第13話 囚われのお姫様?

「いや、だってエリアスを治してもらうのに万全の体制で臨まないとね?」


 声をハモらせた私とエリアス様がアクセル殿下の方を一斉に向くと、殿下は呆れたように言った。


「それはそうだが……騎士団で拘束とは穏やかじゃないな」

「だって、レナ嬢をあの家に返したら、何をされるかわかったもんじゃないでしょ? エリアスの薬作りに影響が出たら困るでしょ」


(いや殿下、言い方……)


 心の中で突っ込みつつも、私に何かあったら確かにエリアス様に迷惑がかかる。


「それじゃあ、まとめて薬を置いていきましょうか?」

「いや、ここにいろ」


 人差し指をぴっと立てながら私が提案をすると、エリアス様は私の腕を掴んで、真剣な顔で言った。


「え……」

「君はあの家から一度離れた方が良い」


 私の腫れた頬にそっと触れ、エリアス様が心配そうに覗き込む。


 エリアス様、優しいなあ、と何度目かの感動をしていると、アクセル殿下が口を挟んだ。


「それに、経過観察も君が側にいれば出来るでしょ」

「それもそうですね」


 私は納得する。魔力の流れが視える私が毎日観察出来れば、完治もすぐにわかる。私も安心だ。


「でも、姉とメイソン様が許すでしょうか」


 今日は一か八かで薬の売り込みに来た。思いがけず成功したし、これからも任せてもらえるのは嬉しい。


 でも家に帰らないとなると、二人が黙ってはいないだろう。エリアス様に迷惑をかけることだけはしたくない。


「レナは心配しなくて良い」

「そうそう、俺だけを見てろ、ってね〜」


 エリアス様が優しく私に言うと、すかさずアクセル殿下から誂いが入り、エリアス様にギロリと睨まれていた。


(お二人は従兄弟だけあって仲が良いなあ)


 兄弟のようにじゃれ合う(主に殿下がだけど)お二人が羨ましい。私はそんな関係を姉とは築いてこられなかった。


「冗談はさておき、俺たちこれでも国の重鎮なのよ。その辺は任せといて」


 こんなフラットに権力をかざす人がいるだろうか。私は可笑しくて、つい笑ってしまった。頼もしすぎる。


「それに、俺の治療が終わったからとホイホイあの家に返す気は無い。君が薬室で安心して働けるように必ず取り計らう」

「エリアス様……」


 そこまで考えてくれるなんて。私はエリアス様を治したら、また元の生活に戻ると覚悟をしていた。一生、あの二人の奴隷として生きていくのだと。


 でもエリアス様は私のその先の人生までも心配してくれていた。


(嬉しい……。やっぱり、好き)


「あー、またエリアスが泣かせたー!」

「……っ! だから、何故泣く?!」


 気付いたら私はまた、ポロポロと涙を溢していた。エリアス様が目の前で慌てふためいている。


「……嬉しくて。私、自分の人生を諦めていたのかもしれません」


 涙を拭い、エリアス様に笑顔を向ければ、彼はふう、と息を吐いて私の頭の上に手を置いた。


「人に一生懸命なのは良いことだが、自分のことも労れよ?」

「はい……!」


 エリアス様の優しい言葉に私の心が溶けていく感覚がした。いつの間にか冷えて固まって、諦めていた私の心。


「どの口が言うんだか……」


 アクセル殿下が呆れたように呟いていたけど、私は自分の感情に忙しくて、そのときは聞き逃していた。


 エリアス様はどうして呪いを受けたのか。彼が冷徹無慈悲と言われるのは鬼神のように強いからだけでは無いということを、私はまだ知らない。


「まあ、とにかく。レナ嬢、君は今日から騎士団の預かりだ。名目上はエリアス付のメイドとでもしておこうかな?」

「はい! あ、でも……」


 殿下の言葉に元気よく返事をしたものの、心配事もある。


 言いづらそうな私の顔をエリアス様も心配そうに覗き込んでいる。


「また、愛人とか噂になったりしませんか?」

「なっ?!」


 恥じらっていたのは私の方なのに、エリアス様の顔が赤くなる。


 でも大事なことだ。姉とメイソン様のせいで、王城内で私の評判は悪い。エリアス様も女性をも寄せ付けない冷徹無慈悲で有名だけど、私のせいで彼の評判を落とすことはしたくない。


「ああ、何を言い出すかと思えば……気にしないよね、エリアス?」

「ああ」


 アクセル殿下は今にも吹き出しそうな顔でエリアス様に言うと、またしても即答。


「噂なんてくだらない。俺は見た物しか信じない」

「それは伺いましたけど……」


 でも、と言おうとした所で、エリアス様に遮られる。


「レナも堂々としていろ。君が悪いことは何も無い」


 しっかりと目を見て、エリアス様が言う。


「それでも君を傷付けて来る奴がいるなら俺が守ってやる」

「?!?!?!」

「エリアスさあ……」


 エリアス様の殺し文句に私が目を白黒させていると、アクセル殿下から呆れた声が飛んできた。


「何だ? お前もしっかり手を回せよ」

「……はいはい」


 ドギマギする私の横で、お二人はあっという間に話を進めていってしまった。


「はい、じゃあ、これ、潜入衣装ね!」


 話が終わり、アクセル殿下はどこから取り出したか、メイド用のお仕着せを私に手渡した。


「……準備が良いな?」

「何事も先回りが大事ってね」


 バチン、とウインクをしてみせるアクセル殿下。


(まさか、本当は最初から私のこと知ってた……? 薬のことも?)


 ジト目で殿下の方を見れば、唇に指を当てて、ウインクされてしまった。


(くっ、食えない……!!)


 どこからどこまでが殿下の思惑かはわからないけど、私はエリアス様付のメイドとして、仕事と称して彼に薬を出せるのだ。


(良かった……本当に良かった!)


 エリアス様のずっと側にとは叶わないけど、あの家から開放される手筈も整えてくれると約束してくれた。これ以上ない待遇だ。


 あとは、顔を出した私の恋心をまた奥に閉じ込めるだけだ。

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