第26話 選抜戦 2
それからも、新星のごとく最終組まで勝ち進んだユーゴ。
「おい、どうなってるんだ?」
「あの見習いが?!」
騎士たちの間には動揺と驚きが広がり、今回の選抜戦は大荒れだね、とアクセル殿下が笑って言った。
「ユーゴ、お疲れ様!」
昼休憩を挟んで、午後からはいよいよ最終組の試合だ。去年選抜上位の騎士や、午前で勝ち上がったよりすぐりの騎士たちによるハイレベルな戦いになるだろう。
「レナさんもお疲れ様です」
いつもの備品倉庫近くにある広場のベンチで休憩するユーゴの様子を見に行くと、彼は落ち着いていた。
(俺なんか、って言ってたユーゴがすっかり逞しくなっちゃって)
一つ上だけど弟のような存在のユーゴに、思わず感慨深くなる。
「俺、レナさんの期待に応えられるように、アシル様のご指導に報いるために、必ず優勝してみせます」
「ユーゴ……!」
私はユーゴの言葉が嬉しくて、つい彼を抱きしめる。
「いやいや、レナさん、それはまずいって」
「あ、ミラー!」
飲み物を二つ持って現れたミラーは一つをユーゴに差し出した。
「あ、ごめん、ユーゴ。つい弟みたく思っちゃって。私、姉しかいなかったから下に弟か妹がいたらなあって……嫌だったよね?」
「え? 全然!! 嫌じゃないですよ!?」
「良かったあ……」
私の失礼なはずの言葉に、ユーゴが否定してくれて嬉しい。
(ユーゴも私のことお姉さんみたいに思ってくれてたらいいな)
「レナさんって妹なんですね。お姉さんって感じなのに」
「ほんと?」
ミラーの言葉に何だか嬉しくなる。
「じゃあ、お姉さん特製のサンドイッチを二人に振る舞っちゃおうかな?!」
私は元々ユーゴに差し入れしようと思って作ってきたサンドイッチを二人に差し出した。
「え? いいんですか?」
「やったー! レナさんありがとう!」
二人は喜んで私のサンドイッチを受け取ってくれた。
(ふふ、作ってきて良かった)
「でも弟かあ……」
「仕方ない、ユーゴ。副団長には敵わないさ」
サンドイッチを食べながら二人は何かこぼしていたけど、私には聞こえなかった。
サンドイッチを食べ終わったユーゴが真面目な顔でこちらを見る。
「レナさん、午後も見ていてください。俺……格好いい所、見せますから」
「ユーゴ……! うん、楽しみにしてるね!」
あんなに怯えていたユーゴが頼もしい。
私は嬉しくて泣きそうだ。
「それって、俺にも勝つってことだよなー」
「はい! ミラーさんよろしくお願いします!」
「はー、若いって眩しい……」
ユーゴとミラーの微笑ましい会話に私はますます笑顔になる。ミラーもすっかり手が治って絶好調みたいだ。
「これから試合だっていうのに馴れ合って余裕だな」
ほんわかとした空気を壊す言葉が急に飛び込んできた。言葉の主を振り返ると、そこにはマテオが立っていた。
「ユーゴ、運で勝ち上がったみたいだが、最終組はそうはいかないからな? 俺にたどり着く前に負けないようになあ?」
「なっ……」
ユーゴの実力を運だと言うマテオに腹が立ち言い返そうとしたが、ユーゴに制される。
「マテオさん、俺、今日は優勝してみせます。レナさんをあなたのメイドにはさせません」
「ユーゴ……!」
マテオにきっぱりと宣言したユーゴは、もう出会ったばかりの頃の彼じゃない。
ユーゴの男らしさに感動していると、マテオはタジタジになりながらも叫んだ。
「はっ! みんな、何でこんな女に唆されてるんだよ! こいつは誰とでも関係を持つ悪女だぞ!」
(え――――)
マテオの言い放った言葉に、私の身体は石のように固まった。
(何でマテオがそんな噂……)
忘れていた自分の悪評を突き付けられ、目の前が真っ暗になる。ユーゴとミラーの顔が見られない。
「どうやって取り入ったか知らないが、副団長にも色目を使って。お茶汲み係が!」
「
聞き覚えの無い名称にやっと口を開くと、マテオは勝ち誇ったかのように言った。
「お前、副団長のメイドのくせに、お茶汲みしかしてないだろ。悪女は次は騎士団の副団長にお茶汲み係として取り入った、ってもっぱら噂になってるぜ」
(何てこと……)
恐れていたことが起こっていた。
確かに私はエリアス様のメイドとしては、薬をお出しする仕事しかしていない。
私の悪評のせいでエリアス様に迷惑をかけることだけはしたくなかった。エリアス様は気にしない、って言ってくれたけど、やっぱり――
「俺にも取り入らせてやるよ、悪女。そんな無害そうな顔して、どうやって言い寄ってるんだ?」
その場で動けずに俯く私にマテオがいつの間にか距離を詰めていた。
マテオは私の顎をグイ、と引き寄せる。
(嫌っ……)
瞬間、マテオとメイソン様が重なり、身体が拒否反応を示すも、動かない。
「レナさん!」
助けようとしてくれたユーゴをミラーが制する。
選抜戦前の騎士たちの揉め事はご法度だから、当然だ。大事な試合の前にユーゴを守ってくれたミラーに感謝しつつも、私は意識をしっかりと保つ。
「私はエリアス様だけのメイドよ!! 他の誰にもこの身を捧げないわ!!」
「レナさん……」
マテオに睨んで放った言葉に、ユーゴとミラーが顔を赤くしている。
(あれ? 私、今とんでもないこと言った? そんな意味じゃないんだけど!!)
二人につられて私の顔も絶対に赤い。頬が火照って熱い。
「な――」
マテオが何か言い返そうとしたとき、私の後ろからヒヤリと冷たい空気が流れた。
「そういうことだ。レナを離せ、マテオ」
エリアス様――――――
「ふ、副団長!!」
氷の魔力が流れ出て
三人とも驚いていたが、すぐに頭を下げる。
「マテオ、俺はレナを手放す気は無い。ただ、ユーゴを侮るなよ?」
マテオに向かって冷ややかに言い放つエリアス様。マテオは顔を上げると、顔を引くつかせながら言った。
「それは、俺がユーゴに勝てばそのメイドを譲っても良いということですか?」
「俺はレナを賭けにするつもりはない。ただ、ユーゴはお前に勝つ」
「エリアス様……」
「副団長……」
エリアス様の言葉に、私もユーゴも感動してキラキラした目で彼を見る。
「それは、俺が勝ったらそのメイドをもらって良いと言ってることだと取りますからね!!」
マテオはそう言い放つと、その場から立ち去って行った。
「レナ、嫌な思いをさせてすまない。でもどうして俺の側から離れた?」
マテオが去って行った後、エリアス様は私の背中に両手を回し、顔を覗き込んだ。
「ご、ごめんなさい……。ユーゴに差し入れしたくって」
「差し入れ?」
エリアス様がベンチの上に置いてあるかごを見、私の顔に視線を戻す。
「俺には無かったようだが?」
「えっ?! だってエリアス様は殿下と一緒に昼食を取られる予定だったから……」
なぜかエリアス様の不機嫌の矛先が私に向く。
(えっ?! 何で、何で?!)
ふう、と息を吐くと、エリアス様は私の頭に手を置いた。
「差し入れの内容は?」
「サ、サンドイッチです……」
「じゃあ明日の昼は俺に同じものを出すように」
「? かしこまりました」
私の返事を聞くと、よし、とエリアス様は私の頭を撫でた。
(エリアス様ってば、そんなにサンドイッチが食べたかったのかしら? 殿下と豪華な食事を取っているはずなのに……)
「あー、副団長……」
ミラーの声で私はハッとする。エリアス様のせいで二人のことを忘れていた。
「二人とも、マテオが先程言っていたことだが……」
エリアス様の言葉に、私は身体を固くした。エリアス様はそんな私の顔を隠すように被さり、頭を撫で続けてくれている。
「俺、マテオの言うことなんて信じませんから!」
「え……」
ユーゴが力強く叫ぶので、私は顔を上げて彼を見た。
「俺も。だって俺たちの前にいるレナさんはいつも一生懸命で、悪女なんかじゃありませんから」
ミラーがユーゴに続けて言った。
私は二人の顔を見比べる。
二人は真剣な顔で、心の底からそう思ってくれているのが伝わった。
噂じゃなくて私自身を見てくれる人。エリアス様だけじゃなくて、二人もそうなんだとわかって、私は嬉しくて涙が溢れた。
「レナさん?!」
二人が私を見て慌てふためく。私は泣きながらも笑顔作って感謝を伝えた。
「ありがとう。ユーゴ、ミラー!」
「レナ、君の本質はちゃんとした人間には伝わる」
私の涙を拭いながら、私の身体に寄り添うように側にいてくれるエリアス様が優しく微笑む。
「……エリアス様も」
そんなエリアス様に私も笑顔で返した。
さっきまでの嫌な空気が温かいものへと変わり、心もポカポカとする。氷の魔力なのに温かなエリアス様にまるで抱きしめられているかのように心地よい。
(私、騎士団に来られて本当に良かった)
知らなかった気持ちを知って、殺していた気持ちを生き返らせて、私は私になっていく。
「あの副団長、俺が優勝したらお願いがあります」
そんな和やかな空気の中、ユーゴがエリアス様に真剣な顔で言った。
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