第15話 ユーゴ

「まさか副団長の新しいメイド様だったなんて」


 倉庫を開けてくれたユーゴが、備品の手伝いを申し出てくれたので、私たちは雑談しながら確認を進めていた。


 ユーゴが教えてくれたのだが、リナンファ騎士団の騎士服には金色の紋様が刺繍されている。ただ、団長のアクセル殿下は銀色で、副団長のエリアス様は黒色とお二人の髪の色に合わせて刺繍されているそう。当然、私のお仕着せの紋様は、黒色である。これは、わたしがエリアス様のメイドだという身分証にもなる。


(だから皆遠巻きで私を見てたのか。それにあの騎士たちの慌てっぷり)


 ユーゴを呼びつけた騎士たちは私を見てかなり驚いた。正確には、この文様に驚いていたのだ。


「うーん、そのメイド様、ってやめてくれる? 私のことはリナで良いよ」

「じゃあ……リナさん」


 茶色の瞳にまだあどけなさを残すユーゴは、迷ったのち、呼び方を変えてくれた。


 弟みたいに可愛い見た目だけど、ユーゴは私よりも一つ年上らしい。


「私よりも歳上なのに、リナさんって変じゃない?」

「とんでもないです!! あの副団長に付かれるなんてリナさんは凄い方です!!」

「あ、やっぱりエリアス様って尊敬されてるんだ?」

「当たり前です! 副団長は強くて冷静で、俺の憧れです」


 ユーゴは目をキラキラさせてエリアス様のことを語った。


(うん、うん、わかる!)


 エリアス様の話題で盛り上がった私たちは一気に距離が縮まった気がする。


「おい、剣を使いたいんだけどまだかよ、ユーゴ」


 二人でほんわかした所に、先程の騎士たちが倉庫までやって来たので、私とユーゴは慌てる。


(ええい!)


 私はまだ確認していない武器や防具たちを一気に魔力の流れで視る。


 そして点数も急いでチェックをして、騎士たちに向き直った。


「はい、大丈夫です!」

「あ、どうも……」


 ユーゴの変わりに前に出た私に、騎士たちが微妙な反応を返した。


(あれ? さっきの勢いはどうしたのかしら?)


 剣を取り、訓練場に向かった騎士たちを見送ると、私はユーゴに向き直る。


「ねえ、ユーゴはあんな不遜な態度を取られて、何で言い返さないの?!」

「えっ……だって俺、見習いだし……」


 私の勢いに押されながらも、ユーゴはぽつりと話し始めてくれた。


 私たちは倉庫の入口の段差に腰掛けて横並びになった。


「俺、平民出身なんです。だから騎士団に入れただけでもラッキーで……」

「騎士団は実力主義でしょ? 身分なんて関係ないわ!」

「それに俺、弱くて臆病だから。身体も小さくて、選抜戦でもいつも一回戦負けで……それでもこうして見習いで置いてもらっているから感謝しかないです」


 ユーゴはへらりと笑って言った。笑っているけど、震えていた。誰よりも彼が一番悔しいんだと思う。


「でも……ここの備品、全てピカピカで状態も良かった。ユーゴが管理しているんでしょう?」

「俺にはそれしか出来ませんから……」


 自分に自身が無いユーゴはしょんぼりと言った。私はこっそりとユーゴの魔力の流れを視てみた。


(え……!!)


 私は驚いた。ユーゴの身体を流れる魔力が膨大だったからだ。


(えっ、絶対に凄い騎士になるじゃない! こんな所で燻ってるなんて勿体ない!)


 私は立ち上がってユーゴに向き直った。


「ユーゴ! あなたには英雄アシル様を超えるほどの力がある! 絶対に凄い騎士になるから、諦めないで!」

「えええ……どうしたんですか、レナさん」


 私の突然の宣言に、ユーゴは苦笑する。


「でも、慰めでも嬉しいです、ありがとうございます」

「慰めじゃなあああい!!」


 話をまとめようとするユーゴに私は思いっきり抗議する。


「へえ、あの英雄を超えるとは、大口叩いたもんだな」


 ユーゴじゃない男の人の声がして、私はその方向に顔をやる。


「え、誰?」


 そこには青い髪で緑色の瞳をした騎士が立っていた。エリアス様ほどではないけど、長身でイケメンである。


「俺のこと知らないの?」


(あ、こいつモテるやつだ)


 ピーンときた私は毅然とした態度で答えた。


「女性が皆あなたを知っているとは思わないでください」

「ははっ! これは手厳しい。でも、副団長付のメイドなら、マテオ・べネットのことは覚えておいた方が良いと思うな?」


 しれっと名前まで教えてくれた。何だかノリが軽い。


「この騎士団のエースと言われている実力のある方です」


 ユーゴがコソコソと教えてくれた。


 実力者か何か知りませんけど……


「あの、あなた遅刻ですよね? 他の騎士はとっくに集まって訓練してますけど?」


 エリアス様だって朝早くから書類に目を通し、その後は騎士団の訓練なのだ。


 私はこの、のらりくらりとやって来たマテオとかいう騎士を睨んだ。


「俺? 俺は良いんだよ。重役出勤てやつ? 俺に辞められたら騎士団も困るしね。そんなことより、そこのユーゴが英雄アシル様を超えるだって? 夢は寝てから言えよ、お嬢ちゃん?」

「なんですって?! ユーゴはあんたなんかよりも強いんだから!!」


 売り言葉に買い言葉。こうなったら私も引き下がれない。


「ちょ、レナさん……!」


 隣でユーゴが慌てて止めようとしてるけど、ごめん!である。


「へえ? 俺よりも? じゃあ、次の選抜戦では俺に勝てるのかな?」

「当たり前でしょ!! ユーゴが勝ったら、ユーゴに謝りなさいよ!」


 挑戦的な目のマテオに私も負けじと睨み返す。


「じゃあ俺が勝ったら、お嬢ちゃん、副団長のメイドをやめて俺のメイドになれよ?」

「望むところよ!!」

「あああ、レナさぁーん!!」


 気付いたら、ユーゴそっちのけで、マテオと賭けをしてしまっていた。

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