すと、彼は真剣な瞳のまま私の頭に手を置いた。
「レナは人を助けようとする時、周りが見えなくなるからな。俺は心配だ」
金色の瞳を揺らめかせ、私を覗き込む真剣なエリアス様に私の心臓が大きな音を立てる。
「エ、エリアス様も!! 無茶はダメですからね?!」
心臓の音がエリアス様に聞こえないように、私は少しだけ大きな声で言った。
「はは。レナに心配されていてはダメだな」
「どういう意味です?!」
真剣な表情を緩め、エリアス様が私の頭の上の手をくしゃっとさせる。
笑うエリアス様にむくれた顔を向けていると、彼の手が私の頬へと下りる。
「俺は皆の命を預かる副団長だからな。全員、無事に生きて帰す。レナも、俺もな」
「エリアス様……」
「レナが鍛えた騎士団を信じろ」
「……はい!」
「ここ戦場ですよ、お二人さーん」
見つめ合う私たちの間に半目で入ってきたのは、アクセル殿下。
「お前はいつもタイミングが良いな?」
「エリアスこそ、周りが見えないのはレナ嬢の影響かな?」
にこやかに睨み合うお二人。
私はエリアス様に触れられた頬が熱くて、冷ますように自分の手で覆った。
「じゃあレナ、後で」
「はい」
必ず無事に帰る、という約束のようで、エリアス様の言葉が嬉しかった。エリアス様とアクセル殿下と手を振って別れると、遠巻きに見ていた聖女たちがわっと私の周りを囲んだ。
「ねえ、あなたそのお仕着せって、副団長様の……?」
「あなたがお茶汲み係って噂のあの悪女?!」
今日は聖女用の支給ローブではなく、エリアス様付のメイド用のお仕着せを着ている。
聖女たちは容赦なく質問を浴びせてきた。
(いつも遠巻きに悪口は言われてきたけど、直接言ってくる人はいなかったなあ)
「あなた、凄いのね!」
「へっ?」
直接、悪女だの何だの言われるのかと思えば、聖女たちは目を輝かせて私を見ていた。
「あの冷徹無慈悲な副団長様にあんな顔をさせるなんて!」
「もしかして良い仲なの?」
「いや、私はただのメイドで……」
私がそうさせているのではなく、エリアス様が優しいのは元からだ。皆、その顔を知らないだけで。
「じゃあ、信頼されているのね!」
「そりゃそうよ、あの副団長様の専属メイドなんだから!」
聖女たちはキャッキャと楽しそうに話している。
「あのー――?」
置いてきぼりな私の顔を見ると、聖女たちは笑顔で言った。
「あ、ごめんなさい。噂だけが大仰で、実際に会ってみるとやっぱり違うなって」
「やっぱり?」
信じられない、と顔に出した私に、聖女の一人がにっこりと笑って言った。
「だって、魔物討伐に率先して参加出来る人がそんな悪女な訳ないもの」
(あ……)
じわじわと温かいものが胸に込み上げてくる。
もう一人の聖女が続けて言った。
「むしろ魔物討伐を拒んでいるカミラ様が、あなたのことを悪く言い続けていることに不信感を持つわ」
アクセル殿下のおかげで、私の噂を信じない人が出てきていたのは知っていた。でも面と向かって、直接言われると嬉しくて実感する。
「ありがとう……ございます」
思わず涙ぐんで聖女たちにお礼を言った。
「何でお礼?」
「一緒に騎士団をサポートしましょうね!」
そんな私に、笑顔で聖女たちは手を握ってくれた。
私も笑顔で彼女たちに返した。
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