第3話 チェルニー家
聖女の聖魔法は、治癒に使うとだんだんと濁っていき、魔力も減る。そうなるとその日はもう聖魔法を使えなくなる。
でも姉のカミラは、私の魔力を見る力でピンポイントで聖魔法を使い、魔力の消費を抑えている。それに加えて私の力で、濁った聖魔力を吸い出すことにより姉は回復し、より多くの治癒が出来るようになる。
普通の聖女の二倍治癒行為を行える姉は、神殿から次世代の大聖女と呼ばれるようになり、貴族間でも完璧な淑女として名高い。こぞって高位な貴族たちが姉に会いに来る。
「あーあ、疲れちゃった。もう終わりにして帰りましょ。どうせ私が最後でしょ?」
聖女の仮面に飽きた姉は、椅子の上の私を振り返り、立ち上がる。
(まだ少し目眩がするけど――)
姉がいなければ、この神殿にもいられない。私は気合を入れて立ち上がる。
「何よ、その顔。無能なあんたの使い道を私とメイソン様が見出してあげたんだから、感謝しなさいよね?!」
ふらつく身体を必死に立ち上がらせ、苦痛に歪ませた私の顔を見るなり、姉が不快そうに放つ。
(ああ、また癇癪が始まった……)
姉は私だけでなく、この世の何もかもが気に入らないとこうやって癇癪を起こす。
私は姉の暴言が収まるまで、静かに聞くことしか出来ない。
「私はあんな貧乏な家で終わらないんだから! 綺麗なドレスを着て、皆にチヤホヤされて、最高の結婚相手を見つけたら、聖女だって辞めてやるんだから!」
次世代の大聖女とまで言われる人が、こんな心持ちなんて。
我がチェルニー男爵家は代々聖女を輩出している。
私たちの母も聖女だった。神殿に通うよりも、町民の健康を優先した母は、私の憧れだ。
でも、そのことでうちは貧乏だった。姉はそんな家に嫌気がさしているようだった。
姉は自身に聖女の力があると知ると、チェルニー家が治める町は省みず、神殿に通い続けた。
一方の私には聖魔法の力は無く、「チェルニー家のくせに無能」と言われていた。
しかしそんな私でも母は愛情を注いでくれた。母の薬の研究も手伝うようになった私は、ある日魔力の流れが見えていることに気付く。
母の薬の生成を見えるまま指摘していたら、
ある日、神殿帰りで疲れていた姉の聖魔法が、濁って見えた。可哀想だな、と手を置いた所、姉の魔力を吸い取ってしまった。
姉に気持ち悪いと罵られ、私も自分の力に恐ろしくなり、母の研究室以外、外には出ず、閉じこもるようになった。
『その力は、沢山の人を救うために女神様がレナにくれたんだよ』
母は私にそう言うと、薬にその力を活用する道筋を示してくれた。
私は魔力の流れの中でも、濁った流れを吸い取る訓練を、病気の領民たちを回診しながら行い、次々に成功していった。
その代償が私に跳ね返って来ることもわかった。濁った魔力を吸い取るだけなら、死に至るまででは無いが、病気や怪我を直接魔力で吸い出そうとすれば、危険なことも自らを実験台にしてわかった。
私は吸い取った魔力を元に母と薬の研究を続けた。
母は病気だったため、聖女の力を多くは発揮できない。しかし二人で研究した薬が多くの町民の命を救うことに成功した。
そんな母の病気は難病で、聖魔法の力も薬も効かず、亡くなった。
母を亡くし、増々落ちていくチェルニー男爵家。父も塞ぎがちになっていた所に、メイソン様に見初められ、姉が帰省した。
シクス伯爵家の嫡男で次期伯爵のメイソン様は、青い髪と青い瞳の顔の整った青年で、姉は最初、彼にゾッコンだった。
二人は婚約し、シクス伯爵家の援助でチェルニー男爵家も持ち直した。メイソン様に頭が上がらない父。もうチェルニー男爵領はシクス伯爵家監視下にあると言っても良い状態だ。
気持ち悪いと私を避けていた姉だったが、メイソン様が私の能力に目を付けた。
すぐさま私を姉付きにさせて教会に通わせ、姉の聖魔法を浄化させる役割を担わせた。
それから姉は聖女の中でも頭角を現し、ある手柄がきっかけで、次世代の大聖女と言われるまでになったのだ。
我が町の命運を握るメイソン様には逆らえない。私は言われるまま、姉の聖魔法を吸い続けた。
でもそれで見いだせたこともある。直接悪い魔力を吸い出さず、姉が聖魔法を使い、その濁った魔力を吸い出すことにより、私は多くの症状の薬を研究出来る。
苦しい想いもするが、母の意志を継いでいける、私はそのことに希望を見出した。そして、今に至る、というわけだ。
「ちょっと、聞いてるの?!」
バシッと姉の平手が私の頬に飛んできた。
やっとの思いで立っていた私はよろけてその場に転んでしまった。
(最近は暴力まで振るうようになってきて、手がつけられないじゃない)
姉は苛立ちの全てを私にぶつける。一度言い返した時、倍になって返ってきたため、私は静かにやり過ごすのが一番だと悟った。
「ふふ、ふふふふふ」
転んだワタシを見下ろし、姉が愉快そうに笑う。
「無能で誰からも振り返られないしみったれたあんたより、私は幸せだから、妬んでるのよねえ?」
コツコツと私の側に寄り、顔を寄せる姉。
「はい。お姉様が羨ましくて妬んでいます」
私は思ってもいないことを口に出す。しかし姉はそんな私の言葉に口元を綻ばせ、私の手を取った。
「わかってるわああ、私は美人で有能であなたとは違うもの。でも妹の嫉妬くらい受け止めてあげないとね?」
ふふ、と機嫌を取り戻した姉は私の手を引いて、部屋を出る。
「カミラ様!! 遅くまでお疲れ様でした!」
神官たちがずらりと姉を労い、出迎える。
聖堂にはすっかり人がいなくなっている。やはり私たちが最後だったらしい。
「あら、神官長は?」
いつもは見送りにくる神官長がいないことに不満な姉は、それを表には出さずに神官に尋ねる。
「し、神官長様は今は来客がありまして!」
「来客?」
私よりも大切な客なのか、と姉の目が言っているが、神官はもちろん気付かない。姉に声をかけられ、舞い上がっている。
「はい! 騎士団団長と副団長がお越しになっています!」
「何ですって?!」
瞬間、姉の目の色が変わった。
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