第5話 置いて行かれた過去

 二年前、大規模な魔物討伐が行われた。私と姉が参加した、最後の討伐。そこで私は死にかけた。


 姉に付き添い同行した野営地のすぐ側まで迫った一頭のグリフォンにより、現場は混乱したのだ。


 私たち聖女は一番に逃されたが、混乱の最中、私は姉とはぐれた。


 当時、騎士団長だったのは英雄と名高い、アシル・ローレン様。アクセル殿下は副団長として下につかれていた。


「団長!!」


 逃げ遅れていた私は騎士たちの緊迫した叫び声に後ろ髪を引かれ、声がした方に走った。


 騎士たちがグリフォンと戦うよりも後方の方に、アシル様は寝かされ、ぐったりとしていた。


「団長、しっかりしてください!」

「どうして突然……」


 騎士たちがアシル様を取り囲み、泣きそうに見つめていた。


(外傷は、無いみたい……?)


 ぐったりとしているアシル様を取り囲む騎士たちの後ろから私は見る。


 魔力の流れを集中して見ると、心臓に向かって、黒い霧がアシル様を蝕んでいくのが見えた。


(これは……!)


 私は知っていた・・・・・


 これは、呪いだ。


 ごくたまに、魔物は呪いを放つ。外傷が無いため、今まで原因がわからない不治の病のされてきた。


 母と同じ・・症状だ。


 私は後先考えず、動き出していた。


「すみません、通してください!」

「あなたは……そのローブは、聖女ですか?」


 討伐に参加する際、聖女には揃いのローブが支給される。姉の付き添いだけの私でも、例外に漏れず支給されていた。


「団長を助けてください!」


 そのローブのおかげで私はあっさりと信用を得、アシル様の側に寄る。


「私に任せてください」


 騎士たちにそう言うと、彼らは安心したようで、各々持ち場に戻って行った。


 前線ではまだ苦闘が強いられている。早くしなくては。


(まだ呪いを受けたばかりだから大丈夫だわ。それに、これを元に研究中の薬をブラッシュアップ出来るかもしれない!)


 呪いは受けた瞬間、苦痛でその場に倒れ込むほどだが、痛みが引いた後は時間をかけてじわじわとその身体を蝕んでいく。時々やってくる痛みに襲われ、苦しみながら、治す術もないまま、死んでいく。


 聖女ですら手が出ないやっかいな物だ。


 私はアシル様の魔力の流れに沿って進行していく呪いを吸い取る。


「うっ……」


 呪いの痛みがじわじわと私に移っていくと、アシル様の意識がはっきりとしていく。


「これは……!」


 信じられないとばかりに自身の手を見つめるアシル様。


(うう……初期症状なら大丈夫だとなめてたみたい……)


 屈強な騎士がぐったりするほどなのだ。私なんかが受けたら……。


(でも私だって病を吸い取ってきた経験があるんだから!)


 謎の根性論で私は何とか倒れずにアシル様を見て笑う。


「魔物から呪いを受けられていたのです」

「呪い?! これが……? 本当に存在するなんて……」


 当時も今も、呪いについてわかっていることは少ない。まるで都市伝説のように扱われていた。


 でもアシル様はすぐに状況を飲み込むと、私にお礼を言った。


「ありがとう、君のおかげで助かったよ」 

「いえ……良かったです」


 玉のような汗が私からぼとぼとと落ちる。


「君?! 大丈夫か?」


 意識を保っているのがやっとの私に、アシル様は心配そうに私の身体を支えてくれた。


「おい! この子を安全な場所まで送り届けろ!」

「! 団長! 良かった……!」

「ああ、この子のおかげだ。早く!」

「は、はい!」


 アシル様は騎士に私を預けると、前線にすぐさま向かわれた。


 私は騎士に馬車が停めてある広場の近くまで送ってもらった。


「ここで大丈夫です、ありがとうございました」

「でも……」

「早く団長様の加勢に行ってください……」


 辛そうな表情の私を騎士は心配してくれたが、グリフォン討伐が最優先だ。


 ここまでくれば大丈夫だろう、と思った私は騎士にここまでで良い、と言った。そんな私を心配しながら振り返りつつも、その騎士は現場に戻って行った。


「レナ?!」


 歩くのが辛く、その場に座り込むと、聞き慣れた甲高い声が聞こえた。


「心配したのよ!」


 私を見つけて走り寄ってきた姉は、私を抱きしめると耳元で囁く。


「何してたのよ? どんくさいわね。あんたがいなきゃ私の活躍が目立たないじゃない」


 周囲の目があるので、心配したふりをする姉。いつものように姉の毒が私の心を蝕んでゆく。でも、それどころではない。吸い取った呪いにより身体に力が入らない。


「やだ、あんたまさか、力を使ったの? 私の指示も無く?」


 姉の嫌悪感に満ちた瞳が私を見下ろした。その時、広場の近くで叫び声がした。


「うわああ!! こっちにもグリフォンが向かってるぞ!」


 その声に姉も私も顔が青くなる。


「やだ、早く馬車に乗り込まないと!」


 急いで馬車に向かおうとした姉が、一瞬立ち止まり、私を振り返る。


「おねえ、様……」


 動けない私は姉に助けを求めた。姉は美しく唇に弧を描いたと思うと、恐ろしい言葉を発した。


「あんた、もういらない。メイソン様と結婚すれば、聖女だってやらなくて済むもの」

「お姉様……?」


 姉の言葉が信じられなかった。腐っても姉妹だ。少しの情くらいあると思っていたのに。


「ごきげんよう、レナ」


 姉はにっこりと微笑むと、馬車のある広場まで一気に走り出した。


「お姉さま――――!!」


 その場にうずくまる私は力の限り叫んだが、姉が振り返ることは無かった。


(そんな……私の力をお姉様ならまだ必要とすると思っていたのに、まさか見捨てられるなんて……)


 絶望と呪いの苦しみで私はその場に倒れ込んでしまった。


(はは……この呪いの薬を自ら試せるチャンスだったのになあ……)


 帰ったら、ずっと研究していた、母を死に至らしめたこの病の薬を完成まで導けると思っていた。


(ここで、終わりかぁ……)


 辺りには人一人いない。馬車がある方の広場からは馬車が慌ただしく出発する音が先程まで聞こえていたけど、急に静かになった。


 バサバサと大きな羽音が直ぐ側まで迫っているのがわかる。


(ああ、痛いのは嫌だなあ……)


 日頃から姉の聖魔法を吸い取り続けて痛みと戦ってきた私は、死ぬときくらい楽に死にたかったなあ、なんてぼんやりと考えていた。


「おい! 大丈夫か?!」


 一人死を覚悟していた時、現れたのは エリアス様だった。

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