第9話 薬室と計画と

 母の薬の研究は、母が亡くなってから、王立の薬室に吸収された。母が町民のために与えていた薬は評価され、今や王都中の薬屋で扱われている。王太子様がそのように取り計らってくれたのだ。


 神殿のことといい、王太子様は革新的なお方で、新しく吹く風に、この国に、私は期待している。


 そして母と一緒に研究していた私も、薬室の出入りや研究を許されていた。姉が神殿に通い、私は薬室に通う日々だった。メイソン様が現れるまでは。


 ある日、私の力を利用したい姉やメイソン様により妨害が入ったが、王太子殿下自ら、「この国のために研究に邁進して欲しい」と言われたのだ。二人もそこには手が出せなかった。


 結局、聖女業を学びたい私の意思(言わされているだけ)を尊重し、姉が神殿に赴く日以外に研究を続けられることになった。


 休みは、ほぼ無い。


 姉は体面を保つため、神殿に足繁く通い続けている。そうなれば、姉が休みの日に薬室に行くほかない。


 私は休みの日を返上して薬の研究により没頭した。


 研究室には、薬にしか興味ない人たちばかりで、悪く言えば人に興味が無い。でもそのおかげで、私の噂もまったく届いておらず、唯一息を吐ける場所だった。


 そして私は、母が亡くなった時に吸い取った魔力を元に、薬を作り続けていた。


 二年前、アシル様の呪いを直接吸ってしまった私は、自分を実験体にしてその薬を飲んだ。


 すぐには良くならず、何日も寝込んだが(その間に姉に手柄を横取りされた)、生きている、ということは、薬の成功を意味していた。


 あれからもアシル様から吸い取った呪いを元に、私は薬の効能を向上させることに成功した。はず。


 まだ人に試したことがないのだ。でも、私が飲んだときよりも、魔力の流れが良い。だから――


私は自分の作った薬と、怪我に効く薬を籠に詰め込むと、騎士団のある塔に向かった。


 薬室に通う私は、禁止エリア以外、王城を自由に歩ける。騎士団の場所は神殿とは真逆の方向で、神官たちに見つかることもない。


今日しか・・・・ない)


 エリアス様を助けたい私は、覚悟を決めて騎士団の入口を見据える。


 入口には見張りの騎士が立っている。


「薬室のレナ・チェルニーです。薬をお届けにあがりました」


 私は騎士に身分証を見せる。


「ああ、ご苦労。おい、ユーゴ!」


 見張りの騎士は身分証を確認すると、奥にいる騎士を呼びつけた。


「はい! ただいま!」


 呼ばれて出て来た男の子は、私よりも少し背が高いくらいの小柄な子だった。


(見習いかな? 私と同じくらいの歳よね)


「薬の納品だ。案内してやれ」

「はい!!」


 見張りの騎士に指示され、その男の子は元気に答えた。


「こちらへどうぞ」


 案内を受けた私は、騎士団内の潜入に成功する。


(よし……っ!)


「あなたのその赤い髪、英雄アシル様を思わせますね。あなたも強いのかしら?」

「いえっ、そんな! 僕はまだ見習いで……。雑用しかしてないです!」


 男の子に話しかけると、その子は恐縮したように答えた。


(よし……いける……)


 意を決した私は、男の子のすぐ近くに寄ってこっそりと話す。


「あの、実は今日、副団長のエリアス様から極秘に依頼を受けた薬を持って来ているの」

「えっ?!」


 驚いて思わず声をあげた男の子に私は「しーっ」と口に人差し指を立てると、その子も慌てて手で口を押さえる。


(すごく素直な子だなあ。ごめん! 利用させてもらうね!)


 私は心の中でその子に謝りつつ、こっそりと耳打ちをする。


「エリアス様の執務室に案内してくれる?」


 私の言葉に、その男の子は任務を請け負ったかのような強い瞳で、頷いた。


(うう、これもエリアス様のためなの! ごめんね!)


 罪悪感でいっぱいになりながらも私は男の子の後をついて行く。


「ここです」


 広い騎士団の塔の中を上に登っていくと、広い扉の前に出た。一気に緊張が高まる。


「あの、俺なんかがお話出来る方ではないので、後は……」

「ええ、ありがとう」


 そう告げる男の子にお礼を言うと、彼は一礼して去って行った。


(さて……)


 コンコン、とりあえず扉をノックしてみる。


「誰だ」


 中からはエリアス様の声。ドキン、と私の心臓が跳ね、心拍数が上がる。


(ええい! ままよ!) 


「薬室の者です。副団長様にお持ちするよう、言いつかって来ました」


 しばらくの沈黙の後、扉が開く。


「入れ」


 扉を少しだけ開け、エリアス様は私を急いで執務室に入れた。


 広い執務室は中央に応接セットがあり、奥にはエリアス様の執務机がある。


 ここに人は来ないのか、応接セットのソファーには毛布が一枚無造作に置いてある。


(エリアス様、ここで寝泊まりされているのかしら?)


「……随分早いな。殿下に言われて来たのか?」


 執務室内をキョロキョロしていると、エリアス様が慎重な面持ちで私を見る。


(あれ、私のこと覚えていらっしゃらない?)


 この前会ったばかりの私を見ても表情を変えないエリアス様は、あのときと違い、空気が緊張する。


「おい?」

「は、はい!! そうです!」


 エリアス様の問に、思わず返事をしてしまった。


「そうか。まさか薬が開発されていたなんてな。早速飲めるか?」

「はい! お湯、お借りしますね?」

「出て右だ」


 何故かすんなりと、ことが運ぶことに疑問を持ちつつも、私はチャンスを逃さない。


 部屋を出ると、右の突き当りに小さな水場があった。ここでお茶くらいなら入れられる。


 お湯を沸かしている間、先程のエリアス様の言葉を思い返す。


 エリアス様は、「殿下に言われて来たのか?」と言っていた。「薬が開発されていたなんて」とも。


(エリアス様はやっぱり呪いを受けているんだわ!)


 トントン拍子に薬を飲んでもらえることになったけど、まだエリアス様の魔力の流れを確認していない。


(戻ったら確認しなくちゃ)


 薬をポットに入れ、蒸らすと、私はトレーナーにポットとカップを乗せてエリアス様の元へと向かった。

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