第24話 特訓 2

「あいつ、自分だけずるいよねー」


 更に翌日、アクセル殿下が訓練場にやって来た。ユーゴとミラーはかなり恐縮していたが、「気にしないで」と言う殿下と「続けるぞ」と言うアシル様とエリアス様の言葉で特訓は続けられている。


 アシル様と手合わせするエリアス様は生き生きとしている。


「いやー、あいつも元気になったなあ。実際、例の件はどうなわけ? レナ嬢」

「順調です!」


 アクセル殿下の問に元気よく答えると、殿下は満足げに微笑んだ。


 エリアス様の呪いは、毎日の薬が功を奏して、かなり弱くなっている。完治までもうすぐだ。


 ミラーの手はすっかり治ったし、ユーゴの特訓も順調だ。私が関わらせてもらったことが良い方向に進んでいて嬉しい。


「この選抜戦が終わったら、また魔物討伐に出なければならなくてね。どうやら二年前に討伐した森の様子がおかしくてね」

「二年前の……」


 私が死にかけた森だ。


 アクセル殿下の深刻な様子に、私もごくりと喉を鳴らした。


「はー、若いなあ」


 アクセル殿下と私の元にアシル様が汗を拭きながらやって来た。


 どかっと私の座る椅子に腰掛けると、アクセル殿下を見上げる。


「アクセル殿下、殿下も訓練に?」

「ははは、まさか。皆の様子を見に、ですよ」


 アシル様の問にアクセル殿下は笑顔で返した。先程の緊迫した空気がやわらいでホッとする。


「ところでずっと気になっていたんだが……レナ嬢はどうして騎士団に?」


 思い出したかのように今度はアシル様の質問が私に飛んでくる。


「レナ嬢の能力は素晴らしいですからね。騎士団を手伝ってもらっているのですよ」


 どう答えたものかと迷う暇もなく、アクセル殿下が変わりに答えた。


「……エリアスの専属メイドらしいが?」

「その方がレナ嬢が動きやすいですので」


 殿下の答えに眉根を寄せたアシル様がアクセル殿下を問い詰めるように言った。殿下はニコニコと即答した。


「アクセル殿下」


 アシル様の重みのある声色で殿下の表情からも笑みが消える。


「私の命を救ってくれたレナ嬢の力は誰よりもわかっている。レナ嬢、エリアスもそうなんだね・・・・・・?」


 核心を突く質問に、私は思わずアクセル殿下の方を見る。殿下はやれやれ、と観念した表情で言った。


「さすがは元団長……」

「弟子の機微くらい見抜けるさ」


 アクセル殿下の言葉にアシル様の口の端がようやく緩む。


「その辺は彼女に負担のないように確実にやってくれてますよ」

「本当か?」


 アクセル殿下の説明にアシル様が心配そうに私に尋ねてくれた。


「はい、任せてください」


 私はアシル様に安心してもらえるよう、元気よく答えた。アシル様を治したあの時は、自分の力の使い方がわかっていなかった。呪いがどういうものかも。でも今は、完成した薬がある。


「そうか……。弟子まで迷惑をかけるね。ありがとう」


 アシル様はそう言うと、優しく微笑まれた。


(ふふっ、こういうところ、エリアス様に似てるわね)


 弟子は師匠に似るものなのかもしれない、そんな微笑ましさでニコニコとしていると、アクセル殿下がとんでもないことを投下した。


「師匠、レナ嬢はエリアス専属・・のメイドですよ? 先日も街でデートしていたと騎士団内では噂になっています」

「なっ?! アクセル殿下?!」


 あの噂をアシル様にまで持ち出されて、私は慌てる。


「ほう、そうか。なるほど。あのエリアスがなあ……」


(何がなるほど?!)


 なぜか納得するアシル様とアクセル殿下に生暖かい笑顔を向けられて辛い。


「いやいや、あれはエリアス様が私を元気づけるためにしてくれてことで、けしてデートでは……」

「でも、エリアスは否定してないようだけど?」


 ニヤニヤと笑う殿下が意地悪い。


「それは、エリアス様の秘密を握る私を管理しておくためです!」


 ふんす、と言い切った私になぜか殿下が変なお顔をされている。


 殿下、イケメンなのにダメですよ、そんな顔!!


「はあ、なるほど。あの冷徹無慈悲と言われるエリアスが苦労するわけだ」

「エリアス様は冷徹無慈悲ではありませんが」


 溜息をつきながら漏らすアクセル殿下の言葉に私はすかさず否定する。


「何を話しているんだ」


 アクセル殿下の顔が再び変になった所で、エリアス様がいつの間にか殿下の後ろに立っていた。


「いや、エリアス、お前もっとレナ嬢にアピールした方が良いんじゃない……ぐっ!」

「お前も団長として参加して行け!!」


 話の途中でアクセル殿下はエリアス様に首根っこ掴まれて、訓練場へと引きずられて行ってしまった。


「ははは、賑やかだな」


 そんなお二人を見送ってアシル様が豪快に笑った。


「エリアスは昔から騎士とは国民のために命をかけるものだと頭が固くてねえ……」


 独り言のようにぽつりと話し出すアシル様の言葉を私は黙って聞いた。


(エリアス様、昔からそうなんだ……)


「あいつは公爵家の三男で、どうでもいい・・・・・・存在だった。それこそ歳の近いアクセル殿下の盾として育てられた」

「えっ……」


 エリアス様の知らなかった生い立ちに私は驚いた。


「だから私はエリアスが死なないように強くあるよう鍛えた。それでもあいつの根っこの部分が変わることはなかった……」


 アシル様は少し悲しそうに言うと、私を見て微笑んだ。


「でもレナ嬢、君がいればあいつは大丈夫だ。この前、君と私の元へ訪ねて来たあいつの顔を見てそう思った」

「私がエリアス様をきちんと治してみせますからね」

「ははっ……そうだな」


 アシル様はまた豪快に笑うと、私に向き直った。


「あいつのこと、頼んだよ」

「はい、お任せください!」


 力いっぱいに答えると、アシル様は優しい父親のような表情で笑った。

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