第8話 メイソン様

「これも、君を大聖女にするためだよ」

「わかっております、メイソン様……」


 メイソン様は姉の頬にキスをすると、姉から身体を離す。


「じゃあ、良いね?」

「はい……」


 メイソン様の合図と共に、姉は立ち上がり、ソファの後ろから回り、私を抱き締める。


「レナ、メイソン様を好きになっちゃ嫌よ?」


 そしてメイソン様に聞こえない小さな声で耳元で囁く。


「極上の相手が見つからなかったら、私がメイソン様と結婚するんだから、まだ色目使うんじゃないわよ? まあ、メイソン様は私に夢中だけどね」

「はい……」


私が姉に返事をすると、姉は綺麗なお辞儀をメイソン様にして、客間を出て行った。


「カミラは可愛い奴だなあ」


 出て行った姉の姿を目で追い、メイソン様がいやらしい顔で笑う。イケメンなのにもったいない。


 メイソン様は女好きだ。顔が良いからモテる。そして隠れて遊ぶのが上手い。私は何度も外でメイソン様に呼び出され、遊びの隠れ蓑にされている。


「あの、メイソン様……。いつまでこんなことをなさるんですか?」

「何だ、レナ? 俺の本当の愛人にして欲しいのか?」


 メイソン様の素の顔・・・が途端に現れる。


「お断りします……」

「まあ、おれもお前みたいな女はお断りだがな」


(あんたが先に言ったんでしょうよ!!)


「まあ、俺と二人きりで過ごした、という事実さえあれば、お前を俺の愛人として縛っておけるからな」

「姉が大聖女になったら自由にしてくれるんですよね?」


 クスクスと笑うメイソン様の向かいに座り直し、私は彼を見据えて言った。


 そう。メイソン様は私の力に目を付けた。姉さえ気味悪いと近寄りもしなかったこの力を、利用できると考えたのだ。


 おかげで姉は実績を積み、極めつけは英雄アシル様を救った手柄の横取りだ。


「はあ?」


 私の言葉にメイソン様の顔が歪む。


「お前、何言ってんの? カミラが大聖女でい続けるためにもお前にはいてもらわないと困る」

「なっ……」


 反論しようとした私の顎をテーブル越しにメイソン様にグイと掴まれる。


「結婚した後も遊びたいしなあ? お前のことは離さないよ、レナ?」


 妖しく微笑むメイソン様に私は背筋が凍る。


「姉のことは、愛しているんですよね?」


 私は確かめるように彼に聞く。


「もちろんさあ。大聖女の妻、なんてシクス伯爵家にとって利益以外何物でもない! それにカミラは俺を愛している。従順で可愛い女さ。大事にしてやるさ」


 不気味に笑うメイソン様を睨み、顎の手を払う。しかし彼は気にするでもなく、続けた。


「ただ、他にも良い女はいっぱいいる。まあ、この男爵家から始まり、シクス伯爵家がこの国で幅を利かせるのも時間の問題だ。そんな俺をカミラ一人が独占するのは勿体ないだろう?」


(このクズ男……)


 メイソン様のこの顔を知るのは私だけ。姉だって知らない。


(従順、ねえ……)


 姉は姉で、より良い結婚相手を探している。二人は似た者同士だ。お互いの利益のために相手を騙している。


「愛人らしく、キスくらいはしてやっても良いぞ?」

「結構です!!」


 ニヤニヤと笑うメイソン様に私は力いっぱいお断りした。顔は良いが、最低ヤローだ。


 でも、このチェルニー男爵家はメイソン様に抑えられたと言っても過言ではない。結局は逆らえないのだ。


(お姉様に本当にもっと良い結婚相手が見つかったらどうなるのだろう……)


 想像してゾッとした。私が巻き込まれるのは必須である。


「せいぜい、カミラの役に立て」


 テーブル越しにグイ、とメイソン様に腕を引っ張られ、強制的に立たされる。


 そして彼は私のワンピースのボタンを二つ外すと、わざと服を乱れさせる。


 そしてメイソン様に引っ張られ客間を出ると、メイソン様の連れてきた伯爵家の使用人たちが目を丸くした。


(やられた……!)


 そう思った時には遅かった。


「メイソン様……?」


 メイソン様をお見送りしようと待っていた姉が瞳を揺らしていた。


「カミラ……俺は、泣いて縋るレナを振り払うなんて出来なかった……! すまない!!」


 姉を抱き寄せて、「フリだから安心して」と囁くメイソン様。姉も「信じておりますわ」と囁く。


「お優しいメイソン様を責められませんわ……! 全て卑しい妹のせいです! 妹は私の物を何でも欲しがるんですもの……!」


 本当に涙を流してメイソン様と抱き合う姉。


(何だ、この茶番……)


 半目になって二人を見ていた私だったが、気付けばこの場の空気を二人は制していた。


「カミラ様、お可哀想……」

「ぼっちゃんも人が良すぎるから……」

「またあの悪女か……」


 シクス伯爵家の使用人たちがひそひそと囁く。


(ああ――、これ、また王城とか神殿とか社交界で噂広まるやつ?!)


 メイソン様もそのつもりで使用人たちをこんな不必要なほど大勢連れてきたのだろう。


 皆の侮蔑の視線が痛い。私、何もしてないのに。むしろ、被害者なんですけど?!


(というか、自分たちの主人の不貞は蔑まないんかーい!!)


 盛大な突っ込みを心の中で叫んだ所で、現状は変わらない。というか、悪化した。


 このままでは許容されている薬の研究もままならないかもしれない。


(だったら……)


 私は決意した。この二人に完全に自由を全て奪われてしまう前に、エリアス様を助けたい。


 私の最後の願いを叶える。

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