第六節 giocoso


    20.



 五日を数えて、その日の朝が来た。

 随分久しぶりに思えるほど、騒がしさを取り戻した街を、ジャックは荷車を押して歩く。


「ジャック! お越しくださったのですね!」


 劇場正面の大池の上に架けられた橋の正面、十数段の階段まで歩いたところで、初老の男に気付かれた。

 階段を足早に降りてくるラインデルフを認めて、ジャックは荷車を止め、彼の歓迎を素直に受け入れた。少し、やつれたような気がする。


「ご無沙汰してます、支配人。元、と付けた方がいいでしょうか」


「ははは、返す言葉もありません。正しくその通りですからね。ええ、しかし、今日一日だけ、私はかつての名誉ある仕事に返り咲きますとも」


「お疲れですか?」


「先ほどまで機材の運搬や調整も手伝っていましたが、なんのこれしき、パレードの下準備には必要な労働です。以前ほど人手は多くありませんからね。上から指示を出すだけでは誰も動かないでしょう」


 ひょっとしたら劇場が通常営業中だった頃よりも生き生きしているかもしれないラインデルフを見て、ジャックは小さく苦笑する。二人は話しながら階段を上っていく。

 来る途中にも見えていたが、スクラップフィールドは文字通り祭の前日のようで、病が流行する前よりも騒々しさを増していた。

 薄汚れた幌を被せた仮設テントがいくつか並び、質素なそれらを飾り立てるべく、五、六人単位の集団が忙しなく動き回っている。くすんだ端切れを縫い合わせて旗を作ったり、木板にペンキを塗って大きな看板を組んだり、花壇の枯れた花を植え直したり。力仕事には若い男衆が駆り出され、座席の運び出しなどで汗を流している。昼の炊き出しが準備されているのか、テント群の方からは食欲をそそる香りが漂ってきていた。

 人が多い。通常営業中の劇場も相当数の人員が働いていたが、流行病の後として考えると、ここであくせく動いている人数は相対的に多い方だと言えた。

 故人を悼む空気で覆われている街も、この一画だけは活気に満ちていた。


「今日の大舞台を仕上げるため、皆、躍起になってくれています。出せる資金も少ないのが心苦しい限りですが、――こうして目的を一にして動く集団というのは、見ているだけでもわくわくしますねぇ」


 歩く途中、同じ方向の景色を見ていたラインデルフが、声を弾ませて言った。


「結構集まったんですね」


「ええ、私の催しに賛同してくれたのか、もしくはただ騒ぎたいだけなのか……どちらでも構いませんとも。元々裏方で働いてくれていた者に加え、かつては観客として足を運んでいた人たちもいます。土木の関係者が多いのが嬉しいですね。ともあれ青天井なので、どれだけ演出に凝っても限界はありますが」


「中は使えないんですか?」


「運営停止が決定した以上、電気もガスも止まってしまいまして。照明すら事欠く現状では、天然の光源を頼った方が良いと判断しました。いやあ、晴れて良かった。空の機嫌が悪くならないよう祈るばかりですな」


「まったくですね」


「問題は、出演者の枠です。裏方の仕事に参加してくれるのはとても有り難いのですが、肝心の表舞台に立ってくれる者が少ない。声をかけた数よりも、集まったのはだいぶ心許ない面子でして」


 どこかに控えているのではいるのだろうが、確かに周囲に知っている顔触れが見当たらない。ここにいるジャック自身もなんだかんだで渋ったし、大多数の劇団などは故郷に帰ったのだから、当然といえば当然ではある。


「ジャック、貴方が来てくれたのは嬉しい誤算でした。貴方が人形劇をやってくれるのであれば、盛り上がりという点に関しては実に心強い加勢だ。本日は勿論そのつもりでお越しくださったんですよね?」


「ええ、まあ。ギャラがないというところで迷いましたが、再就職先も決まってないし、暇なんでね」


「結構、結構です。実は、雀の涙ほどではありますが、私の財布から謝礼を出すことも考えております、ええ。この度の補填としてはあまりに粗末なものですが」


「要りませんよ、そんなの。募金にでもつぎ込んだ方が有意義です」


 それに、とジャックは言いながら、下に停めた荷車をちらりと見やった。


「今日は日銭を稼ぎに来た訳じゃありませんので」


「……左様で? では、何故?」


「良い機会だと思ったんです。長い間考えて、ようやく答えの一つが見つかりました。正しいかどうかはともかく、節目として、悪くはない、と」


 ジャックの言葉を聞いても、ラインデルフはよく解っていないような顔をした。端から理解してほしいつもりで言っているわけではないので、ジャックも気に留めず、何とはなしにその場から街の俯瞰を続けた。

 溜池の上に階段を作ってまで架けられた橋の上は視線も高く、開けた劇場前からその向こうまでの景色が見渡せる。町の中心である噴水広場から半円状に広がり、円の外側へ行くほどに商店から住宅地に移り変わっていく。以前はあまり気にかけたことのなかった、今更になって新鮮な一望だった。

 病に侵され、多くの死者が出て、政治から切り棄てられるなど散々な目に遭ったが、近頃は新たな行政を興して再起しようとする動きもあると噂に聞いた。俄かに活気付く娯楽都市には、こんなシケた無償の催し物にも手を貸すほどの祭り好きが残っている。


「皆、元気ですね。特効薬のおかげでしょうか」


「それもあるでしょうが、これまでの鬱積を晴らしたいのでしょうな。スクラップフィールドの人間はそうでなくとも娯楽好きが集まります。まして、この街がこれから無くなろうとしているのであれば、最後に大きなことをしようという意気になりますとも。ええ、私もそのクチでね」


「……そうか。ここでの祭は、これが最後になるんですね」


「ええ。街の命としては短いものでしたが……この街の存在は、人々へ植え付けた記憶は、きっと思想として後へ継がれていくでしょう」


 ラインデルフは、遠くを見つめるようにしながら、それでもはっきりと答えた。


「また、新しい娯楽都市が、現れると?」


「いずれ必ず。街一つが丸ごと、という規模でなくとも、必ずこの光景となる娯楽が現れるでしょう。日常に倦んだ者が変化を求める限り、それは起こります。見る者を惹きつけ、夢となり、明日への活力となる娯楽が、きっと」


「記憶に残るということは、そんなに美しいことでしょうか」


「いえいえ、記憶とは美化されるものですよ。最初に受けた衝撃や簡単を、進化していく時代に流されぬよう、きらびやかに塗り固めて忘れられなくするのです。それは船首の像として己の象徴となり、また錨として己を踏ん張らせるものにもなります。人とは、己が認めた価値を否定はさせない生き物ですからね。傲慢と言いますか、そのような見栄を多く飾ることでようやく自我を確立できるのですよ」


 熱っぽく語るラインデルフの声を聴きながら、ジャックは思う。人形使いの発端である曾祖父も、そんな妄執に取り憑かれていた。代を経るごとにその理想は口伝され、美化されていった。同じ憧憬を見ていたいがために、後へ続く子供達にも妄執を強いられた。

 結局は、ただそれだけの、その程度のことだった。


「人との出会いも同様です」


 ラインデルフは広場を見渡しながら言った。


「多くの出会いがあり、別れもまた然り。そのほとんどがただ流浪していく中で、生涯の友や伴侶を得ることもあれば、忌々しく気に入らない敵が現れることもある。……年を食うと解りますが、そのどれもが美しく、儚く、稀有なものだったと思うのです。大変だったが、意義のあるものだったと。己を形づくる一部になったのだと」


「今日、この日も、そうなりますか?」


「もちろんですとも。長い人生のほんの一瞬でしたが、私もまた、ここで多くを得ました」


 支配人として日夜働いていた彼にしてみれば、言葉通りに、運営側として色々とあったのだろう。演者に触れる機会も多かったはずだ。人との繋がりを仕事の一環としているのであれば、そう思うこともあるのだろう。彼は己の仕事に対してとても前向きなのだと、ジャックは改めて思う。

 人との出会い。己を形づくる一部。

 いつか、人生を振り返った未来に、そう思うことがあるのだろうか。


「そういう意味では、僕は、ここでの関わりは薄かったかもしれませんね」


 ラインデルフが、吹き出すように笑った。


「……失礼、いや、あなたは他人との交流というものをしませんからねぇ。公演時間をずらしているというのもありますが、それにしても楽屋に長居しないものだから、誰もがあなたが何者なのか、その実力以外は知らないという人間ばかりですよ」


「全体の不和を招きかねない行動は、現場の責任者としては指導するべきだったとでも?」


「まさか。それは小さな集団の、歌劇団や寄り合いの中での話でしょう。よほどの諍いにでもならない限りは、個々人がどうしようと一向に構いませんとも。初日に早速カラプシ一座の下っ端と揉めていた時はひやっとしましたが、総じて問題はなかったのですから、私が咎めることは何もありません」


 ただ、とラインデルフは言った。


「いえ、あなたがいずれ気が向いたときでもいいのです。他の連中と少しでも関わろうと思ってくれれば僥倖と、その程度ですよ。皆、あなたがどんな人間なのかを知りたがっています。私としても、もっと貴方と世間話に興じることを、未だに望んでいますとも」


「……社交辞令としては、そうした方がいいんでしょうか」


「そうでしょうね。しかしジャック、あなたもまだ若い。孤高を貫くのも結構ですが、長い人生をたった今、そうと決めつけるには早いと、老人の私は思います。友人というものでさえ煩わしいことも多いですが、いつかきっと、あなたの助けとなってくれますよ」


 そんなものだろうか。

 いや、きっと、そういうものなのだろう。

 自分が知らないだけで、知ることを拒んでいただけで、世の中はそうして廻っているのだろう。

 何となく、ジャックはそのように結論づけた。


「なら、今日、――挨拶ぐらいは、してみましょうか」


「それは、とても素晴らしいことですね」


 言い含めるところもなしに、ラインデルフは答えた。こんなに気の良い話し相手だっただろうか。それともまた、自分が知ろうとしていなかっただけなのか。

 もったいないことをしたような気がして、少しばかり心に棘が刺さる。しかし、ジャックはそれを振り払うように、前を見た。

 穏やかな風が頬を掠め、植えたばかりの花の香りが鼻腔に届く。太陽はもうじき、中点へと差し掛かる。

 じきに自分の出番が来る。そう思い、ジャックはラインデルフを呼び止めた。


「僕はどこで待機していれば?」


「控えのテントは劇場裏手に建ててありますので、そちらへ。他との出演時間を調整しますので、少々お待ちください」


 片手で差し示される方角を見ると、ちょうどその位置から、見知ったような若い男がこちらへ駆け寄ってきていた。

 ラインデルフの部下にあたる男だ。彼への伝言役として走り回る役目を負っていた。


「ああ、ラインデルフさん。ちょうどいいところに。屋台の在庫で発注に誤りがありまして、どうしたものかと」


「なに? リンベルク君に任せていたはずだが」


「ええと、それが、当のリンベルクさんがどうも別件の仕事と混同したとかで、裏手側がちょっと騒ぎになっていまして」


「……まったく、最後まで賑やかなことだ」


 前にも同じようなことがあったような気がする。何やら仕事が増えたらしく、それでもラインデルフはジャックを投げ出しはしなかった。


「ええ、お聞きの通りです。ジャック、時間になったらお呼びしますが、それまでこの近辺で待機していてください。ところでいつもの荷車は如何なさいましたか?」


「軽く散歩がてらと思っていたので、これから取りに戻ります。間に合うようにはしますよ」


「承知いたしました。それでは後ほど」


 言いつつ元支配人は階段を慌ただしく駆け降りていく。

 その背に向けて、ジャックは声をかけた。


「支配人」


「はいっ?」


「よかったら、もしお手透きだったら、あなたも見に来てくださいね」


 一瞬だけ呆気に取られたような顔で足を止めたラインデルフは、次には満面に笑みを浮かべた。


「ええ、是非。楽しみにしておりますとも」


 いずこかへ走り去っていくラインデルフの姿を目で追うのもそこそこに、ジャックも階段をゆっくりと降り、ひとまず家への帰路を辿ることにした。

 少し前の、それこそ劇場が営業されていた頃には、こんなことは口が裂けても言わなかっただろう。しかし今のジャックは、本当にどういう風の吹き回しか、そこら中の人間を呼び込みたくなるような気分でいた。

 空は予報通り、雲ひとつ無い青空。まったく自分でもよく解らないほどに、気分は晴れやかに澄み渡っている。いつになく身体が軽い。

 漠然と、いい日になりそうだと、そう思う。



    21.



 ラインデルフ主催の無料公開は午前十時に始まり、昼前には既に大方の出し物が終わってしまった。

 出演者の数が少ないと嘆くのも納得の短さだ。今回参加したのはジャックを除けばキャストの欠けた劇団のほとんど即興劇のようなもの、初見であれば少しは楽しめる程度の雑技団、市協賛の吹奏楽団の伴奏に合わせて他よりは上手い歌手の独壇など、かつての劇場が提供し続けてきたものとは随分懸け離れたものばかりだった。

 それでも、景気の悪い状況ばかりが続いた街の住民にとっては、そんなものでも貴重な娯楽として受け入れられた。多少の失敗は寛容に、成功の暁には喝采を。出演者はもちろんの事、観客も一丸となってその場を暖める協力をしてくれる場となった。そういう心遣いに救われた者も多いだろう。

 当日参加の扱いにも等しいジャックは、予定されていた全ての発表が終わった後――つまり最後尾の、トリになっていた。

 平時であれば文句の一つもぶつくさ呟くところだが、今回、始まりから全ての出し物を観劇していたジャックは、少なからず集まった観客達の雰囲気が程良く暖まっていると感じることができた。それゆえに、不思議と、緊張も気負いもなく、出番に望む心構えが自然と出来上がっていった。

 劇場裏手からガラガラと荷車を押して歩き、民間の素人が組み立てたにしては立派な舞台の段下に到着する。ジャックのことを知っている客が紛れているのか、その姿が袖から見え始めたときから拍手と口笛が少年を出迎えた。一年あまりの労働を通じて最低限の愛想を身に付けることに成功したジャックは、表面だけはにこやかに会釈で応じる。そうしながら、自らの出し物の準備を手早く始める。

 車輪を固定し、荷車側面の観音扉を開く。小さな舞台を表に見せる幕は閉じたまま。演者を隠す幌を展開し、客側からは見えない位置の格納庫からドール『プリ・マ・ドンナ』を取り出す。繰り糸の張り加減などを確認しつつ舞台の天板を外し、口を開けた箱に人形を落とす。車輪と連結し巻かれるゼンマイ仕掛けの回転数の目盛りと、オルゴールを稼動させるスイッチがオフになっていることを指さし確認。呆れるほどに晴れやかな今日の屋外では、豆電球の照明はほとんど意味を成さない。これを切断して、ジャックは準備完了とした。

 幌の中から這いずり出て、向かって上手側に姿を現す。めかし込んだ少年が一礼すると、慣れた観客達は拍手で受け入れた。

 普段であれば、この直後に再び幌の中に隠れ、すぐに人形劇を始める。しかしジャックは、頭を上げてから、しばらく目の前の光景を見渡した。

 いつもと違う、と、ジャックは気付く。

 今日は、客の顔がよく見える。

 それどころではない日常だった。何かに追われ、無意味としか思えない仕事を日々消化するだけの毎日は、少年の精神をも削っていた。病気で死にかけはしたものの、そのおかげで得られた休息の期間を挟んで、物の見方が変わったのかもしれない。

 扇状に配置された客席は決して多くない。屋台の酒や揚げ菓子を片手に見に来ている者ばかりだ。その雰囲気は、何となくスチームスポットでの在りし日を思い起こさせた。酔っぱらいで顔の赤い中年、親に宥められる子供、寄り添ってこちらを見つめる恋人のような男女。それらの中に、いくつか見知った顔があった。

 客席の後方に、人形を修理してくれたジョンがいる。相変わらず暑苦しい外套だ。少し視線を振れば、こんな時でもスーツを着こなすラインデルフが立っている。カラプシ一座のいけ好かない面々もいた。そういえば舞台設営でよく働いていたような気がする。

 知人が見に来ていると思うと、さすがに少し面映ゆい感じもするが、嫌ではなかった。不快ではなく、むしろーー嬉しいと、そう思うことができた。

 自分の中の何かが変わっていると実感する。手紙を書いておくべきだったかもしれない、と。


「――皆さん。本日はお集まりくださって、有り難うございます。心より御礼申し上げます」


 自然と、そんな口上が突いて出た。常連もいるのだろう、客席から僅かにどよめきが挙がり、すぐに静かになった。


「普段からご愛顧いただいているお客様はご存知かと思います。初めてお会いするお客様も、見るからにお分かりでしょうが……私がこれよりご覧に入れます人形劇は、あいにくこのちっぽけな舞台からは離れられない仕様になっております。自前の音響も屋外では聞き取り難いでしょう。ご笑覧いただくにあたりまして、どうか今一歩、もしくは二歩、こちらへお近づきください」


 平時のジャックがどのような人間かを知っているならば、目を見開いて驚いたことだろう。無論ジャックも自分自身に驚いている。いつもはむしろもっと離れろとすら思うぐらいだ。

 ジャックの口上を聞いて、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていた客が、しかし徐々に席から移動を始めた。面白いぐらいに誰もが近寄ってくるのを見ながら、ジャックは愛想笑いを維持しつつ、さらに声をかける。


「後ろのお客様にもご覧いただけるよう、前方のお客様は何卒ご配慮を。――そう、そうです、小さなお子様は前でしゃがんで、背の高い方はほんの少し後ろへ。ありがとうございます」


 不思議だ。笑い声も何も挙がらず、ただ黙々と移動しているだけなのに、周囲の空気が明るいと感じる。晴天のせいではなく、気配とも言うべきものが、朗らかだった。

 これから観るものに壮大な期待を感じ、わくわくといった気分が溢れているような――。

 ……悪くない。

 そう思い、ジャックは大方の客が荷車の正面に固まったのを確認して、再び一礼する。


「それでは——〝スチームスポットのジャック〟による人形劇『ただ寵愛される舞踏の姫』、はじまり、はじまり」


 言い切って、期待の眼差しと声援を一身に浴びながら、ジャックは荷車の裏手に引っ込んだ。

 慣れないことはするものじゃない。顔から火が吹き出そうだ。気紛れにしても、これは小っ恥ずかしい。

 だが。

 ……ああ、そうだ、悪くない。こうでなくてはならないのだろう。

 固定していた繰板を手に持ち、いつもの深呼吸で己を整えながら、糸の先に意識を集中させていく。

 今日のためにいくつか準備はしてきた。人形の調整と化粧は入念に施し、ドレスも新たに仕立てた。大丈夫だと、自分に言い聞かせる。

 スイッチを入れる。

 開演の合図はオルゴールの一音。

 伏せた人形が花弁を開くように起き上がる。たったそれだけで幕の向こうから吐息が聞こえる。

 思うのは、ただひとつ。らしくもない口上で注目を惹いたのも、無意識にこの状況を狙ったがためだったのかもしれない。


 ピン、ポン、ポロロン―———


 よく見ておけ。

 これで最後だ。


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