第17話 医務室にて
「あ、ミラー、ちゃんと来たわね? 偉いわ!」
翌日、私は医務室に自室で作った薬を運び入れ、使いやすいように間取りを改造していた。
昨日腕を痛めていた騎士は、ミラーだと名乗った。
茶色のくせっ毛のある髪と、少し垂れた黒目が優しそうな青年だ。彼も平民出身らしいが、前回の選抜戦で討伐隊に抜擢された実力者だ。
「レナさんにあんなに豪語されたら、従うしかないですよ。それに、藁をも掴む思いなので」
ミラーは私が用意した椅子に腰掛けると、大人しく腕を出した。というか、名前で呼んで欲しいと言えば、エリアス様付のメイドということで、皆年上なのに、私をレナさんと呼ぶ。この際、呼び方はどうでも良いんだけど。
「昨日の薬はどうだった?」
「苦いですけど……痛みが楽になりましたよ」
「そう、良かった!」
昨日、あれから急いでミラーのための飲み薬を調合した私は、彼が飲むまで見守り、別れた。
「でも、レナさんは副団長に仕えるのが仕事なのに、俺なんかに構ってても良いんですか?」
大人しく薬を塗られながらミラーが尋ねる。
エリアス様には、昨晩と今朝と二回、薬を出すために顔を合わせた。
何だか気まずくて、二人とも無言で重い空気だけが流れてしまった。最後に「ありがとう」「どういたしまして」と一言ずつ言葉を交わしただけ。
「レナさん?」
せっかくエリアス様の側にいられるのに、このままじゃ嫌だなあ、と思っていると、ミラーが心配そうにこちらを見ていた。
「あ、騎士たちのフォローをするのも副団長付のメイドの仕事だからね!」
私は慌てて止まっていた手を動かす。
「副団長が……俺たちを?」
私の言葉に、ミラーは信じられないといった顔をしたので、私は首を傾げる。
「あ、いや……レナさんに言うことじゃないと思うんですけど、副団長って、実力のある奴しか騎士と認めていないというか、切り捨てるというか、厳しいというか……」
ミラーの言葉を聞いて、昨日のエリアス様の言ったことが重なる。
「うーん、エリアス様はただ、仲間をむざむざ死に追いやりたくないから厳しくしてるというか……」
「それって、俺たちを死なせたくないって思ってるってことですか?」
「たぶんね」
優しいエリアス様のことだ。昨日の言葉を考えれば考えるほど、そう言っているとしか聞こえない。
自分は平気で命をかけそうなのに。
(なのに私はエリアス様に怒鳴っちゃって……)
「大抵の奴は冷徹無慈悲の一言であいつを片付けるのに、君はやっぱり面白いね」
ミラーとは違う男の人の声がして顔を上げると、アクセル殿下が医務室に入って来ていた。
「アクセル殿下?!」
「だ、団長!!」
ミラーも振り返ると同時に驚いて、急いで頭を下げた。
「良いから、良いから。治療、続けて?」
「はあ……。殿下はどこか怪我でも?」
恐縮するミラーを椅子に座らせて私は薬を塗った腕を包帯で巻いていく。
「いや? 君がまた何か面白いことに巻き込まれていそうだったから見に来ただけ」
「はあ……」
パチン、とウインクをするアクセル殿下は何だか楽しそうだ。
「そうそう、エリアスのやつ、君を怒らせたって落ち込んでいたよ? どうか許してやって?」
「え……許すも何も、私が騎士団の事情も分からずに感情だけでエリアス様を怒鳴っちゃって……」
まさか、エリアス様も私を気にしてくれていてなんて。アクセル殿下の言葉に、エリアス様の優しさが身に沁みる。
「君はさあ、エリアスに生きていて欲しいって思うからあんなこと言ったんでしょ?」
「! そうです……」
殿下の的確な指摘に思わずこくこくと顔を上下させる。
エリアス様は騎士が国民のために命をかけるのは当たり前だと言いながら、その危険を回避出来る者しか選抜に選んでいないように見える。仲間を死なせたくない思いが見え隠れする。
そのくせ、自分は平気で命を捨てそうなのだ。苦しいはずの呪いを一人で何でもない顔をして立っていた。そんなエリアス様を想うと、胸が苦しくなる。
「じゃあさ、とっとと仲直りして、あいつのこと、見張っててやって?」
私の返事を聞いたアクセル殿下は嬉しそうに目を細めると、そう言って医務室を出て行った。
(また言いたいことだけ言って行ってしまわれた……)
アクセル殿下をぼんやりと見送っていると、ミラーが口を開く。
「あの、レナさん、副団長と喧嘩でもされたんですか?」
「え?! 喧嘩っていうか……」
モゴモゴと濁していると、ミラーがニカッと笑って言った。
「俺の治療が終わったら、すぐに副団長の所に行ってあげてください。俺、レナさんの言いつけをきちんと守って大人しくしてますから」
「え?! え?!」
慌てる私にミラーが畳み掛ける。
「副団長、今日は珍しくぼんやりとしていたって騎士たちの間で噂になっていたんですよ。そっか、レナさんが原因だったのか」
「ええ?!」
状況に追いつけない私に、ミラーは顔をくしゃっとさせて言った。
「何だ、副団長も人間らしい所あるじゃん」
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