第32話 約束

「レナのおかげで全員、力の底上げが出来ている。これなら五日後の討伐に多くの者を連れていけるな」


 あれからエリアス様も訓練に合流し、その様子を見守りながら言った。


 確かに全員の魔力の流れを視るようになって、アシル様が指導されるようになって、全体の力が上がっている。


「例の森に、行くんですか?」


 二年前、大規模な魔物討伐と言われたグリフォン討伐は成功したものの、多くの怪我人を出し、アシル様の引退のきっかけになった危険な場所。


「心配するな、今の騎士団なら大丈夫だ」


 心配が顔に出ていたのだろう。エリアス様は私に微笑むと、頭を撫でてくれた。


「じゃあ、私が一緒に行っても良いですよね?」

「レナ?!」


 私の言葉にエリアス様の顔が険しくなる。


「聖女だって同行するんだから、私が一緒に行っても良いはずです!」

「危険だ!」


 一緒に連れて行って欲しい私の懇願をエリアス様は一蹴する。でも私だって引き下がれない。


「だからです! 二年前、アシル様は呪いを受けていました。恐らく、グリフォンからです。いくら回復したからって、エリアス様の呪いだってどうなるか……」


 私の薬でエリアス様の呪いは順調に消滅しつつある。この厄介な呪いは身体に棲み着き、しぶとく居座る。エリアス様の呪いが消えるまであと少し。そんな時に、あの森の討伐なんて心配に決まっている。


「エリアス様に何かあったら私……」


 嫌な想像をして思わず涙ぐむ。


 エリアス様を助けたくて。エリアス様に恩返しがしたくて。エリアス様の役に立ちたくて。


(ううん、私はただエリアス様の側にいたい。残り少ないあなたとの時間、離れてなんていたくない! 何かあった時にすぐに助けられるように)


「レナ、わかったから泣かないでくれ……」


 ぐっと見つめた私の顔に手を添え、エリアス様が涙を拭ってくれた。歪んだ視界がクリアになっていく。


「俺は、君に泣かれると、弱い……」


 エリアス様が困ったように微笑む。


「じゃあ、泣き止むので連れて行ってください」


 困るエリアス様にキュンとしつつ、私はもう一押しする。


「わかった」


 エリアス様は覚悟を決めた顔で言った。


「確かにレナが来てくれたら助かる」

「エリアス様!」

「ただし、後方から動かないこと! 約束してくれ」


 エリアス様のお許しが出て、顔を輝かせた私に彼が釘を刺す。


「エリアス様も絶対に無事で帰って来てくださいね?」


 私の元に。心の中でそう願った。


 最後のお別れは笑い合ってがいい。私が騎士団を去る時は。


「約束する。けして命を投げ出さないと」


 国民のために命をかけるのが当たり前だと言っていたエリアス様は、私にそう言ってくれた。


 嬉しくて私はまた涙が出てしまう。


「レナ……泣き止む約束だろ」

「ごめんなさい、エリアス様……」


 呆れながらも優しく頭を撫でてくれるエリアス様。その心地よさに涙がとめどなく溢れる。


「レナ、魔物討伐が終わったら、また出かけないか?」

「へ?」


 エリアス様は私の頭を撫でながら続けた。


「その時はあのドレスをまた着て欲しい」

「エリアス様……」


 ドキドキしてエリアス様を見つめれば、彼は優しい表情で目尻に残った涙をすくい取った。


「泣き止んだな」

「あ……」


 ふわりと笑うエリアス様に心臓が煩い。


 エリアス様は私の涙を止めるために言ってくれたのかもしれない。でも私はそれが嬉しくて。


「お二人さーん、訓練中ですよー?」


 いつの間にか目の前にいたアクセル殿下を振り返ると、休憩に入っていた騎士たちの視線が一斉にこちらに集まっていた。


「?!?!?!」


 皆、生暖かい表情でこちらを見ている。


「お、お水持ってきますね!!」


 恥ずかしくていたたまれなくなった私は、その場から急いで離れた。


「エリアスさあ、わざと? わざとなの?」

「そんなわけあるか!」


 訓練場を後にする背後では、エリアス様とアクセル殿下がわちゃわちゃと何やら言い合っていた。


「副団長、ちょいちょい牽制するしな」

「副団長も男なんだな」

「冷徹無慈悲の男をあんなふうにさせたレナさん、すげえ」


 騎士たちの間ではそんなことが囁かれていたが、私には知る由もない。


(もー、エリアス様の無自覚タラシ!!)


 赤い顔を押さえながら訓練場を出ると、騎士たちの入口から入っていくマテオを見かけた。


(あれ、マテオ、訓練してたんじゃないの?)


 そういえば見かけなかったな、と思いつつ、エマちゃんもいつの間にか帰っていた。


 さっきのことがあってマテオには声をかけずらく、私は水のついでに薬をチェックするべく、医務室に足を向けた。


「うーん、魔物討伐に行くならあれとあれも必要か……」


 医務室で必要な薬をメモすると、私は自室に向かった。


 薬の調合は自室に簡易な調合室を作ったので、そこで行っていた。エリアス様の薬をすぐに出すためにでもある。


 調合済の必要な薬を籠に詰め込み、ふとクローゼットに目がいく。


『魔物討伐が終わったら、また出掛けないか?』


 エリアス様の言葉が蘇る。


 ふわふわとした気持ちで、私はそっとクローゼットを開けた。その約束が嬉しくて、エリアス様が贈ってくれたドレスが見たくなった。


「え――――」


 クローゼットを開けた私は驚きで目を見開いた。


 そこにあるはずのドレスが無い。


「確かにここに仕舞ったのに!!」


 ここに来た時のドレス、メイドのお仕着せ、それらが並ぶハンガーをかき分け、必至にクローゼット内を見渡す。


「無い……」


 呆然とクローゼットの前に立ち尽くす私。


(この部屋に出入りするのは私だけ……鍵だってかかっていたのに……)


 盗まれた、ということが頭をよぎったが、ここは騎士団内だ。ありえない。ましてや騎士にそんな人はいない。


 とりあえず薬を持って医務室に戻る。フラフラとした足取りとぼんやりとした頭で辿り着く。


「レナ嬢」


 医務室に辿り着くと、アクセル殿下が椅子に座って待っていた。


 その声に思わずびくりと身体を揺らしてしまった。


「殿下?! どこかお怪我でも?」

「いやいや、レナ嬢の帰りが遅いから様子を見に来たんだ」

「え……」


 慌てて殿下に近寄り、彼の身体を見渡すも、元気そうに返事が返ってきた。


「本当はエリアスが行くって言ってたんだけど、その役目、団長権限で奪って来ちゃった」


 パチンとウインクしてみせた殿下に思わずホッとした笑みが溢れる。


「レナ嬢、何かあった?」


 するどい殿下は私の表情から察し、言い逃れ出来ないように至近距離で問い詰めてきた。


「あ、あの……実は……」


 私はごまかすことも出来ず、ドレスが無くなったことを説明した。


「ふうん、なるほどねえ」


 私の話を聞いてなぜかニヤリとしている殿下。


「ねえレナ嬢? この件に関しては、俺に任せてくれる?」

「へっ」


 殿下はニヤリとしたまま言った。


「それにレナ嬢もエリアスに、このこと知られたくないよねえ?」


 確かに、エリアス様から貰ったドレスが無くなった、なんて言えない。しかも魔物討伐出発前の彼に余計な心配をかけたくない。


「俺に任せてくれたら、きっと上手くいくよ?」


 自信たっぷりに微笑む殿下。


 殿下ならきっと何とかしてしまえるのかもしれない。そう思った私は、殿下の申し出に甘えることにした。


「はい。アクセル殿下、どうかよろしくお願いいたします」

「うんうん、任せといて」

 

 私が深く頭を下げると、殿下は嬉しそうに笑った。



 


 

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