第25話 選抜戦

「いよいよですね!」 

「朝から元気だな、レナは」


 選抜戦の日の朝。エリアス様の執務室で私は薬を出し終えた後、トレーを抱えながらガッツポーズをしてみせた。


「だって! 今日は選抜戦ですよ! あのマテオにぎゃふんと言わせてやるどころか、皆がユーゴを見直しますよ!」

「その様子じゃ、ユーゴの仕上がりは上々みたいだな?」


 薬を飲み終えたエリアス様が可笑しそうに笑う。


(うん! 薬の効き目もばっちり!)


 もうすぐ役目を終える寂しさがチラついて悲しくなりそうだけど、今日はそれどころじゃない。


「はい! アシル様のお墨付きですからね!」


 エリアス様はお忙しく、あれ以来顔を出すことはなかった。そんなエリアス様に私はしたり顔で答えた。


 ユーゴはあれからメキメキと力を付け、自身の魔力をコントロール出来るようになった。自信もついて、そんな彼があっという間に強くなるのはすぐだった。


 一緒に訓練していたミラーも舌を巻いていた。去年選抜されたミラーをも凌ぐ強さを身につけたユーゴ。


「あどけない顔が少し男の人っぽくなって……」


 しみじみとユーゴの成長に浸っていると、エリアス様の視線を感じて、彼に視線を戻す。


「レナはユーゴのことが好きなのか?」

「へっ?! 好き……ですけど?」


 なぜかふてくされた顔で謎の質問をするエリアス様。どうしたんだろう?


「それは男としてか?!」

「ええええ?! 仲間としてですが?!」


 まさか、そんなわけ!と私は力いっぱい答える。


(まさか、私が騎士団で浮ついていないか心配して……?)


「エリアス様、私、つねにエリアス様のメイドとしてのお役目は忘れてませんから!」


 ドン、と胸を叩いて高らかに宣言すれば、エリアス様は一拍置いた後、「それなら良い」とあまり納得していなさそうな顔で言った。


(エリアス様に軽蔑やがっかりされることだけは嫌だもん!!)


 そんなエリアス様に私は一生懸命騎士団のため、エリアス様のためになりたいのだと熱弁した。


「わかった、わかっている、レナ。俺が大人気無かった、すまない」


 根負けしたエリアス様がそう言ってくれて、私はようやく安心した。


(でも、何が大人気無かったんだろう?)


 疑問を残しつつも、私はエリアス様に付いて本日の会場である、一番大きな訓練場へと向かった。



「やあ、来たね」


 訓練場の観覧席にたどり着くとアクセル殿下が先に椅子にかけていて、私たちを出迎えてくれた。


「アシル様?!」

「師匠、いらしてくださったんですか」


 アクセル殿下の横にアシル様が立っていたので私たちは驚いた。


「最後まで見届けたくてね」


 そう言って微笑むアシル様。お願いは昨日の訓練までだったのに、義理堅くて優しいお方だ。


 団長席の隣の副団長席にエリアス様も座る。私は少し後ろに控えるようにして立った。


 この選抜戦、私も観覧させてもらえることになってありがたい。本来なら関係者以外立ち入り禁止だけど、エリアス様のメイドとして、そして賭けのこともあるのでアクセル殿下の権限で入れてもらえた。


「じゃあ、始めようか」


 アクセル殿下の言葉を皮切りに、ついに選抜戦が始まった。


 騎士団員たちが一堂に会し、圧巻だ。昨年の選抜メンバーで、なおかつ去年上位だったマテオやミラーは最終組らしく、ウォームアップをしながらも試合を見守っている。


 そんな中、ついにユーゴの一戦目が始まる。


(ユーゴ、頑張って!!)


 ユーゴの登場にマテオがニヤニヤと一番前で観戦している。


「どうせ今年も一回戦即負けだろ」


 マテオの言葉に周りの騎士たちも笑った。


(笑っていられるのも今のうちよ!)


 ユーゴは落ち着いていた。


 あのオドオドとしていたユーゴはどこへやら。


「始め!」


 審判を務める騎士の合図によってユーゴの相手がすぐに仕掛けた。


 笑いながら見ていた騎士たちは一瞬で青ざめることになる。


 合図と共にユーゴに切りかかったはずの騎士が、地面に倒れている。直ぐ側には剣を下ろすユーゴ。


「え……」

「今の見えたか?」

「いつの間に?!」


 ザワザワとする観衆。


 審判の騎士も呆然としていたが、すぐにハッとすると、高らかに叫んだ。


「勝者、ユーゴ!!」

「やったあああ!!」


 わっ、という歓声と共に、私も叫ぶ。


「レナ……」


 コホン、と咳払いをするエリアス様に我に返ると、あろうことか、私はエリアス様に抱きついてしまっていた!!


「す、す、すみません!!」

「いや……」


 急いでエリアス様から離れる私。エリアス様の顔も何だか赤い。


(うう、やってしまった。つい嬉しくて)


「レナ嬢、私にはいつでも抱きついて良いからね?」


 そんなふざけたことを言うアクセル殿下に冷ややかな目線を送ると、彼はエリアス様から小突かれていた。


 訓練場に視線を戻すと、ユーゴが力いっぱいこちらに向かって手を振っていた。


 私も満面の笑みで手を振り返した。


「え、まさかの伏兵?」

「うるさい!」


 謎のやり取りをするアクセル殿下とエリアス様は置いておいて、私は自信に満ちたユーゴの表情に嬉しくて、何度も手を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る