第12話 国の事情
「はは! 本当の悪女は、あの聖女だった、というわけだ。あの神殿は何かときな臭いからね。兄上の政策も進まないし……。それに、シクス伯爵家んとこの息子がねえ。良いこと聞けたよ」
私に洗いざらい吐かせたアクセル殿下は、おかしそうに笑うと、お礼を言った。
「あの、信じてくださるんですか?」
エリアス様は見たものしか信じない、と言っていた。だからきっとアクセル殿下も――
「命までかけたお前の言葉を疑うものか」
隣にいたエリアス様が私の頭に手を置いて言った。
そんなことを言われては、うるうると我慢していたものがこみ上げる。
「あー、エリアス泣かせたあ」
「?! なっ……?! なぜ泣く……」
からかうアクセル殿下と、戸惑うエリアス様。でも私の涙は止まらない。感情を人前に出すのは久しぶりだった。
エリアス様は狼狽えながらも、私の背中をそっと撫でてくれていた。それが嬉しくて、私は増々泣いてしまう。
落ち着いた頃、アクセル殿下が真剣な表情で口を開いた。
「君には、この国が呪いに対してどう考えられているか説明しておこうかな?」
母によって長年不明の難病とされてきたものは、魔物による呪いだと解明されたはず。
その対処法はまだ解明されていないものの、薬は開発出来た。母の意志を継いで私が作り上げた薬。
薬室長を通じて、王太子殿下に報告を上げてもらっていたはずなのに、私に製薬の依頼が来ることは無かった。
呪い自体めったにあるものでは無いし、珍しい。でも治す薬が出来たというのに、一件も依頼が来ないのはおかしいと思っていた。
「まず、この病気は難病のまま、死を待つだけのものとされている」
「え?」
殿下の言葉に私は耳を疑った。
「そして、『呪い』をこの国に持ち込んだ者は死刑だ」
「?!」
私は息を呑む。
そんな、だって――
「だから皆、
原因が分かったのに、それを呪いと認めようとしない国。そしてそれを強いられる国民。なんてこと――
「だから、副団長のエリアスが呪いにかかった、ましてや難病だということも知られてはならない。これは、機密事項なんだよ?」
事態の重さに私はようやく身震いをする。
「でも、どうして……」
国民の命を救う術があるというのに、どうしてそんなにも「呪い」が禁忌のような扱いをされているのか。
そんな私の疑問を見透かしたアクセル殿下が苦笑して言った。
「呪いは、聖女にはどうにも出来ないからねえ。他に治す術があるとわかれば、今まで治せなかった神殿の矜持に関わる、とか?」
「そんなことで人の命を?!」
アクセル殿下が悪いわけではないのに、私は思わず声を荒らげてしまった。
「まあ、シクス伯爵家を筆頭に神殿派の貴族たちは面白くないだろうねえ。それで兄上も慎重にされているってわけ」
「……この前教会には王太子殿下の命で視察に赴いたんだ。騎士団の遠征には聖女も参加するしな」
殿下の説明に、私の隣にいるエリアス様が付け足す。
「そうだったんですか……」
何か納得行かない。
貴族の抗争とか神殿とか、国民をそっちのけにして、上に立つ人たちが何をしているのか。
王太子様も気苦労が絶えないな……と思っていると、正面のアクセル殿下が嬉しそうに口の端を上げて言った。
「まあ、棚ぼただよねえ。まさか、エリアスの呪いを治せるかもしれない子が自らやってくるんだから」
(あなた、最初私を捕らえましたよね?!)
ニヤニヤ笑う殿下に私は思わずキッと睨んでしまう。何度も不敬なのはこの際、許して欲しい。
「俺の問題に巻き込んですまない。だが、これを治す術があるのなら、俺はそれに縋りたい」
申し訳なさそうに、でも真剣な表情で私に訴えるエリアス様。
「巻き込まれてなんて……私はただ、エリアス様に恩返しがしたくて……」
「騎士が民を助けるのは当然のことだ。君が恩義を感じることはない。でも、今回のことは……来てくれて助かった」
エリアス様の真面目な表情がふっと緩む。
私の心臓は大忙しだ。
(うう、やっぱり……好きだな。エリアス様、素敵すぎるもん!!)
押し込めた初恋は、いとも簡単に顔を出す。
どうせ私の人生終わっているんだ。だったら、せめて、最後にエリアス様を救って、良い思い出を作りたい。
「エリアス様、どうか私にあなたの呪いを治させてください」
「ああ。よろしく頼む、レナ」
(あっさり……)
私の言葉に優しい表情で即答したエリアス様。しかも名前まで呼ばれて、何だか気恥ずかしい。
「ああ、すまない。命を預けるのだからとつい気安く呼んでしまった」
「いくらでも呼んでください!!」
そんな私の様子を気遣ってくれたエリアス様の言葉に、今度は私が力いっぱい即答する。
「そうか。ではよろしく頼む、レナ」
「はい……」
(わわわわ!!!! エリアス様がさっきから素敵過ぎるんですけど!! 女神様、これは日頃の私に対するご褒美ですかっ?!)
憧れのエリアス様の呪いを解く大役を得られたことと、素敵な笑顔を何度も見られた私は、今まで耐えてきた苦しみをこの数時間で全て回収してしまえるくらい幸せだった。
「盛り上がってるところ悪いけどね、お二人さん。レナ嬢は騎士団にて拘束するからね?」
「「は?!」」
アクセル殿下の言葉に、またしても私とエリアス様の声がハモった。
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