第16話 騎士団

「君に備品の確認を頼んだだけなのに、どうしてそうなるんだ?」

「ご、ごめんなさい……」

「はははっ! レナ嬢、喧嘩っ早かったんだね」


 あの後、騎士団員総勢による訓練が一番大きな訓練場で始まった。エースも見習いも関係なく、全員参加の大きな訓練だそう。


 その訓練を見守る団長のアクセル殿下と副団長のエリアス様。


 備品倉庫の報告と一緒に、マテオと賭けをしたことを話すと、エリアス様に怒られてしまった。アクセル殿下はさっきから大爆笑だ。この人、けっこうゲラだ。


「レナは、人のことになると周りが見えなくなるだけだ」


 笑うアクセル殿下にエリアス様は私のことをフォローしてくれて、優しく私の頭に手を置いた。


(もう、好き……)


 押し込めるはずの気持ちは日に日に膨らむばかり。そんな私を置いて二人の会話は進む。 


「でも実際、レナ嬢をマテオに取られるとエリアスの治療に困るから、認められないな」

「そんな賭け、無効だ。実際にそんなことは出来ないだろう。レナは俺のメイドなのだから」


 『俺のメイド』という言葉にキュンとしてしまう。


「レナ、お前をマテオにはやらないから安心しろ」


 キュンキュンしっぱなしの私に向き直ったエリアス様は私の頭を撫でて微笑んだ。


(うう、殺し文句なんですけど!!)


 エリアス様の呪いを治す前に私がキュン死してしまうかもしれない。


「お二人さーん、訓練中ですよー」


 私がドキドキしていると、半目のアクセル殿下が誂うように言った。そしてふと思ったことを二人にぶつける。


「え、ていうか、二人はユーゴがマテオに負けると思っているんですか?」


 私の問に二人は顔を見合わせると、また私の方に向いた。


「レナ嬢の力を疑うわけじゃないけど、ユーゴには無理じゃないかな?」


 アクセル殿下がちらりと訓練場の隅に目線を向けたのを追うと、ユーゴが一心不乱に剣を振っていた。


「何でですか? ユーゴが小さいから? 見習いだから?」


 私が見たユーゴの魔力の流れは、確かに大きかった。納得いかない私は抵抗気味に二人に言った。


「ユーゴは誰よりも真面目に訓練も備品の管理もしている。が、本人の気力が弱すぎる。迷いのあるものは実戦で命を落とす」


 エリアス様の副団長としての厳しい言葉はわかるが、何だかユーゴを突き放しているようで納得出来ない。


「俺たち騎士団が国民のために命をかけるのは当然だ。だが、死ぬとわかっている者を騎士として魔物討伐に連れて行くわけにはいかない。そういった者は後方支援に回る。定期的な選抜戦はそのためにある」


 そう語るエリアス様は、いつもの優しい表情ではなく、副団長の顔をしていた。国民のためなら騎士は命をかけるのが当然と言っているように聞こえる。それは、彼が冷徹無慈悲と言われる一片を私は見た気がした。


「まあ、あの不真面目なマテオも魔物討伐では大活躍だからねー」


 場が少し重くなりかけた所で、アクセル殿下が明るく言う。


「ユーゴはマテオに勝てないと思っているんですか?」

「マテオに勝つ負けるじゃない、ユーゴは国民のために命をかけられるほど強くはない」

「さっきから、命をかけるとか簡単に言わないでください!!」

「レナ?!」


 気付いたらその場から離れて走り出していた。


「あーあ、怒らせた」

「俺はただ、レナが自分よりも人のことに必死になりすぎるから、傷つく前にと思って……」

「あの子、変わってないんだね~」

「は? それはどういう……」


 二人がそんな会話をしていたことなんて知らない私は、訓練場を飛び出していた。


(何よ、命かけるって!! 騎士なら死ぬことより生きることを考えてよ!!)


 エリアス様は騎士は国民のためならば命を投げ出すのは当たり前だとばかりに言っていた。真面目なエリアス様なら必要に応じて本当にそうしてしまいそうで、怖かった。


(騎士団は国を守るためにある。わかってるけど……簡単に命をかけるとか言って欲しくない)


 エリアス様には死んで欲しくない。ただその一心だけで彼に怒りをぶつけてしまった。


「あーあ、私、何やってるんだろう」


 エリアス様の呪いを治せたら、それでその先の人生は何も望まないって思っていたのに。


 エリアス様の笑顔が嬉しくて、温かくて。その幸せな気持ちがいつの間にか私を強欲にさせていたんだ。


 反省の気持ちで訓練場の上官専用口を出ると、もう一方の出口から手を押さえながら出てくる騎士と鉢合わせた。


「手、どうしたんですか?」


 思わず声をかければ、その騎士はへらりと笑って答えた。


「少し、擦りむいただけですので。医務室で薬を塗ってきます」


 ペコリとお辞儀をして背を向けた騎士のシャツを私はガシッと掴んだ。


「それ、嘘ですよね。あなた、随分前から手を痛めてますよね?」

「なっ……?! 何を言っているんですか? 私のは軽い怪我です」

「いいから、来なさい!」


 魔力の流れが視える私には全てお見通しだ。


 この騎士は、随分と無理をして剣を振っている。


「そんな、副団長のメイド様にお手を煩わせるなど……」

「黙って来る!!」


 慌てる騎士に私はピシャリと言うと、彼の騎士服のシャツを引っ張ったままズンズンと医務室に向かった。


 医務室には薬が置かれているだけで、騎士たちが各々自分で治療するのが当たり前らしい。


 訓練でそんな大怪我をする騎士はこのリナンファ王国にはいない。魔物討伐といった有事の際には怪我人も多くでるため、聖女が同行するのだ。


 ぐるりと薬を見渡す。


「とりあえずここの塗り薬で処置するけど、後で飲み薬も作って持っていくから」


 彼の魔力の流れを視ながら私はテキパキと的確にその患部に薬を塗っていく。


 騎士は呆気に取られながらも、ぽつりとこぼし始めた。


「私は、前回の選抜戦でようやく魔物討伐の隊に選ばれたのです。この怪我が知られれば、きっと副団長は私を戦力外と見なします。そうすれば俺は騎士団にいられなくなる……」


 恐れるように言うその騎士の姿に、エリアス様の冷徹無慈悲の一片がちらつく。でも。


「剣を振るだけが騎士団の仕事じゃないわ。この怪我を治すのだってあなたの仕事よ。ほら、無理してるから悪化してるじゃない」


 私は薬を塗った騎士の腕に包帯を巻き付けていく。


「でも、俺の歳じゃ、次の選抜戦で戦力外通告されたらおしまいだ……」

「その選抜戦っていつなの?」

「一週間後です」


 騎士が悲壮な声で嘆くので、私はよし、と心に決める。


「じゃあ、三日私にちょうだい! 私が薬で良くして見せるから、あなたはその間無理しないと約束して!」


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