第30話 天使との時間
「レナお姉様――!」
「いらっしゃい、エマちゃん!」
青い髪がお人形のように可愛い女の子が私をめがけて走ってくる。
「待て、エマ、あんまり走るな」
その後ろを慌ててマテオが追い付いてきた。
可愛いエマちゃんはすっかり私の腕の中でぎゅーっと私を抱き締めている。
(か、可愛い!! マテオの妹とは思えない!)
私は失礼なことを思いながらも、目の前の天使にメロメロだ。
「じゃあ、頼むわ」
「はーい、いってらっしゃい!」
「お兄様、いってらっしゃーい!」
マテオは私にエマちゃんを預けると、訓練へと向かって行った。私たちはそんな彼を見送った。
エマちゃんを助けたい、という私の願いを叶える形で、アクセル殿下はマテオに彼女を騎士団に同行させることを許可してくれた。
『レナ嬢を外に出すわけにはいかないしね?』
そう言って各方面に手回ししてくれたアクセル殿下。本当に感謝しかない。マテオも騎士団にエマちゃんを連れて来ればいいので、遅刻もしなくなった。
「さてエマちゃん、今日もお身体見せてくれる?」
「うん!」
目の前の天使は私に元気よく返事をすると、ぎゅっと手を握ってきた。
そんな可愛いエマちゃんを連れて医務室に入り、私は彼女の身体を視た。
「うんうん、お薬ちゃんと飲めてるみたいだね? 偉いぞ」
「えへへ」
エマちゃんの頭を撫でると、可愛い笑顔で返してくれた。
マテオが最初エマちゃんを連れてきた時、彼女は聖女の治癒で命を取り留めてはいたものの、魔力がかなり弱っていた。
彼女の病気は複雑なようで、喉や肺、身体の至るところで魔力が停滞していた。マテオが薬じゃどうにもならなくなっていた、という理由がわかった。
一つの薬じゃエマちゃんの病気には効かない。私は胸に塗る塗薬と、薬を何種類か出した。すると翌日にはエマちゃんは顕著に良くなるのがみえた。
『神殿に通っても顔色が良くなることはなかったのに……!』
マテオはかなり驚いていたが、すごく感謝もしてくれた。
それからエマちゃんは毎日私の元へと通っている。ここ数日だけでもかなり調子が良くなっている。
良かった、とニコニコとエマちゃんを見ると、あどけない顔で彼女が言った。
「ねえ、レナお姉様はお兄様のお嫁さんにならないの?」
「うえ?!」
天使のとんでもない発言に飛び上がる。
「ならないですから!」
「あれ、ユーゴ? ミラーもどうしたの?」
気付くとユーゴとミラーが医務室の入口に立っていた。
「レナさんを迎えに来たんですよ」
「アシル指南役もお待ちです」
「え? もうそんな時間?」
そう、あれからユーゴのいきなりの上達ぶりに驚いた騎士たちは彼からその秘訣を問い正した。
ずるい、俺も!という声が騎士団全員から上がり、正式に騎士団からアシル様に指南役をお願いすることになった。
アシル様からは「レナ嬢が補佐役で付いてくれるなら」と条件付きで了承を得た。
アクセル殿下からも懇願され、私は二つ返事で了承した。なぜかエリアス様は諦めたような、面白くなさそうな顔をしていたけど。師匠が取られるみたいで嫌なのかな?
「レナさんには備品管理のお手伝いもしてもらっちゃってすみません」
「何言ってるの! ユーゴだって選抜に選ばれたのにいまだにやってるでしょ!」
申し訳無さそうなユーゴに私は胸を叩いて言った。
騎士団のエースを倒したユーゴは自信をつけたけど、彼自身は変わらない。優しくて可愛い弟のままだ。
「ふ、敵にあらずね」
私たちのやり取りを見て、エマちゃんが何か難しい言葉を言っている。可愛い。
「何だとぉ?!」
「おい、子供相手にムキになるなよユーゴ」
エマちゃんの言葉になぜか怒るユーゴとそれを止めるミラー。この微笑ましい光景も日常になりつつある。
「私と一緒に行こー」
天使が私の手を取って引っ張るので、私の頬も思わず緩む。
「うん、行こっかー」
歩き出した私たち。エマちゃんは振り返ってユーゴにあっかんべーをしていたが、私は気付かない。
「強敵現る、だな、ユーゴ」
「くそー、妹を使うなんてずるいぞ、マテオ!!」
ユーゴとミラーが後ろで何か言っている。
(うんうん、平和でよろしい)
すっかり良くなった騎士団の空気に私はほんわかとしていた。それが嵐の前触れだとは気付かずに。
「おい、レナ」
「あれ、マテオ」
「あ、お兄様〜!」
訓練場の近くまで来ると、マテオが逆方向からやって来た。
「先に行ったんじゃなかったの?」
「いや、お前に客」
エマちゃんはマテオに飛びついて、抱っこされている。エマちゃんを抱っこしながら、騎士団塔の入口を親指でクイ、と指し示すマテオ。
「お客さん?」
私なんかに誰だろう?とすっかり油断した私は入口に向かった。ミラーはエマちゃんを連れて、訓練場に一足先に行って遅れる旨を伝えておく、と言って別れた。
私はマテオの案内で入口に向かった。
「レナさん、俺も一緒に行きます!」
ユーゴも心配して付いてきてくれた。
「騎士団内だから大丈夫なのに」
ユーゴにそう言いながらマテオの案内で入口まで着く。
「随分楽しそうにしているのね、レナ」
その声を聞いた瞬間、笑顔だった私は一気に青ざめる。
「カミラ、お姉様……」
マテオの正面にいたのは、綺麗な紫色の髪をかきあげ、妖しく微笑むお姉様だった。
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