第10話 機密事項だったみたいです
「お待たせいたしました」
再び執務室を訪れた私は、応接セットのソファーに腰かけるエリアス様の前にカップを差し出す。
そしてじっとエリアス様の魔力の流れを観察する。
(やっぱり!)
エリアス様の体内は呪いによって蝕まれていた。
(いつから……)
呪いの痛みに苦しむ時だってあるだろう。それなのに気丈に振る舞い、私なんかに優しさを与えてくれたエリアス様に、涙が出そうになる。
「普通の薬茶と変わらないな?」
カップを持ち上げ、匂いを嗅ぐエリアス様。そして一気に飲み干す。
「……これで、治ったのか?」
身体を見回すエリアス様に説明しようと私が口を開いた瞬間、ノックされた執務室の扉が、返事を待たずに開かれた。
「エリアス、次の選抜試合のことだけど――」
(アクセル殿下?!)
騎士団長でもあるアクセル殿下が執務室に押し入って来た。
「あれ? この前の子じゃない? 連れ込むなんて、エリアスもやるなあ」
私を見つけるなり、目を丸くしたかと思うと、殿下はニヤニヤとして言った。
(これは……まずい状況なのでは……?!)
「は? お前……殿下が遣わせた薬師でしょう?」
お二人の関係性が垣間見れるも、私にはそれどころではない。私の冷や汗が止まらない。悪いことはしていないが、嘘はついているのだ。
「君、神殿の子だよね? 何が目的?」
テーブルの上のカップを見て即座に状況を理解した殿下が目にも止まらぬ速さで私の後ろに回り、両手首を後ろに拘束する。
突然の殿下の動きに、エリアス様も驚きと警戒の顔になる。
「わ、私、副団長様の呪いを治したくて!! 薬を持ってきたんです!」
必死に叫ぶと、エリアス様の瞳の色が変わり、私の後ろにいる殿下と顔を合わせた。
(えっ……何?)
異様な空気に不安になっていると、私は手首を拘束されたまま、ソファーに頬を付ける形で取り押さえられてしまう。
「君、それ、どこで聞いたの?! 神殿は君に何を探らせているの?」
「ええええ?!」
まるで犯罪者かのように殿下に取り押さえられた私は、急なことに大声を出してしまう。
「誤解です! 神殿は関係ありません! 私には人や物に流れる魔力が視えるんです!!」
「おい!」
「むぐぅ……」
必死で喚く私に、焦るようにエリアス様が私の口を塞いだ。
(エ、エリアス様の手が私の唇に……)
ぼしゅっと顔が赤くなる。と同時に、殿下の拘束の手が緩む。
「うーん、悪い子には見えないし、嘘は言ってないようだけど、一応取り調べしようか。良い? エリアス」
「何で俺に聞くんだ」
「え? その様子じゃ覚えてないみたいだね?」
取り調べという物騒な言葉に青くなりながらも、私はお二人のやり取りを見守る。
「その子、昨日エリアスが
(ん? 今、殿下何て言った?)
姉を装飾するのに聞いたことのない単語が耳に入り、私は目を点にする。エリアス様はそんな私を繁々と見ると、思い出したようだった。
「ああ。あの時虐待を受けていた侍女か」
「その子、侍女じゃなくて、あの聖女の妹だって言ってたでしょ?」
「そうだったな」
あの時を思い出すように話すエリアス様にすかさずアクセル殿下から突っ込みが入る。
「ええと……?」
話が見えない私は困惑でお二人の顔を見た。
「ああ、ごめんごめん。じゃあ、行こうか? 取り調べ」
殿下はにっこりと笑うと、再び私の腕を今度は身体の前で縄をくくりつけ拘束すると、あっという間にもう一つ上の部屋まで連れて行った。
(私、生きて帰れるよね……?)
◇
「さて、私の執務室なら音も情報も漏れないし、邪魔も入らないよ?」
連れてこられた部屋は、エリアス様の執務室よりも広く、豪華な調度品で揃えられたアクセル殿下の執務室だった。
刺繍の綺麗な布張のソファーに手を拘束されたまま私は座らされる。
「手荒なことをしてすまないね? ただ、エリアスのことは機密事項だ。君が無害だとわかるまで拘束はさせてもらうよ」
「何で……」
正体不明の難病は呪いだと明かされたはず。何故ここまで敏感に反応し、隠されているのか私は疑問でしょうがなかった。
しかし、まだ疑わしい身元の私に警戒するアクセル殿下は、にっこりと笑いながらも私の問には答えない。
「さて、順番に聞かせてもらおうか?」
「はい……」
ここは大人しく従うしかない。
何より、上手くいけばエリアス様の呪いを取り払える。
私はエリアス様の魔力の流れをちらりと見る。
変わらない表情で成り行きを見守るエリアス様の魔力は、黒い靄が行き交うも、穏やかに流れていた。
(これで痛みの軽減も出来るし、薬を飲み続ければ呪いだって治る)
「君は、何者なの? レナ・チェルニー?」
エリアス様の容態にホッとしていると、アクセル殿下から問い詰められるように視線を捕らえられた。
私はその金色の瞳に負けないように、しっかりと前を向いて答えた。
「先程も申し上げた通り、私には魔力の流れが視えます。副団長様に頬を冷やしていただいた昨日、私は頬に残る魔力から読み取り、呪いだと断定してここに来ました」
「ふむ、神殿とは関係ないって言ってたけど、君はチェルニー男爵家の娘として神殿に通っているよね?」
「本来、私は薬室で薬の研究をしていました。母の意思を継いで。神殿には……姉の命で通っているだけです。私には聖魔法の力はありませんし、意志はありません」
「そうか……薬の開発が進めれている噂は本当だったか。ところで、その頬は、またお姉さんかな?」
「……」
自身の頬を指でチョイチョイと指す殿下に私は口を閉ざす。
「まあ、言いたくないなら良いけど。それで? 何で君は薬を持って来たの? エリアスに飲ませたのは本当に薬?」
「おい……」
アクセル殿下の失礼な物言いは薬師にとって侮辱だ。エリアス様も言い過ぎだという表情で止めようとしていた。
でもそれは仕方無い。今までだって私は悪評に晒されてきた。悪女だと、罵られてきた。
私は悪いことなんてしていない。
「私の母は、呪いによって死にました。それから私はずっと呪いの薬の研究をしてきました。私自身も呪いを受け、当時作っていた薬によって生きながらえました。エリアス様の薬は、それを更にバージョンアップしたものです!」
「……そうか。辛いことを思い出させてすまない」
きっぱりと告げた私の言葉に、エリアス様は眉を下げて、私の頭に手を置いた。
(やっぱり、優しい。そんなあなただから、私は――)
私は目の前のテーブルにつける勢いで頭を下げて懇願した。
「お願いします!! エリアス様の呪いを私に治療させてください! 薬を飲み続ければ、呪いはきっと消えます!」
「……エリアス、薬を飲んでどうなの?」
頭を下げ続ける私の目の前でアクセル殿下が口を開いた。
「そういえば、痛みの発作がおきない……」
「腕は本物みたいだね?」
「じゃあ……!」
やっと信じてもらえたかと顔をあげた私に、殿下は不敵に微笑む。
「君、まだ隠してること、あるよね?」
その怖い笑顔に、私は洗いざらい話すしかなかった。
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