【WEB版】無能で悪女な妹は冷徹無慈悲な副団長様のお茶汲み係

海空里和

第1話 無能で悪女な妹

「まあ、愛人が歩いているわ」

「本当だわ。あんな悪女な妹を許容されるカミラ様はさすが次世代の大聖女様と言われる方ですわ」


 王城に連なる神殿に向かう途中、姉であるカミラの後ろを歩いていると、いつもの噂話が私の耳に入る。


(毎日、毎日、同じことを飽きないのかしら?)


 噂話が聞こえてきた方向へキッと睨むも、クスクスと嘲笑が私を追い立てる。


「見て、あの格好。カミラ様の侍女にでもしてもらったのかしら?」


 私、レナ・チェルシーは男爵家の次女。ストロベリーブロンドの長いストレートな髪とスカイブルーの瞳を持つ、ごく普通の貧乏令嬢だ。着ている服は平民も着るワンピースで、動きやすくて機能的である。


 前を歩く姉、カミラは同じスカイブルーの瞳だが、美しい紫色の髪をウェーブさせ、眩いドレスで美しく着飾っている。


 同じ貧乏男爵家の娘なのに、なぜこんなにも格差があるのかというと、姉は次世代の大聖女と言われるほどの力を持つ、聖女だからだ。


「カミラ様、お待ちしておりました」


 神殿まで辿り着くと、新米の神官が恭しく姉を出迎えた。


「あの……」


 神官がちらりと姉の後ろにいた私を見る。


「ああ、この子は無能と言われようとも、チェルニー男爵家の娘ですもの。彼女の向学のためにも付き添いとして神官長様の許可は得ているのよ?」


 姉はお決まりの説明をしながら、神官に顔を近付け、妖艶に微笑んだ。


「そ、そそそうでしたか! さすがカミラ様! 何とお優しい! そういうことでしたらどうぞ、妹御もお通りください」


 神官は顔を赤らめながらも姉に向かって腕を広げ、ずずいと道を譲る。


(あーあ、この人もか)


 顔を赤らめながら、ぽーっと姉を見つめる神官に、私の姿は一切映らない。


「さあ、行きましょう、レナ?」


 姉は満足そうに微笑むと、私を振り返る。


「はい……お姉様」


 くすりと微笑む姉は、私に寄り添うフリをしながら耳元で囁く。


「せいぜい私の引き立て役でいてね、無能さん?」


(あ――、この猫かぶりの悪魔!!)


 悔しいけど、世間的にも家の中でも力を持つ姉に私は逆らえないし、言い返せない。心の中で暴れるしか出来ないのだ。


 歪んだ私の顔を見て満足した姉は、ドレスを見せつけるように翻し、また良い姉・・・の顔に戻る。


「さあ、レナ、困っている方が待っているわ! 行きましょう。しっかりお勉強するのよ?」

「……はい、お姉様」


(何が困っている方が待っているわ、よ!)


 弾むように歩く姉に、すれ違う神官たちは皆心を奪われたかのように視線を送っていく。その後には必ずセットで無能な妹・・・・の陰口が囁かれる。


(あーあ、ここでも毎日、毎日。神殿って女神を祀る場所じゃないの?! 人の陰口なんて言ってて良いの?!)


 こんな毎日を送る私はすっかりやさぐれてしまっている。でも、私にも目的があって姉に付いて神殿まで通っているのだ。


「ああ、カミラ様、お待ちしておりました。どうかお助けください」


 大聖堂には今日も聖女の救いを求めて多くの人が順番待ちをしていた。多くが貴族や、豪商の人々。平民は毎月限られた人数しかこの神殿には入れない。


 やはりお金が物言うため、そういう人たちが優先される。貧しい民は国の措置により、安価で聖女の治癒を受けられるが、枠が少ないため、順番待ちになっていて、いつ受けられるかわからない状態だ。


(緊急性が高い人を優先するようにはされているけど、長く病に苦しむ人は大勢いるのよね)


 聖堂の窓越しに外を見ると、今日も神殿への申請に押しかける人が列をなしている。


 この措置は王太子によりなされた新しい物で、運用がまだ上手くいっていないのは仕方ない。


「レナ? 何やってるの? 行くわよ、このノロマ」


 誰も見ていないと取り繕わない姉が、私に向かって苛立ちをぶつけた。


「はい、お姉様」


 私は姉に従うしかない。外にいる多くの人を助けたいなんて、偽善かもしれない。でも、私にだって出来ることはある。だから、私は私の意志でやれることをやるのだ。


「ではカミラ様はこちらの部屋をお使いください」


 神官の案内で私たちは大聖堂の脇にいくつかある小部屋の一つに入る。


 その部屋それぞれに聖女が入り、聖堂の患者を見ていくのだ。もちろん聖女を選ぶことは出来ないが、姉のカミラは圧倒的な人気で、担当してもらいたいお金持ちたちが裏で神殿への寄付金を積み合っていると聞いた。そんな姉を重宝する神殿は、カミラに一番良い部屋を充てている。


「ねえ、レナ、今日こそお金持ちのイケメンが私を見初めるかしら? みーんな私に虜だものね?」


 小部屋に二人きり。カミラの本音が漏れ出る。


「メイソン様が悲しまれますよ……」

「ふふ、もちろん、メイソンより良い人が現れなかったら、彼と結婚するわよ?」


 姉は悪気もなく、クスクスと笑いながら言う。


 メイソン様とは、メイソン・シクス伯爵令息さまのことで、姉の婚約者だ。


 そして、私が彼の愛人・・と言われる原因になった人でもある。


 私は姉とこの婚約者に一生、搾取されていくのかもしれない。それでも、私のやっていることが、いつかはこの国の多くの人を救うかもしれない。


 私は、その希望と、たった一つ、大切な想い出を宝物のように心に抱えて生きている。

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