第21話 寄り道
「レナはすごいな。本当に目的を果たすなんて」
帰りの馬車の中、エリアス様が感心しながら言った。
アシル様にはさっそく明日から、ユーゴの特訓を見てもらえることになった。エリアス様の話を聞いて、もう騎士団に関わることをやめているから、と断られるかと思ったのに。
『何かあれば力になるという約束、
そう言ってアシル様は優しく微笑んだ。私もその約束を伝に来たわけなんだけど、誠実なアシル様はこんな私のお願いを聞いてくれた。
(さすが英雄だなあ……)
アシル様の言葉を思い返し、ほんわかしていると、エリアス様がこぼす。
「あの英雄との約束を、君はまた人のために使うんだな」
「へっ? 今使わないでいつ使うんです?」
エリアス様の言葉にポカンとすると、彼は困ったように笑った。
「俺も、レナに何かあれば必ず助ける」
「へっ?! 私のは、エリアス様に助けてもらった恩返しですよ? 最初に言いましたよね?!」
エリアス様の言葉に驚いて、私は返す。
「俺もレナにこの命を救ってもらう恩返しだ」
「そしたらまた、エリアス様に恩返ししなきゃいけなくなるんですが……」
「それで良いじゃないか」
エリアス様の言葉に、上目遣いでモゴモゴと言えば、彼はあっさりとそんなことを言いのけて微笑んだ。
(えええ、何ですか、それ……)
そんなことを言われたら、エリアス様とのこの関係がずっと続くのではないかと期待してしまう。
(エリアス様の呪いを治したら私は騎士団を去るんだから)
エリアス様への恋心は想い出に、期待には蓋をする。
馬車の窓から外を眺めるエリアス様の横顔を目に焼き付けるように、私は自身に何度も言い聞かせた。
そうこうするうちに、馬車は王都の街中に入り、馬車停めの所で止まる。
「用事ですか?」
馬車の扉が開かれ、エリアス様が腰を上げたので私は質問する。
「ルナ、君のドレス、それしかないだろう?」
一足先に馬車から降りたエリアス様は手を差し出して言った。
「へっ……」
「着の身着のまま騎士団預かりになったから仕方ないが、必要な物があれば言って欲しい」
固まる私にエリアス様はコホン、と咳払いをしながら言った。
今日ドレスを着たのはアシル様にお会いするからであって。
普段はアクセル殿下が手配してくれたお仕着せで充分。生活に必要な下着やら石鹸やら諸々、殿下が懇意の商会から女性を派遣してくれたので、困ってはいない。
「あの、エリアス様、私はお仕着せで充分ですので」
そう言って立ち上がった私の手をエリアス様が引く。
「わわっ!!」
落ちそうになりながら馬車を半ば強引に降りさせられた私はエリアス様の腕の中へと受け止められる。
「出かけるとき、女性は着飾るものだろう?」
「え?」
今日は必要に迫られて。しかもエリアス様をお供に、馬車移動だけだった。騎士団の外に出るのは危険だし、必要もない。
「たまには俺と息抜きしたらどうだ」
「それって……」
首を傾げる私にエリアス様がいまだ私を受け止めたまま言う。表情はわからないが、照れながら言っているのが想像出来た。
エリアス様はそのまま私の手を引くと、ズンズンと歩いて行く。私はその後ろ姿を見つめながら、引かれるままに歩いた。
「これは、クレメント様!! ご来店されるとは珍しいですね」
エリアス様に連れられて来たのは、立派な門構えの高級そうなブティック。女性店主が奥から慌ててエリアス様を出迎えた。
(ひえ、チェルニー男爵家の全財産注ぎ込まなきゃ買えなさそうなお高い店だ!)
「この女性にドレスを見繕って欲しい」
後ろで尻込みしている私を店主に紹介するエリアス様。
「エリアス様、何もここでなくても、もっとお手頃な……」
「レナ、俺は一応高給取りだ。安心しろ」
ヒソヒソとエリアス様に耳打ちするも、笑顔で返されてしまった。
「さあ、こちらへどうぞ」
(ひええええ――――!)
促されるまま奥へと連れて行かれた私は、店主にあれやこれやと着飾られてしまった。
「クレメント様、どうでしょう?」
店主のドヤ顔に引き連れられ、着飾られた私はエリアス様の前におずおずと出る。
綺麗なスカイブルーの生地はAラインに広がり、裾の方は段々のフリルに金糸で上品に刺繍がされている。
ドレスに合わせて縛りっぱなしだった髪も下ろされ、癖を活かしてゆるやかに巻かれている。お化粧まで施され、何だか恥ずかしい。
エリアス様は口をあんぐりと開け、固まっていた。
(うわーん! やっぱり、私にはこんな高いドレス似合わないのよ!!)
「お嬢様の瞳の色の布地にクレメント様の瞳の色の刺繍が入ったドレスです。素敵でしょう?」
心の中で泣く私に、店主が追い打ちをかける。
(このドレス、そんな意味で選ばれたの?! わー、恥ずかしすぎる! それに、エリアス様にも申し訳ない!!)
恥ずかしさでいっぱいでエリアス様を見れなくなった所で、ようやく彼が口を開いた。
「レナ、綺麗だよ。似合っている」
「ええ……お世辞はいいですよぅ」
エリアス様が言ったことが頭に入ってこなくて。私は冗談混じりにへらりと笑顔を作って言った。
「お世辞じゃない!」
そんな私にエリアス様は声を荒らげた。
「エリアス様?」
いつもと違う真剣な面持ちのエリアス様に、私も緊張する。
一歩一歩私に近寄ってきたエリアス様に手を取られる。
「本当だ。レナ、綺麗だ。誰にも見せたくないくらい……」
「へっ?! いや、私、着飾って行く所なんてありませんから!!」
エリアス様の言葉にしどろもどろになりながら答える。自分が何を口走っているのかもわからないほど、ドキドキが止まらない。
「君は俺の専属メイドだろ? 公式の場に一緒に行くことだってある」
「メイドが着飾って一緒に行くのおかしくないですか?」
エリアス様が熱っぽい瞳で言うので、誤魔化すように突っ込んでしまった。
「そうか、ならメイドじゃなくて……」
「エリアス様?」
エリアス様が何か言いかけた所で、店主の横やりが入った。
「まあまあ、気に入ってくださったようで良かった!!」
私たちは顔を赤くして一斉に店主に顔を向けた。
「支払いの手続きをしてくる」
コホン、とエリアス様はいつもの表情に戻ると、店主と店の奥に消えて行った。
(エリアス様、どうしちゃったの?)
まだ赤い顔を冷ますように、私は頬を覆い、待合室のソファーへと腰を沈めた。
「……レナ?」
そのとき、聞き覚えのある嫌な声に一瞬で私の背筋が凍る。
「驚いた。お前、レナ?」
「メイソン……さま……」
いやらしい私の嫌いな青い瞳。
その瞳に見据えられ、私はソファーに縫い留められてしまったかのように動けなくなってしまった。
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