第29話 お仕置きとお仕事と
「レナ?」
「ご、ごめんなさい!! エリアス様!!」
医務室へとやって来たエリアス様は、何も言わず私の手を取るとその場を後にした。
マテオはポカンと私たちを見送っていた。
途中何度か声をかけたけど、エリアス様は振り返らずにズンズンと上に進み、気付けば彼の執務室へとたどり着いた。
私は手を引かれるまま執務室へ入ると、扉が閉められた瞬間、エリアス様の腕で扉とエリアス様に挟まれてしまった。
「何で謝るんだ?」
「だ、だだだだだって……」
反射的に謝罪した私を問い詰めるエリアス様。
というか、距離が近いです!!!!
なぜだか怒っているエリアス様は怖いけど、それよりもこの距離の近さに心臓が煩い。
「今度はマテオと仲良くなったみたいだな? レナは俺の専属メイドじゃなかったか?」
顔を近づけ私を尋問するエリアス様。
(私を殺す気ですか!!)
私の顔は今、とても赤いに違いない。私は顔を背けて必死に言葉を絞る。
「エ、エリアス様の秘密は厳守しています!! マテオとは和解できたし、彼の妹さんが……!」
「妹?」
エリアス様の顔が少しだけ遠のき、安堵する。
「マテオは妹さんが病気で神殿通いをしていたんです。だから疲弊していて……」
「それで?」
問いただすようにエリアス様の顔がまた近付く。私は顔を見れないまま答える。
「妹さんの病気を私が治してあげられないかと……」
そう言うと、エリアス様からため息が漏れる。
「ご、傲慢な考えなのはわかってます! 聖女じゃないのに私なんかがって……。でも、私に力になれることがあるなら、助けになりたいんです! もちろん、エリアス様のことも怠りません!!」
言った!とエリアス様の顔をちらりと見る。
彼は俯かせた顔をこちらに向け、いつもの優しい顔でふわりと笑った。
「まったく、君は……」
「エリアス様、じゃあ……」
私のすることを肯定してくれている表情に嬉しくなる。
「でも、お仕置きは必要だな?」
「へっ……」
エリアス様のその表情は見たことのない意地悪な表情になり、私はどきりとする。
「な、何の……」
「君が、俺だけのメイドだとわからせるための」
真剣な瞳のエリアス様の顔が言葉と共に私に近付いて来た。
(え、えええええええ)
まるでキスされるような体制に、私の身は固くなる。
ドアとエリアス様に挟まれた私は文字通り動けない。
あと数センチ、という所までエリアス様の唇が迫り、私はギュッと目をつぶった、そのとき。
「エリアスー、この書類だけどー」
私が縫い留められていた方と逆の扉が、アクセル殿下の陽気な声と共に開いた。
「あれ、邪魔したかな?」
「お、まえ……わざとだろう……」
私を縫い留めたまま、顔をアクセル殿下に向けるエリアス様の声が怒りで震えていた。
私はというと、何が起こったのか理解出来ず、頭から湯気を上げて固まっていた。
☆
「ああ、マテオね。彼も苦労人だよねー」
改めて応接セットに座るアクセル殿下とエリアス様にお茶を出すと、私は殿下に説明をした。
殿下はやっぱりマテオの事情を知っていたようだった。
「それなら私に言ってくれれば……」
アクセル殿下に文句を言えば、私は逆に言い返されてしまった。
「言ってどうなるの? 君は、言われた人を片っ端から見ていくわけ?」
「おい!」
殿下の厳しい言葉にエリアス様から制止が入るが、殿下は気にせず続けた。
「そんなことして君の能力が漏れてごらんよ? シクス伯爵令息に利用されるだけじゃ済まないよ?」
「でも……私は目の前で困っている人がいたら助けたいです」
「君が命を落とすことになっても?」
「!」
殿下の言葉に私は口を結んだ。
私の能力があればどんな病や怪我だっていざとなれば吸い取って治せる。でも直接吸い取れば、何が私の命を奪うかわからない、諸刃の剣でもある。今までは運良く命までは落とさなかっただけで。
深刻な顔になった私に、殿下はふう、と優しい表情になる。
「そんなんじゃレナ嬢の命がいくらあっても足りないでしょ。エリアスには簡単に命かけるな、なんて説教しておいて」
「あ……」
アクセル殿下は私のことを第一に考えてくださっていたのだとわかり、申し訳なくなった。
「レナ、君は人のことになると周りが見えなくなるな」
「ごめんなさい……」
私の隣に座るエリアス様が優しい表情で私の頭を撫でる。
「俺は、君自身も大切にして欲しいと思う。これまで虐げられてきたかもしれないが、俺もレナを大切にするから」
「エリアス様……」
エリアス様の優しい言葉にジーンとしてしまう。
(女神様……! こんなに優しいエリアス様のお側にいさせてくれてありがとうございます!!)
感動で心の中で私は天を仰いだ。そんな私たちを見たアクセル殿下がとんでもないことを言った。
「ねー、君たち付き合ってんの?」
「なっ?!」
殿下の発言に私とエリアス様は光の速さで殿下を見る。
私はエリアス様を困らせないため、彼が口を開く前に急いで否定した。
「わ、私はエリアス様のただのお茶汲み係ですから!!」
「え、何それ」
「レナ……」
必死に叫んだら、二人に本気で呆れた顔を向けられてしまった。
「え、だって……」
エリアス様は聞いてたけど、私は改めてマテオから聞いた私の今の噂を殿下に説明した。
「はーん、シクス伯爵令息の仕業だねえ」
「メイソン様が?」
私の説明を聞いたアクセル殿下は、ソファーの背もたれに倒れ込むと、王城での現状を教えてくれた。
「メイソンのやつ、レナ嬢を取り戻そうと躍起になってるらしい。レナ嬢の悪評を流しているのはあいつだし広まってはいるんだけど、同時にレナ嬢は本当にメイソンの愛人なのかと疑問視されてもきているよ」
「え?!」
思わぬ噂の流れに私は驚いた。
「だってさあ、レナ嬢は今騎士団にいて、メイソンとは離れているでしょう? 取り戻そうと躍起になってるのはアイツの方だよ。レナ嬢が本当に悪女で姉から婚約者を奪おうとしているなら、アイツの元に戻るでしょう」
「なるほど……」
殿下の説明に感心していると、エリアス様が口を挟んだ。
「お前が蒔いたんだろ……」
「あ、わかった? まあ、わざとメイソンを焦れさせて弄んでるっていうメイソン擁護派もいて、進捗は半々かな?」
アクセル殿下はケロッと言った。
アクセル殿下が私の悪評を変えようと手を回してくれたらしい。
「殿下、ありがとうございます……!」
私は感動して殿下にお礼を言った。
「レナ嬢には騎士たちが世話になってるし、大切な騎士団の仲間だからね」
私の謝辞に殿下はパチン、とウインクをしてみせた。
「そうだぞ、レナ。だからお礼を言う必要はない」
「あー、ひっどい、エリアス!」
騎士団員として私のことも大切に扱ってくれるお二人に、胸が熱くなって、私はまた泣きそうになってしまった。
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