第28話 マテオ

 選抜戦が終了し、頂点に立ったユーゴにはアクセル殿下から特別賞与が手渡される。


 皆に囲まれ、拍手を贈られるユーゴ。照れくさそうだけど、満面の笑みで応えていた。


 そんな中、マテオがひっそりと後ろから訓練場を後にするのが見えたので私は追いかけた。


「マテオ!!」 


 訓練場の外に出た所で彼を捕まえる。


 マテオはチッと舌打ちをしてこちらを見た。


「何だよ……ユーゴが勝ったんだからいいだろ。俺はいい恥晒しだ」

「そんなのどうでもいいから、ちょっと来なさい!」

「はあ?!」


 ふてくされるマテオを引きずり私は医務室へと向かった。


「はい、これ飲みなさい!」


 私に大人しく引きずられて来たマテオを椅子に座らせ、私は疲労回復薬を差し出した。


「なっ……俺を殺す気か?!」

「失礼ね!! これでも薬室で研究してるれっきとした薬師よ、私は!」


 身構えて薬を受け取らないマテオ。心配してるのに、なぜかケンカ腰になってしまう。


「あなた、何でそんなに疲れてるの?」

「!」


 私の的確な指摘にマテオは口を噤んだ。


「ミラーの手を治したのもお前だったな……」


 マテオはそう言うと一気に薬を飲み干した。


「にっ……が……!」

「不養生してるからよ!」


 マテオが顔をしかめながらこぼした文句に、私はお説教気味に言った。


「なあ、お前なら、俺の妹を治せるか……?」

「え?」


 椅子に座るマテオが上目遣いでこちらを見た。珍しく殊勝な態度に私は目をパチクリとする。


「いや! 何でもない!」


 そう叫ぶと立ち上がったマテオの服の端を私は掴む。


「詳しく教えて?!」


 私はマテオをまた椅子に座らせて、事情を聞いた。



「ええ?! 毎日神殿に通ってるの?」


 マテオには病弱な妹さんがいるらしい。一通りの話を聞いた私は、マテオに向かい合うように座った椅子から思わず立ち上がった。


「ああ。聖女に診てもらえるのは僅かな時間だ。あんなに人がいるのだから当然だが……」


 マテオはバツが悪そうに、でもちゃんと話してくれた。


(だから遅刻してるのね?)


 マテオは毎朝早くに妹さんを抱えて神殿に通い、妹さんを家に届けてから騎士団に来ているのだ。


 マテオの話に腑に落ちる。というか、これはアクセル殿下も絶対に知ってるやつだ。やっぱり食えない、と思う。


「通い続けなきゃいけないくらい妹さん、悪いの?」


 それよりも今はマテオである。私は椅子に座り直して彼に聞いた。


「ああ。昔から身体が弱かったんだが、薬では発作が治まらなくなってきてな。王太子殿下の政策のおかげもあって、神殿で聖女に診てもらうようになった」


 神殿ではお金を持った貴族たちが優遇されている。本当に診てもらいたいマテオの妹さんのような人が大勢いるのだ。


 その事実を間近に目の当たりにして胸が痛む。


「どんな病気も一発で治してしまうという次期大聖女様とやらに診てもらえたら一番良いんだろうが……」


 マテオが苦い顔で言った。


(ああ、次期大聖女お姉様には大金を積まないとたどり着かないもんね)


 神官長は寄付金を積む貴族しかお姉様に通さない。お姉様は他の聖女よりも多くの人を癒やしてはいるが、はっきり言って緊急性のある人はあまり来ない。


 神殿通いが必要な患者さんたちは他の聖女に充てがわれ、そうして神殿は小銭を稼いでいるのだ。お姉様に会いたい貴族たちはたいして悪くなくても大金を積んでやって来る。それに神官長は味をしめているのだ。


 王太子様の政策で一般市民も安価で聖女に診てもらえるようになったけど、神殿のそういったお金主義がしわ寄せになり、本当に診てもらいたい人たちが苦しんでいる。


(ああ、私に聖女の力があれば良かったのに)


 ギュッとお仕着せの胸元を掴んで私は俯いた。


「それで……ミラーのようにお前の薬で何とかならないか?」


 マテオは縋るような瞳で私を見た。


 私のことなんて嫌いだろうに。悪評のある私に縋らなきゃいけないほど切迫しているのだ。でもそれはマテオが妹さんを大事にしているということ。


(いいなあ、妹さん。お兄さんにこんなに想われて)


 私はマテオに笑顔を作ると、立ち上がった。


「私に任せて! とりあえず、妹さんに会わせてくれる?」


 私の言葉に、マテオの顔が安堵で緩んだ。


 私が妹さんの魔力の流れを視て、的確な薬を処方する。薬でダメなら、私がその病を吸い出せば彼女は治るもの。


(聖女の力じゃないけど、私にも人を救える力があるんだ!)


「お前って、誰にでもそうなわけ?」


 握りこぶしを作り、気合を入れていた私にマテオが言った。


「へ??」


 何のことかと彼を見れば、いつも意地悪い顔だったマテオの顔が、優しい兄の顔に変わった。


「いや、何でもない、ありがとう」

「ええええ?!」

「なんだよ?!」


 マテオの素直なお礼につい驚愕してしまう。


「いや、マテオって私のこと良く思ってないかと……」

「ああ……」


 マテオは私を見上げ、ガシガシと頭をかいた。


「その……悪かったよ。お前の噂だけで悪く言ってよ……」

「あ、そうだ! ユーゴにちゃんと謝るのよ?!」

「お前、今、賭けのこと思い出したろ?」


 ブハッと笑い出すマテオ。


 マテオの言う通り、私は賭けのことをすっかり忘れていた。


「だって、そんな疲弊して……どうしたかと思うじゃない?!」


 お腹を抱えて笑い続けるマテオに私は抗議するように前のめりになる。


(もう、失礼ね?! 心配したのに!)


「悪い、悪い……。ユーゴにもちゃんと謝るよ」


 笑い終えたマテオはまだ可笑しそうにして、屈む私に向き直ったかと思うと、真剣な表情になる。


「レナ」


(わ……、名前……)


 お前とか悪女とかお嬢さん、だったマテオが私の名前を呼んだ。私は嬉しくてにんまりする。


「レナ、お前……」


 マテオは顔を覆ったかと思うと、すぐに私の方へ向いた。


「へ?」


 どうしたのかと首を傾げる私の髪にマテオの手が伸びてきた、かと思うと、


「コホン……」


 咳払いにマテオの手がピタリと止まり、固まった。


 声の主を振り返れば、入口に怖い顔をしたエリアス様が立っていた。

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