第23話 特訓

「レ、レレレレ、レナさん?!」


 翌日、アシル様は約束通り、騎士団を訪れてくれた。目立たないようにとアクセル殿下が配慮してくれて、裏口からこっそりと入って来てもらった。場所はいつもの備品倉庫近くの訓練場。


 アシル様を見て、ユーゴがものすごく動揺をしている。


「ユーゴ、アシル様に来てもらったからには、百人力だからね!」

「ユーゴ、君は私と同じ火の魔力持ちらしいじゃないか。こんな老いぼれでは頼りないかもしれないが、教えられることはまだあると思うから、ついてきなさい」

「そそそ、そんな!! 恐れ多い!! よ、よろしくお願いいたします!!」


 ユーゴの恐縮しまくった挨拶はそこそこに、さっそくアシル様の指導は始まった。


 ガッチガチに緊張していたユーゴは、段々とほぐれ、必死にアシル様に食らいついて剣を奮っている。


 アシル様にはユーゴが同じ火の魔力を持つこと、その力は強いのに、滞っていることを説明すると、「具体的にどことどこが?」と聞かれたので詳しく説明した。


 私の説明を聞いたアシル様はすぐに納得して、的確な指導をユーゴに施していた。


(ユーゴの魔力の流れが良くなってる!)


 私はユーゴの魔力の流れを離れた所で観察する。後ほどアシル様への報告も兼ねての見学が許されていた。



「うおー、ユーゴのやつ、メキメキ物にしていくなあ」

「ミラー!」


 更に翌日、私が見学していると、ミラーがやって来た。 


「ミラー、調子はどう?」

「レナさんのおかげで絶好調ですよ」 

「良かった!」


 すっかり怪我が治ったミラーは、備品の管理中にユーゴとも仲良くなり、彼を弟のように可愛がってくれた。一緒に訓練もするようになっていて、昨日もここに訪れた。


 英雄アシル様がユーゴの指導をしていることにものすごく驚いていたけど、「さすがレナさん!」と言って笑った。


 一緒に見学していたミラーは稽古終わりに提案をした。


『客観的に見てもらうにも、ユーゴの相手が必要だと思うので、俺も一緒に参加して良いですか?』と。


 アシル様は快く受け入れてくれ、ユーゴも喜んだ。


「レナさんは俺の幸運の女神です」

「へっ?」


 ミラーが変なことを言うので、私は思わず素っ頓狂な声を出した。


「手をきちんと治してもらって選抜戦に間に合った上に、英雄の指導を俺も受けられるチャンスをもらえたんですから」


 ニカッと笑ってこちらを見るミラーに何だか照れくさくなる。


「それは、ミラーが頑張ったからと、ユーゴに良くしてくれたからやって来たチャンスじゃない?」

「レナさん……」


 ミラーとの間にほんわかとした空気が流れる。


「レナ」


 そんな空気はエリアス様の一声で一転した。


「エリアス様!」

「ふ、ふ、副団長!!」


 私が振り返ると同時にミラーは頭を下げた。


「どうしたんてすか?」


 私が駆け寄ると、なぜか怖い顔をしていたエリアス様の表情は元通りの優しいものになる。


「俺も久しぶりに師匠に手合わせしてもらおうと思ってな」

「もう、みんな、ユーゴのための特訓ってこと忘れてません?!」

「はは、わかってるよ」


 エリアス様は頬を膨らませる私の頭を優しく撫でた。


「さて、ミラー、お前もどうだ?」

「ひっ……」


 ギラリと光るエリアス様の瞳にミラーは怯えているようだった。


「レナは、俺のメイド・・・・・だ」


 私の頭の上にあったエリアス様の手が肩に降り、彼に引き寄せられる。


(エリアス様?)


 エリアス様が言わんとしていることがわからずに私は胸のドキドキだけが収まらない。


「わ、わかっております! 街でお二人がデートされていたことも騎士団内では噂になってますから!」

「デ?!」


 ミラーの表情は見えないけど、彼の言葉に私は飛び上がった。


 デ、デデデ、デート?!


 それは一昨日、アシル様を訪ねた帰りのことを言っているのだろうか。


 私のためにドレスをプレゼントしてくれて、メイソン様に鉢合わせてしまった私を元気づけるために食事に連れて行ってくれたあの日のことを。


 エリアス様が連れて行ってくれたお店は、やっぱり高そうで落ち着かなかったけど、食べたことのない美味しい物で口が幸せになった。


「ならいい」


 ふん、とミラーの方向に息を吐き捨てたエリアス様。ミラーは「ユーゴの元に行きます」と力無く言うと去って行った。


「あの、エリアス様……。一昨日のこと、騎士団で噂になっちゃってるなら否定したほうが……」


 二人きりになった所で私はコソコソとエリアス様に言った。


 まだ肩を寄せられているので距離が近くてドキドキしてしまう。もう少しで抱きしめられそうな距離に、あの日馬車から落ちそうな私を抱きとめてくれた逞しい感覚を思い出して赤くなる。


「いや、騎士たちを牽制しておくにはちょうど良い」

「牽制も何も、私、このお仕着せの紋章で誰も近寄って来ないですよ?」


 エリアス様がしれっと言うので、言いたいことは他にもあるけど、とりあえず牽制の必要がないことを伝える。


「君が歩み寄ってしまうだろう」


 エリアス様は溜息を吐くと私を見据えた。


「だ、ダメでした? エリアス様の騎士団のためになるなら私は出来ることをしたいです」


 あれ、この前もこんな話をしたな?と思いながら、私はドギマギしながら言った。


「君が他人に一生懸命なのはわかっている。だからだ」

「はあ……なるほど」


 確かに騎士団に関わりすぎて、エリアス様の秘密が漏れるのは避けたいだろう。


(私、絶対に言わないのにな)


 そう思いながらも、どこから漏れるかわからない。エリアス様が噂を利用して私を管理されるのは当然のことだ。 


「いや、わかってないだろう」


 ぼんやりと考えていると、もう片方のエリアス様の手が肩に置かれ、私は彼に両肩を掴まれる形になるなった。


「レナは、俺だけ見てれば良いってことなんだが?!」


 珍しく焦り気味なエリアス様を見て、私は笑顔を向けて宣言した。


「任せてください! エリアス様を第一に治してみせますから!」


 自信たっぷりに答えた私に、エリアス様は一瞬目を点にして、大きく息を吐いた。そして「師匠の元に行ってくる」と言って離れて行ってしまった。 


「はい! 頑張ってください!」


 どうしたんだろう?と思いながらも私は稽古に向かうエリアス様に激励を送った。 

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