第2話 聖女の治癒

「カミラ様、貴方に治療していただけるなんて私は幸せ者です」


 姉の小部屋に整った顔立ちの青年が入って来た。青年は姉に深くお辞儀をすると、向かいの椅子に腰掛けた。


 カルテを見ると、伯爵家のご子息らしいが、次男で城勤めの文官。


(顔はお姉様好みのイケメンだけど、お眼鏡・・・にかなわないわね)


 聖女の仮面を被った姉は、ニコニコと表情を崩さずに青年の前に歩み出る。そして私を振り返り、鋭い目線を送る。


(あー、はいはい)


 姉の圧に急かされ、私は伯爵子息様のカルテに目を落とす。


(腕の痺れ……)


 カルテに書かれた情報を元に、私は伯爵子息様の腕を見る。


(付け根の魔力が停滞しているわ)


 人の身体には魔力が流れている。魔法を使えようが使えまいが、誰しも魔力というものを持っている。


 私は、人の魔力の流れを目で見ることが出来る。それは病気や怪我にも直結していて、どこが悪いか魔力の流れで一発で探り当てられるのだ。


 私は姉の補佐をするフリをして、伯爵子息様の腕を取り、姉に治癒する場所を差し出す。


 姉は女神のような聖女の微笑みを伯爵子息様に作ると、その場所に聖魔法を注ぎ、治癒する。


 姉に触れられた伯爵子息様は顔を赤らめて、姉の顔をひたすら見つめている。


(皆、私と言う愛人の存在からお姉様に同情すると同時に自分が婚約者という立場にすり替われないか期待しちゃうんだよね)


 目の前の伯爵子息さまも、完全に姉に落ちている。


「終わりました」


 治療を終えた姉が伯爵子息さまに声をかけると、彼は我に返り、姉の手を取った。


「凄い……! 痺れがなくなっている! 流石はカミラ様……!」


 熱い視線で姉を見つめる伯爵子息さまの次の行動は目に見えているが、残念ながら、姉のお眼鏡にはかなわない。


「カミラ様、よろしければこのあと……」

「良くなってよかったですわ♡ あまり無理はなさらずに。では次の方が待っていらっしゃいますので」


 案の定、姉をデートに誘いたい伯爵子息さまだったが、空気を察した姉が彼の言葉を遮る。


「あの……」

「出口までお送りして、レナ?」

「はい、お姉様……」


 諦めきれない伯爵子息さまから顔を背け、姉は私に笑顔で圧をかける。


(はいはい、早く追い出せってことですね)


 優しい口調の裏にはそんな本音が隠されているのを私は知っている。後で姉が癇癪を起こすと面倒なので、私は伯爵子息さまを出口まで誘導した。


「はい、治療の邪魔になりますのでお帰りください」

「カミラ様……! いずれまた……!」


 私に背中を押され、出口に追い出されながらも伯爵子息さまが叫ぶ。姉はニコニコと手を振って返していた。


「お疲れ様でした」


 伯爵子息さまを小部屋の出口まで送ると、私は彼に一礼をした。


「そうやっていつもカミラ様の邪魔をしているんだな。さすが無能は浅ましい!」


 そんな罵声が上から降ってきて、私は顔を上げる。


「私と彼女の幸せを次は邪魔するなよ!」


 彼は愛し合う二人が引き裂かれたかのような台詞を吐き捨てると、ふん、と踵を返して行ってしまった。


(はああああ????)


 そんな傲慢な態度に思わず腹を立ててしまう。


(お姉様がやんわり断っていたのを、私のせいですって?! どういう神経してるのよ?!)


 こんな理不尽な怒りをぶつけられるのも、日常茶飯時だ。


 姉のカミラは、大聖女候補という地位を利用して、密かにメイソン様よりも条件のいい・・・・・相手を探している。この伯爵子息様では役不足だったということなのに。


「はあ――――」


 思わず大きな溜息を言葉にして出してしまう。がっくりとしながら部屋に戻ると、姉がフカフカで豪奢な椅子の上で足をブラブラとさせてぼやいていた。


「あーあ、神官長に次男以降も取り次がないようにしてもらおうかしら。あ、でも高位貴族の子息まで断っちゃったらもったいないしなあ」


 姉カミラのおかげで寄付金にウハウハな神官長は、姉の言いなりだ。


 それから姉は何人かの患者を診たが、今日も不発だったらしい。


「何よ、最初の次男以外、気持ち悪い金持ちジジイばかりじゃない」


 身体の不調は歳を取るほど出やすいので、患者が偏るのは仕方ない。


「若いお金持ちに絞るべき?」


(そうすると患者が限定されて減るから、寄付金も減る。神官長はそれだけはのまないわね)


「ちょっと、レナ?」


 私が呆れて見つめていると、いつものように姉は顎だけをクイとさせ、私に指示をする。


「はい……」


 私は姉に言われるがまま足元に跪き、手を取る。


 魔力の流れを見、濁った姉の聖魔法の魔力を吸い取る。


「くうっ……」


 姉の魔力を吸い取った瞬間、手の痺れ・・・・が私を襲う。次々に痛みが襲ってきて、私はがくりと両手を床についた。


「あとのカルテは部所がはっきりしてるからあんたがいなくても大丈夫ね。しばらく後ろに下がってなさい」


 そんな私を気にするでもなく、カルテを見ながら姉は私に言った。


「はい……」


 濁った・・・聖魔法の魔力を吸い取ると、反動で私にその痛みが返ってくる。今日は伯爵子息さまの腕の痺れが、誤魔化すようにまま返ってきた。


 私はフラフラと後ろに用意された小さな椅子に腰掛けてうなだれる。


 聖魔法を浄化された姉は元気に、また次々に患者を診続けた。


 補佐も勉強をする姿勢も見せない私に、入ってくる貴族さまたちはこぞって侮蔑の目を見せた。


 その度に姉は「妹も疲れているんですわ」と優しい姉の顔をし、貴族さまたちは「疲れているのはあなたでしょう」と姉に熱のこもった瞳を向けた。


 患者がいなくなると愉悦の表情を私に向けて姉は言った。


「最高の気分よ、レナ。ほんと、あんたみたいな無能がいてくれて良かった」


 私は痛みと戦いながら、歪んだ姉の笑顔をぼんやりと見ていた。


 

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